第223話 アイテムの使用は保留
春日井君の提案は、私がアイテムを使って覚醒レベルを一気に4から6に上げるというものだった。
湊ちゃんは腕組みをしながら真剣に考えている。
「うーん。私も春菜が覚醒レベルを上げたほうがいい気がする。アイテムを売って換金するとかはするべきじゃないと思う。この3人の中で誰が使うかっていう問題だと思うし、だったら私も春菜かな?」
どうやら湊ちゃんも同じ考えのようだ。
私は2人の言葉を聞きながら、頭をぽりぽりと掻く。2人が獲得した超レアアイテムを私だけが使うのには、どうしても気が引ける。私だけの問題じゃないように思うし、かと言って……
『我は答えを提案しないぞ。人類の問題は人類が考えるべきだ』
タブさんは相変わらず答えをくれない。自分で考えろと言うのだ。当たり前といえば当たり前なのだが。
でも、こういったときのためのダンジョンシミュレーターなのではないのか? 春日井君と湊ちゃんがそれぞれ覚醒レベル1になった未来、そして別の未来としては私だけが覚醒レベル6になったケース。
どちらが最善なのか?
5年後や10年後にどちらがいい未来になっているのか?
とんでもない不幸が訪れるのなら、それは避けたほうがいい。しかし、そんなところまで計算が可能なのだろうか? そんな先の未来まで。
『主よ。考えていることはだいたいわかる。計算には17秒ほど必要だ。未来は無数に分岐していくわけだが、木の枝を考えてみるといい。片方は丈夫な枝、片方は病気になった枝。そんなふうに結果が伝わってくるだろう』
タブさんの言葉を聞きながら、私は目を閉じる。歩きながらダンジョンシミュレーターを実行する。片方は丈夫な枝。片方は病気の枝。
どちらの未来を選択するべきか。
「ふう……」
私は深くため息をついた。
春日井君と湊ちゃんは少し心配そうに私を見ていた。
「どっちも丈夫な枝だった。これはどちらの未来を選びたいかだよね。私ひとりの孤独な戦いを選ぶか。それとも仲間とともに進むか。私は、獲得したアイテムをそれぞれが使えばいいんじゃないかなって思う。獲得したこと自体に意味があると思うから」
私の意見を聞いて、最初に春日井君が天を仰いだ。
「ああ、なんか筑紫の言葉を聞いて俺はわかったことがある。覚醒レベルを上げることに対する怖さがあるんだ」
その気持ちはわかる気がする。私も自分だけが秘密を抱えているようで心が苦しかった。この先に何が待っているのかわからないという不安も抱えている。
「私もそうかも。得体の知れないものを感じていて、無意識のうちに避けていたようにも思う」
そう語る湊ちゃんも同じだろう。私たちは当たり前の日常を当たり前に生きてきて、それがずっと続いてきた。それが突然変わってしまうような怖さなのかも知れない。
だったら、私一人が背負うという選択肢もあるわけか。
『考えるべきことではあるが、すぐに決断を下す必要があるわけではない』
ヒントのようなものをタブさんはくれた。
その通りだ。
今は窮地に陥っているわけでもないし、人類に危機が迫っているわけでもない。ダンジョンブレイクも、人類領域侵攻計画も、目に見えた変化があるわけではなかった。
春日井君も湊ちゃんも、納得したように頷いていた。
「そうだな。保留にしてもいいってことだよな」
「そうだね。焦って行動することはないね」
覚醒レベルを上げてしまったら戻れない。
急いで使う必要は今のところなかった。
私は2人に同意して頷きながら、明るく声を出した。
「そうそう、今は保留にしようか。とりあえずアイテムは各自で持っておこうよ。ダンジョンの奥地で死にかけでもしない限り、焦って使うことはないよ」
自分で言ったセリフに、どこかでそんな奴がいたような、と思い当たる。
すかさず、2人のセリフがシンクロした。
「それって筑紫のことじゃん!」
「それって春菜のことじゃん!」
春日井君と湊ちゃんは見事に同調していた。私は心の中で『それって私のことじゃん!』とツッコんでいたから、実際には3人が同期していた。
「あははははは」
私の乾いた笑い声が、ダンジョンの壁に反響して飛んでいく。
こうして私たちの奥多摩ダンジョンにおける冒険は、いったん幕を下ろすことになった。
ネットでは最強の初心者パーティがいると一部で噂になっていた。
本当に最強となるのはもっと先の話だ。その前に私たちは大統領の依頼を完了する必要がある。もう少しだけレベル上げをしたらアメリカへ飛ぼう。
(その時はドラゴンで行く。絶対に、飛行機には乗らない。)
明日は学校だから、今日はもう帰るだけだ。
レベル上げをするとしたら、早くても明日の放課後。私のダンジョンを召喚して、そこで……。
と、ここまで考えて、あることをすっかり忘れていたことに気がついた。
「あ……。もりもりさん……」
「あ……」
「あ……」
春日井君と湊ちゃんも思い出したようで、3人で足を止めてしまった。
もりもりさんはまだ私のダンジョンで戦っていたのだ。




