第231話 じゃんけん
太平洋に浮かぶ無人島らしき島を見つけ、ドラゴンは降り立った。戦闘機は砂浜に置かれている。
まず、戦闘機からパイロットを下ろした。ミリアの魅了が解けてしまっても大丈夫なように、鉄の鎖で縛っておく。
無人となった戦闘機は、私の魔法である金属変形で内部構造を改変した。ゲーム機のコントローラーのようなものも生成し、実物大のラジコン飛行機と化す。
ラジコンと違うのは、大迫力のエンジン音だ。
とてつもない轟音とともに、火を噴くようなジェットで加速していく。
戦闘機が空へ飛び立った。
その際、浜辺の砂を激しく撒き散らしていったため、私たちは砂まみれになってしまった。
それでも、本物の戦闘機の迫力に私たちは圧倒されていた。
湊ちゃんは興奮気味に声をまくし立てる。
「すごいねー。大迫力の実物大。音もすごいし、速さもすごい。一気に小さくなったかと思ったら、あっという間に戻って来る」
私は戦闘機をコントローラーで操作していた。空をぐるぐると旋回させて飛ばしている。
「湊も操縦してみる?」
「いいの? 難しそうかと思ったけれど、春菜が簡単そうに操っているからやってみたくなった」
「簡単、簡単。ほとんどゲームだよこれ」
戦闘機が空を飛んでいるその状態のまま、コントローラーを湊ちゃんに渡した。
コントローラーを受け取った湊ちゃんは、すぐに操縦を始める。基本操作だけなら知識がなくても問題なかった。
「次、俺もいいか?」
春日井君も興奮した様子で手を伸ばし、ミリアも興味深そうに覗き込んでくる。
「ミリアも遊んでみたいのです。それ、面白そうなのです」
しばらくは4人で交代しながら遊んでいた。実物の戦闘機を飛ばすという大迫力の遊びだが、何度も繰り返すとさすがに慣れが出てくる。
湊ちゃんはコントローラーで戦闘機のきりもみ降下を試しつつ、私に尋ねてきた。
「ねえ、春菜。これって戦闘機に乗りながら、このコントローラーで操縦もできるんだよね?」
「そうだね。できると思うよ」
「でも、安全面はどうなのかな? 危ないよね」
「どうなんだろう? タブさん、危ないかな? やめておいたほうがいい?」
タブレットのAIがそのことを説明してくれる。
『安全面は我がサポートしよう。何者かと戦うのではなく、遊びであれば問題がない。遊びであればな』
「また含みを持たせた言い方をするね。まあ、とにかく遊びなら大丈夫だってことだ。万が一誰かが襲ってきたら、タブさんは教えてくれる?」
『もちろんだとも』
「じゃあ、乗ってみようか」
ごくりと喉を鳴らしたのは湊ちゃんだ。自身で戦闘機を操縦しながら、空を飛ぶその姿をじっと見つめていた。
私は湊ちゃんに問いかける。
「怖い? 湊?」
「もちろん、怖いよ。でも、ちょっと乗ってみたい気もする」
湊ちゃんは絶叫マシンに乗るような気でいるのかもしれない。タブさんに安全を保証され、春日井君も同じ考えのようだった。
「俺も怖いけど乗ってみたいな。コントローラーの操縦があまりに簡単だったから。だけど、一番手は怖いな。最初に乗るのには勇気がいる」
すごく嫌そうな顔をしたのはミリアだった。
「ミリアは絶対に乗らないのです。二度と飛行機には乗らないのです」
絶対に乗るまいといった様子で、強く首を振っていた。
私はみんなにこう提案をする。
「じゃんけんで決める? 誰が最初に乗るのか」
私の言葉に、ミリアは強気な表情を返してくる。
「お姉様。いいのですか? ミリアは絶対に負けません。なぜなら、ミリアは。ふふふふふ」
「またその笑い。よほどじゃんけんに自信があるんだね。じゃあ、じゃんけんで最初に乗る人を決めるか。いい? 湊と春日井君? ミリアも入れて、4人でじゃんけん」
「い……いいよ……」
湊ちゃんは緊張しながら返した。春日井君も同じく緊張気味だった。
「ああ……。ちょっと怖いけど、タブさんが大丈夫だって言ったしな」
じゃんけんで最初に乗る人を決めることになった。
4人で輪を作った。私は手を振り上げながら、みんなに向けて言った。
「よし、いくよ。私も一番最初は嫌だ。絶対に勝つからね」
ミリアが私のほうに顔を向けた。
「なるほど。お姉様はじゃんけんに勝つおつもりなのですか」
「もちろん」
私は頷いて返す。
「お姉様はじゃんけんに勝つ方法を知っているのですか?」
「勝つ方法?」
ミリアに聞き返す。
「公平を期すためにミリアはじゃんけんに勝つ方法をみんなに教えようと思うのです。その上で、ミリアもお姉様も、絶対に勝つのです。負けるのは湊か春日井なのです。どうすればじゃんけんで勝つのかを教えておくのです」
