第209話 ごねるハンターたち
あとは簡単だ。残っているジャイアント・アントを倒せばいい。
だが、厄介なことに、1人のハンターの腕が完全に切断されてしまっていた。
「痛え! 痛えよお!」
泣き叫びながら、その男は床を転がりまわっている。
辺りには血の海が広がり、出血量も凄まじい。このままでは命の危険があった。
「うわあああ! 頼む! 頼む! なんとかしてくれ! 助けてやってくれー!」
もう1人のハンターは、必死に仲間の命を救ってくれと懇願している。
「痛え! 痛えよお! なんで……なんで俺がこんな目に!」
私は無言で、手にしたポーションを差し出す。
無傷のハンターがそれを乱暴に受け取ると、仲間の口へ無理矢理に流し込んだ。
「それは天界の治療薬。通称、奇跡の雫と呼ばれているものです。切断された腕でも治せるはず」
飲み干した後も、ハンターたちは呆然と私を見ているだけだった。私は落ちていた腕を拾い上げ、慎重に切断面を合わせる。すると傷口が淡い光を放ち始めた。
そこへ、春日井君と湊ちゃんがゆっくりとこちらに歩いてきた。
「筑紫、こっちは片付いたよ。全部倒した」
「生き残りはいないよ」
私は顔を上げ、2人に笑顔を向ける。
「ありがとう。春日井君、湊」
湊ちゃんは心配そうに、腕を斬られたハンターを見つめていた。
「痛そう……。でも、本当に治ったの……?」
激痛に耐えていたハンターは、荒い呼吸を少しずつ整えていった。
「なんとか……無事みたいだ……。助かった……」
すると、仲間のハンターが探るような視線を私に向けた。
「この天界の治療薬って、やっぱり高いんだよな?」
「正確な相場は私も知らないけれど……」
腕を治された男は、再生した箇所をさすりながらきっぱりと言った。
「腕を繋いでもらったんだ。このポーション代は払わせてくれ……」
そう聞かれたので、私は少し控えめな金額を提示することにした。
「なら、高度回復薬の20~30本分くらいでしょうか?」
そもそも正確な相場など存在しない。欲しい者がいればいくらでも出す、そんな希少なアイテムなのだ。
実際は高度回復薬に換算すれば100本以上、1億DPは下らないはずだった。
「ちょ、ちょっと待て……、3000万DPだと? んな、馬鹿な……。そんな大金、払えるわけが……」
かなり低めに告げたつもりだが、男にとっては信じられない金額だったらしい。急にうろたえ始めた。
話している間にも、春日井君が女王蟻の腹を割き、飲み込まれていた2人のハンターを救出した。
「ひでえ目にあった……。マジで死ぬかと思ったぜ……」
「本当だ。ポーションがなかったら、確実に死んでいた」
救い出された2人の全身は、女王蟻の胃液でベトベトだった。
「それなりに高いポーションなんだろ? 俺たち2人の代金を払わせてく……れ……。ん……?」
男たちは粘液まみれのまま周囲を見渡し、言葉を失った。そして、ごくりと喉を鳴らす。
女王蟻の腹の中にいた彼らにとって、この光景は初めて目にする。その衝撃は大きかったようだ。
自分たちの身長ほどもある蟻の死骸。それが辺り一面を埋め尽くしている。
ボス級のジャイアント・アントが、文字通り山のように積み重なっていた。
「この量……全部ボスなのか……」
「ダンジョンポイントもアイテムもとんでもねぇよなぁ……」
助けられたハンターたちは、互いに顔を見合わせる。
「俺たちが飲んだポーションって……」
「ああ……。100万程度じゃ足りねえんだろうな……。きっと……」
粘液まみれのまま、ハンターの一人が私たちに問いかけてくる。
「なあ、こいつら、お前らが全部片付けたのか?」
「ええ、だいたいそうなりますね」
私が答えると、
「じゃあ、稼ぎも相当なもんだよな。なら、ポーション代は勘弁してくれねえか?」
これだけではない。もう1人の別のハンターが、さらに厚かましいことを言い出した。
「いや、そもそもこの部屋は俺たちが占有していたんだ。俺たちにも多少の分け前をもらう権利があるんじゃないか? これだけのジャイアント・アントに、クイーンまで。相当な稼ぎだろう?」
何を言っているんだ、この人たちは。私はげっそりとしてしまう。
すぐにでもこの場を去りたかった。ポーション代なんてどうでもいい。早く部屋を出てしまいたかった。
女王蟻を倒したことで、扉は開くことになっている。
しかしすぐに開くわけではない。扉が開放されるまでは10分ほどかかるだろう。
