第236話 会議室
日本とアメリカではダンジョンの運営方法が全く異なっている。
日本ではダンジョン管理協会とハンター事務局が存在する。奥多摩のダンジョンは日本人なら誰でも入ることができた。
外国人であれば正式な審査を受け、ダンジョンビザを取得する必要がある。だが、厳しい基準があるわけではない。就労ビザがあれば問題なくダンジョンビザは発行されるだろうし、観光ビザであっても自己責任で入ることは可能だ。上位ハンターと一緒に入るなどの推奨条件はあるが、義務ではない。日本に不法滞在しているとか、犯罪を犯して手配されているということでもない限りは制約を受けない。
ダンジョンがこれほど開かれているのは日本だけだった。
一般人が誰でもダンジョンに入れるという日本が特殊なのであって、ダンジョンを所有する国はどこもその存在を秘密にするのが当たり前だった。
これはアメリカも同様で、ロサンゼルス・ダンジョンで問題が起こるまではダンジョンの存在は隠されてきた。これまではアメリカ軍が管理し、軍関係者しかダンジョンに入っていなかった。
だが、ダンジョンからもたらされる利益は莫大で底が知れない。国民に知られてしまった以上、強く権利を主張する者も出てくる。仕方なくアメリカは許可制を敷き、民間の組織による探索を認めることになった。
私たちはとあるビルの一室に連れてこられた。通された部屋は会議室になっており、向かい側にはホワイトボードが置かれていた。会議室にはたくさんの長机が並べられ、すでに椅子には大勢が座っていた。
「エリ先生、ここは……」
「陸軍施設の会議室です。ここにいるのは軍の関係者とダンジョン探索を認められた民間組織の方々です」
会議室はざわついている。私たちが入ってくるとこちらに目を向ける者もいたが、空港のようにじろじろと見てくるほどではなかった。
アメリカでは民間の組織も参入し、許可を得た団体がダンジョンの探索を行うことができるようになった。主に格闘家や冒険家、登山家などの体力に自信がある人材を登用し、効率よくダンジョンを探索しようとしていると聞いていた。
この会議室でも屈強な男たちが椅子に座っており、出席者の9割以上が男性だった。女性はほとんどいない。もちろん私たちのような中学生なんて1人もいなかった。
並んだ長机の一番前が私たちの席として用意されていた。エリ先生といっしょにその席に座る。
私も湊ちゃんも春日井君も制服だったが、鎧を着たミリアが座ると、ガチャリと音がした。
この会議室にいるのはほとんどがダンジョンハンターだと思われた。私服姿の者もいるが、ミリアのように完全武装の者もいた。
迷彩服を着た若い軍人がホワイトボードの前に立った。金髪で彫りの深い顔立ちをしている。
「お集まりの諸君。日本からの応援がやってきたところで、さっそく話を進めたいと思う。よけいな挨拶は抜きにして、すぐに本題に入ろう」
最初に日本語で話し、続けて英語を喋りだした。同じ内容を両方の言葉で話していると思われた。
「ここ数日、我々は一気に地下180階まで探索を進めることができた。だが、地下172階で問題が起こり、現在は地下100階以下への立ち入りが禁止されている」
軍人は最近の状況を説明し始めた。この会議室にいる人たちには周知の事実だったようだが、事情を知らない私たちに向けて話しているようだった。
「民間によるダンジョン探査組織、通称DEO(Dungeon Exploration Organization)の方々には迷惑をかけてしまっている。DEOは営利を目的とし、投資を回収する必要がある。だが、下層への立ち入りができない現在はかなり収益が悪化していることだろう」
みんなは大人しく聞いているが、DEOの関係者だと思われる人たちは腕組みをしながら、厳しい顔で耳を傾けていた。
「ダンジョンは未知の要素が多くある。トラブルが起こらないことのほうが珍しいはずだ。だが、今回は特殊な事情によるものである。問題が解決しない限りは、ダンジョンの探索を続けること自体が難しい。君たちには日本から来た応援メンバーの活躍を願って欲しい」
ロサンゼルス・ダンジョンが民間に開放されてまだ日は浅い。民間組織は審査もあり投資もしている。誰もが簡単に参入できるようなものではなく、厳しい競争の末にここにいる。
それなのに、ダンジョンが開放されて早々に探索にストップがかかっているのだ。苛立つ者もいることだろう。
会議室では静かに聞いている者もいるが、こそこそと囁く者もいる。私たちに向かって何か言っているようでもあったが、翻訳機を使っていない状況で耳にする英語は聞き取れない。
私たちは最前列に座っているから、会話は後ろから聞こえてくる。
いつもは冷静でおしとやかな湊ちゃんだが、両手で拳を握って小さく揺らしていた。「可愛らしい仕草で何をしているのかな?」と思ったら、本人はボクシングのファイティングポーズのつもりだったようだ。私にだけ聞こえるように、とても小さな声で湊ちゃんが話しかけてきた。
「ねえ、ぶっとばしていい? 後ろの人たち」
普段ならそんな物騒なことを言うはずのない湊ちゃんだ。もちろん本当に殴るつもりなんてないだろう。私に顔を向けて変な笑い方をしていた。後ろの人たちの会話の中に、湊ちゃんのこの反応を引き出すなにかがあったのだ。