ミリアは妙なことを言い出した。勝つ方法があるのなら、秘密にしておいたほうが有利なはずだ。でも、そう言われると逆に気になってくる。
「じゃあ聞いておこうか。ミリアの言う、じゃんけんで勝つ方法とやらを」
ミリアは不敵な笑みで頷いた。
「はい、お姉様。教えておくのです。じゃんけんにおいて、グーはチョキに勝てるのです。ミリアは学校でお友だちができました。お友だちに聞いたのです」
じゃんけんをしたことがなかったミリア。そんなミリアが学校で初めてじゃんけんを覚えたのだろうと思うと、私は微笑ましくなって表情が緩んだ。
「そうか。ミリアは学校に通うまでじゃんけんを知らなかったのか」
「知らなかったのです。ですが、ミリアはすべてを知ってしまいました。じゃんけんで勝つ方法です。チョキはパーに勝てます。パーはグーに勝てます。覚えておくのです。絶対に勝利するという不動のルールなのです。これで勝負は公平になりました。ふふふふふ……」
ミリアはまた不敵な笑みを繰り返した。
ミリアが自慢げに話したのは、単なるじゃんけんのルールだ。みんなが知っていて当然のことである。
「まあとにかく、ミリアがじゃんけんのルールを知っているということで、これで大丈夫だね? じゃあいい? じゃんけんで最初の人を決めるよ」
4人でいっせいに手を振り上げる。
同調しながら、一緒に声を出す。
「「「「最初はグー」」」」
4つの手がグーで差し出された。
「「「「じゃんけん、ぽん!」」」」
それぞれが出した手は、
私:パー
ミリア:グー
湊ちゃん:パー
春日井君:チョキ
となった。結果はあいこだった。
「あいこだね。じゃあ、もう一回。最初は……グー……。じゃんけん……」
こうして何回かあいこを繰り返し、最終的に決まったのは、
私:グー
ミリア:グー
湊ちゃん:チョキ
春日井君:グー
となった。
湊ちゃんの1人負けという結果に終わった。
「私!? 私が負けちゃったあ」
じゃんけんに負け、湊ちゃんは最初に戦闘機に乗ることになった。
ミリアはやはり不敵な笑みのままだった。
「ふふふふふ……」
ミリアは私にそっと近づき、小さな声で耳打ちをしてきた。
湊ちゃんや春日井君には聞こえない、ごく小さな声だ。
「お姉様。ミリアはレベル173なのです。動体視力と運動能力が人並みから外れています。他の人の手を見てから出すことが可能です。よって、お姉様が負ける結果になる時、ミリアは違う手を出せば、100%あいこに持ち込めます」
「後出しじゃん……」
私は思わず顔をしかめてしまう。ミリアは相手の手を見てから出していたのだ。それなら、絶対に負けることはないだろう。
「湊か春日井が負けるタイミングで、ミリアも手を合わせればいいだけなのです。こちらの勝ちは確定事項だったのです。そして湊か春日井、運が悪かったのは湊なのです」
つまり、私が負けそうになった時には、ミリアがあいこにすることが可能だということだ。
例えば、私がパーを出し、他がチョキを出した場合、ミリアはグーを出してあいこになるように調整をすることができるのだ。
「自分が負けないというだけじゃなくて、誰が負けるかまでをミリアはコントロールできてしまうっていうことか」
「ふふふふふ……」
「不敵な笑みの意味はそういうことだったのね」
「ミリアはじゃんけんの初心者を装い、裏ではコントロールをしていたのです。じゃんけんの陰の支配者だったのです。すべてはミリアの手の上で転がされていたということなのです。お姉様、今後もこの手を使いましょう。ミリアはお姉様のために何でもするのです。じゃんけんの覇者となりましょう。じゃんけんでこの世界を支配しましょう」
私は手を上に振り上げた。
大きな声を張り上げる。
「ミリア、じゃんけん……ぽん!」
ミリアに考える暇を与えずにじゃんけんをした。春日井君にも目で合図を送って促す。
結果、ミリアがグーを出し、私と春日井君はパーだった。
「お! お姉様!! な、何を!?」
じゃんけんはミリアの1人負けだった。
「はい、ミリアの負けね。2番目に乗るのはミリアに決定」
ミリアはこの世の終わりといった顔で、嘆きの声を上げる。
「お姉様あああ! 最初は『グー』ではないのですか!! ひ、卑怯な!! ひ、ひ、卑怯なあああ!!!!」
私は『最初はグー』の掛け声を省略してじゃんけんを仕掛けた。
『最初はグー』だと思い込んでいるミリアは、当然グーを出す。
こちらは最初からパーを出せば、勝ちが確定するというわけだ。
「まだまだ初心者だね、ミリアも」
ミリアはがっくりと項垂れ、その場に両手両膝をついて崩れ落ちた。
「勉強が足りなかったのです……。お姉様には勝てないのです……」




