第237話 会議が終わる
湊ちゃんがなぜ怒っているのかわからないまま、会議は終わっていた。
私はエリ先生に肩を揺すられて起こされる。長机には私が垂らしたと思われるヨダレがあった。急いで制服の袖で拭き取り、証拠を隠滅する。
もう1人寝ていたのはミリアだった。こちらは寝起きが悪く、春日井君が揺すってもしばらくは起きなかった。
会議が終わり、軍の関係者や民間組織のハンターたちが部屋を出ていく。
湊ちゃんから会議の概要を教えてもらった。
民間組織の人たちはとにかく資金の回収を急ぎたいようだ。パトロンのように資金を出す人たちがいて、末端のハンターたちは結果を出せなければ首を切られるらしい。
希少なアイテムが手に入らない状況で、それを打開する切り札として連れてこられたのが私たちのような中学生だった。いや、湊ちゃんの口ぶりからすると、どうも小学生だと思われているようだ。
完全装備なのはミリアだけだったから、ハンターとして期待できそうなのはミリア1人。横にいる私たち制服組は、荷物持ち程度に思われていた。
見た目だけではミリアが最も年下に見える。彼らは、そのミリアが1人で問題を解決すると思っていて、私たちは完全に金魚のフンか、賑やかし程度に連れてこられた友だちだと見られていた。
じゃあ、エリ先生はというと、以前は軍人だったが今はただの教師だ。完全に子どもを引率する大人としか思われていないようだった。
まったく期待できない私たちに対して、不満と苛立ちから悪態をつく者がいて、それが湊ちゃんの可愛らしいファイティングポーズを引き出した、というところだ。
それで肝心な地下172階についてだけれど……。
湊ちゃんは一生懸命に聞いていたようだが、頭脳明晰な湊ちゃんでもよくわからないらしい。
「説明を聞いてもよくわかんなかったんだよね。春菜が眠っちゃうのも理解できるよ。私だって眠くなったもん」
「だよね。寝るのが普通だよね」
「普通ではない。そこはがんばって起きていよう」
「まあ、かいつまんでまとめると、地下172階におかしなところがあって、そこに近寄るなってことだよね」
「ずいぶん乱暴にまとめたね」
「そうかな? 結局のところ、実際に行って見てみないとわからないってことでしょ? だったら行くしかない」
「うーん。まあ、そうなんだろうけれど。このダンジョンって1階に放射性物質が置かれたじゃない? あれは人為的な妨害だけど、今回はさすがに人間がやったわけではなくて、未知な部分が多いよね?」
「そうだね」
「しかも、危険度は前回から格段にアップしている。だって、誰も近寄らせないんだよ。私たち、捨て駒にされていない? 軽く見られていて、どうせ無理だろうけど死んでもアメリカ側に損失がでるわけじゃないから問題ない、とか思われているんじゃない?」
「湊のその考え方はあながち間違っていないかもね。どうせこいつらには何もできないだろうって、まったく期待されていない気もするし」
会話を聞いていた春日井君が口を挟んできた。
「俺としては今回の依頼について、あまり深入りせずに調査だけで帰ったほうがいいんじゃないかと思う。わからないことが多いし、そもそも危険の度合いがわからない。それが一番の問題なんじゃないかな?」
「春日井君はちゃんと起きて聞いていたんだよね。じゃあ、私より正しい判断ができているかも」
「いや、ごめん。起きてはいたけれど、ちゃんと聞けていたわけじゃない。難しくて、半分は寝ていたようなもんだ。結局、現地に行ってみないと何もわからないってことだけがわかったよ」
エリ先生も同じように感じていたようで、気の抜けた顔をしていた。
「それとわかったのは、私たちはまったく期待されていないということですね。民間組織の方々の中には、短期間で大幅にレベルを上げた方もいます。多額の資金を投じて、とんでもない装備を手に入れている人も。だから、私たちのことも見た目で判断して、侮っているのでしょう」
一方で、寝ぼけながら立ち上がったミリアがいた。
ピンクシルバーの鎧に身を包み、両手を腰に当てて胸を張っていた。
「……ここはどこですか? 地下172階に到着したのですか? ミリアが問題を解決してあげるのです。ミリアに任せてください、なのです」
私はそんなミリアの肩をぽんぽんと叩く。
「この場にいる誰よりもミリアはレベルが高いからね。期待しているよ。でも、ここはまだ会議室。ミリアはさっきまで寝てたんだよ」
「!?!? 寝ていたのですか!?」
「大丈夫、居眠りなんて、誰でもするものだから」
自分のことは棚に上げ、お姉さん気分でミリアに語る。
ミリアはがくっと項垂れ、机の上に両手をついて顔を伏せた。
「き……気がつかなかったのです……。ミリアは居眠りをしていたのですね……。ヨダレを垂らしていなかったので、居眠りだけはないものと思ったのです……。
よかったのです。もしヨダレを垂らしていたら、それはもう、とても恥ずかしかったのです。中学生にもなってヨダレを垂らして居眠りをするなど……恥ずかしくてミリアは……お嫁に行けない姿を見せてしまうところだったのです。お姉様にも顔向けができなかったところなの……です…………」
ミリアは顔を上げ、不思議そうに私を見てきた。
「ところでお姉様。どうして袖を隠されているのですか? どうして腕を後ろに回しておられるのですか?」
私はミリアから顔を背け、明後日の方向を見る。
どうして?
そんなのは決まっている。証拠の隠滅がまだ不完全だからだ。袖はまだ乾いていない。