さらには、腕を切断されていたハンターまでもが文句を言い始めた。
「そ、それと……。俺の腕を治した天界の治療薬だけどよ。あんな凄いスキルがあるなら、もっと早く倒せただろ」
「なんだ? もっと、あっさり倒せたってことか?」
女王蟻の腹にいたハンターまで、不満げな顔で言ってくる。
「そうだ。つまり、このポーション代は払わなくていいってことだ。こいつらがさっさと倒せば使う必要はなかったからな」
彼らに対し、毅然と前に出て反論したのは湊ちゃんだった。
「違います。私たちだけなら簡単に倒せましたが、あなたたちを巻き込まないように戦っていたんです。空間収縮を使ったらあなたたちを守れないでしょう? だから使えなかったのに……。それなのに、勝手に動き回ったのはあなたたちじゃないですか」
「う、うるせえな……。とにかく払わねえぞ。いや、むしろここでの稼ぎを少しは置いていけよ」
「何を言っているんですか。話になりません」
このままでは喧嘩になりそうな勢いだったので、私は湊ちゃんの腕を取った。
「いいよ、湊。行こう。さっさとシューターで下りちゃおう」
「そうだな。筑紫、南波、行こう。話にならないよ」
春日井君も同意してくれたが、納得がいかないのはハンターの方だった。
「待て、逃げるつもりか?」
心底、嫌な気分になる。
私はすぐにでもこの部屋を出てしまいたかった。
しかし、扉はまだ開かない。
彼らがシューターで追ってくることはないだろうから、下へ降りてしまうのが最善策だった。
そして、湊ちゃんと春日井君に耳打ちし、先にシューターで降りてもらうことにした。
私がやろうとしていることに、湊ちゃんは口を押さえて驚いていた。一方で、春日井君は苦笑していたが。
「じゃあ、先に行っているね、春菜。早く来てね」
「じゃあ俺も。下で待ってる」
そう言って2人はこのボス部屋にあったシューターで地下99階へと降りていった。
私もシューターで降りようとすると、ハンターに肩を掴まれる。
「おい、待てって。話がまだ終わってねえ」
「助けたじゃないですか。しかも、高価なポーションまで使って」
「誰が助けてくれと頼んだよ。別に、頼んだわけじゃねえ」
「なるほど、そうですか。…………じゃあ、次に同じことがあっても助けなくていいんですね?」
「いいに決まってるだろう。そんなこと、あるわけねえしな」
「もしかしたら、すぐにまた女王蟻が出現するかもしれませんよ?」
「馬鹿なこと言ってんじゃねえ」
「扉が開くまでにあと10分はかかるはずです。その間に女王蟻が出現したら、倒すまでこの部屋から出られません。倒せるのは私だけです」
私の言葉に、ハンターは小馬鹿にしたように笑った。
「すぐに女王蟻が再ポップだあ? もしあったら、この場で裸踊りでも何でもしてやるよ」
そう言いながら、男はふざけた調子で妙な踊りを始めた。他の3人も私を馬鹿にしたように笑っていた。
私には、これまでに倒したモンスターを召喚できるスキルがある。
一度に召喚できるのは4体まで。スローラビットを2匹召喚中だから、召喚できるモンスターは残りあと1体。
せっかくだから、少しお灸を据えてから立ち去ることにする。
「話にならないので、私は失礼しますね。それでは、またどこかでお会いしましょう。お元気で」
私は、自分の背後へ女王蟻を召喚した。
床に魔法陣が現れ、巨大な影が浮上してくる。
見えずとも、その圧倒的な気配でわかる。
私のすぐ後ろには、天井にまで迫る巨大な蟻が出現しているはずだ。
禍々しい真紅の巨体。振り上げられているのは強靭な前脚。
鋭い眼光が、ハンターたちを真っ向から睨みつけていることだろう。
「な……っ、ジャ……、ジャ、ジャ、ジャ、……!」
一人のハンターが、腰を抜かして床にへたり込んでいた。
そして、4人が同時に叫ぶ。
「ジャイアント・アント・クイーン!」
「ジャイアント・アント・クイーン!!」
「ジャイアント・アント・クイーン!!!」
「ジャイアント・アント・クイーン!!!!」
4人のハンター全員が、戦慄の表情で私の背後を指さしていた。女王蟻とハンターたちの間に私はいる。私は、女王蟻の出現には気がついていないことになっているため、すました表情だ。
そして、私は満面の笑顔で彼らに手を振った。
「それでは、シューターで降りまーす。ごきげんよう~。いつか、また、どこかで~~」




