第233話 燃料切れ
戦闘機から降りたミリアは千鳥足だった。酔っ払いのごとくふらふらとした足つきなのに、顔は達成感に溢れていた。
絞り出すように声を出していたが、悲壮感は微塵も感じられない。
「ミリアは……ミリアはやったのです……。お姉様の試練を見事に克服してみせたのです……。これでミリアは戦闘機を自在に操れるようになりました。お姉様の手となり足となり、活躍できるはずなのです」
「ごくろうさま、ミリア」
私はミリアに労いの言葉をかける。
ミリアは恍惚とした表情をこちらに向けていた。
「ああ……。ミリアはお姉様の愛をひたすらに感じているのです。初めて飛行機に乗った時、いっしょに怖がったお姉様。あれはすべてミリアのためだったのですね。ミリアに恥をかかせないため。すべてはお姉様の愛情……。本当はお姉様は飛行機など怖くはなかった、そういうこ……」
ミリアの言葉を最後まで聞かず、私は春日井君へと顔を向けた。
「さて、次は春日井君だね」
春日井君は目をぱちくりと瞬きした。
「あれ? 俺と筑紫って、じゃんけんしたっけ?」
「しなくても結果はわかるし。まあ、一応しておこうか」
意味深な私の発言に、春日井君は首を傾げながらもじゃんけんに応じた。
結果は、私がパーで春日井君はグー。こっそりダンジョンシミュレーターを起動していた私は、自分の勝利を確信していた。
「それでは、いってらっしゃーい。春日井君。空の旅を満喫してきてねー」
手を振って春日井君を送り出す。
楽しそうに戦闘機に乗り、空へ飛んでいった春日井君。よくあんな乗り物を楽しめるものだ。どこに楽しい要素があるのか、私には理解できない。
そして、私には余裕があった。なぜなら、ダンジョンシミュレーターを実行したからだ。このあとの結果もわかっている。すべては平穏無事に終わることになる。
春日井君は10分ほど操縦したところで戻ってきた。戦闘機が砂浜に着陸する。改造のおかげで、どこにでも安全に降り立つことができた。
「あれ? 春日井君。早かったね」
降りてきた春日井君に声を掛けたのは湊ちゃんだった。
「ん? ああ。そうなんだよ。筑紫にちょっと申し訳ないな」
「え? 春菜に? どうしたの?」
春日井君は申し訳なさそうに、肩をすくめながら答えた。
「燃料が残り少ないってコントローラーから音声が流れてさ。安全のために飛行が中止され、自動着陸モードになったんだよ。筑紫、悪いな。燃料にまで気が回らなかった」
私は満面の笑顔を作り、春日井君に向けて明るい声で言う。
「ううん。いいよ、全然。戦闘機にはいつでも乗れるんだし、ここでちょっと遊びすぎちゃったから、時間を使っちゃったね。早くロサンゼルスに向かおうか」
湊ちゃんが両手を合わせながら謝ってきた。ミリアも一緒に頭を下げる。
「春菜、私もごめん。ミリアちゃんと一緒に楽しくなって、つい、乗りすぎたかも」
「お姉様、ごめんなのです。ミリアも燃料を考えなかったのです。申し訳ないのです」
私は手を振りながら、笑顔のままで答える。
「いいの、いいの。私はいつでも乗れるんだからさ。そんなに気を使わなくてもいいんだよ。私は全然気にしていないし」
タブレットの画面にはタブさんからのメッセージが表示されていた。音声ではなく、文字で伝えてきたようだ。
【主よ。省エネモードに改造すれば、あと5分は操縦できるぞ】
メッセージのウィンドウには【確認】ボタンだけがある。私はすばやく【確認】ボタンを押してウィンドウを閉じた。
「さあ、みんな。ドラゴンに乗って! 楽しかったね! 十分満喫したし、私もみんなの操縦を見ているだけでも楽しかった! さあ、次は大統領の依頼だよ。仕事、仕事! さあ、行かなきゃ!」
私の明るい声に反して、ミリアはまだ申し訳なさそうな顔をしていた。
「お姉様も、本当は戦闘機に乗りたかったはずなのです。本当は心のなかで残念に思っているはずなのです。それなのに、そんな様子を微塵も見せないのです。さすが、お姉様なのです」
「まあ、燃料切れじゃ、しょうがないよね」
湊ちゃんがそう言った直後、ミリアが余計なことを言い出した。
「ミリアが頼んでみるのです。大統領に頼むのです。きっと大統領は燃料を……むぐ……もぐ」
私は慌ててミリアの口をふさいだ。手の下でミリアは「もぐもぐ」と言っている。燃料など入れなくていいのだ。大統領に頼む必要はない。
「さあ、早くドラゴンに乗ろう。大統領が待っているよ」
ミリアの口を手で塞いだまま、小脇に抱えるようにして引っ張っていく。
4人でドラゴンに乗り込み、鎖で縛られたパイロットとともにロサンゼルスへ向かうことにした。戦闘機はドラゴンが足で掴んで運ぶことになる。




