第208話 死にかけのボスを狩るハンターたち
部屋の角で戦っていたが、モンスターの数が減り、ジャイアント・アントが後退したことで、私たちは前に出ていた。
前進しながら蟻を次々に倒していく。目の前には、壁のように立ち塞がるボス級のジャイアント・アントがたくさんいる。数を減らすことに専念していたため、自ずと戦い方は荒くなっていく。
少しくらいの打ち漏らしを気にしている余裕はない。後ろのハンターたちが襲われないのであれば、それでいい。
いつの間にか、部屋の床一面には蟻の死骸が転がっていた。足の踏み場もないほどではないが、場所によっては死骸の山が築かれている。
「へ……。もうすぐ助かるぜ……」
「それにしても、まだ扉は開かねえのか。開いたらこんな部屋、すぐに出てやる……」
ハンターの2人が部屋の中をうろうろと歩き回っていた。しかし、まだ動こうともがくジャイアント・アントがいた。死にかけてはいるが、わずかに触角や足先を震わせている。
私たちはモンスターの死をいちいち確認してはいなかった。動けなければ脅威ではなく、とどめを刺す手間も時間も無駄だからだ。
「こいつめ……、こいつめ……」
1人のハンターが死にかけのジャイアント・アントに向かって剣を突き立てた。何度も、何度も剣を刺し、そのたびにジャイアント・アントは身体をびくんびくんと震わせた。
「ボス級のジャイアント・アントも、弱ったら大したことねえな」
やがて、ジャイアント・アントは完全に動かなくなった。
もう1人のハンターも近寄ってきて言った。
「こいつらを倒したら、俺たちにもおこぼれがくるんじゃねえか?」
「お前、頭いいな。まだ息があるやつを探せ。アイテムとダンジョンポイントを稼ぐんだ」
私たちがまだ戦っているというのに、2人のハンターは部屋の中を走り出した。生き残っているジャイアント・アントを探そうというのだ。ボス級の個体もいまなら倒せるだろう。手に入るポイントやアイテムは与えたダメージに比例する。それでも、簡単にダメージを与えられるこの状況は、彼らにとって絶好の機会とも言えた。
だが、女王蟻が出現し、大量のジャイアント・アントが現れたこの状況、最後まで何が起こるか分からない。終わるまでは油断すべきではない。とどめを刺すのは、すべてが終わってからでよいのだ。
「余計なことはしないで!」
私は叫んだが、制止に従うような二人ではなかった。
「うるせえ! 自分たちだけでガメようってんだろ! お前らに全部持っていかれてたまるか!」
「そうだ! 俺たちにも権利はあるはずだろうが!!」
倒すべきジャイアント・アントはまだ残っている。私たちには強引に引き止める暇はなかった。
苦虫を噛み潰すような顔をしているのが自分でもわかった。湊ちゃんがなだめるように声をかけてきた。
「いいよ、春菜。とりあえず、目の前のモンスターを倒そう」
「そうだね、わかった。よし、女王蟻を倒すんだ……」
もうすぐ向かい側の壁が見えるはずだった。薄くなった包囲網を前にして、春日井君はモンスターを切り捨てていた手をふと止めた。そして振り返り、大きな声で叫んだ。
「待て! いないぞ!! ここには女王蟻がいない!!」
私は目を見開き、慌てて後ろを振り返った。
そこには死骸の山があった。
2人のハンターは、その山に背を向けている。
動かないはずの死骸の山が、不気味に蠢いた。
姿を現したのは……
――女王蟻
死骸の山の中に隠れ、息を潜めてこの機を狙いすましていたのだ。
間に合わない――。
女王蟻の前脚が閃いた。剣のごとき鋭い切れ味が、ハンターの腕を断つ。鮮血が舞った。
「ぎゃあああああ!!」
男の絶叫とともに、腕が床に転がる。断面から大量の血を噴き出しながら、男はのたうち回った。
もう1人のハンターは尻餅をつき、恐怖で硬直している。立ち向かうことも逃げることもできずにいた。
女王蟻はなおも追撃の手を緩めない。のたうつ男の心臓を狙い、鋭利な脚が突き出された。
――まずい、心臓を貫かれたら……。
死んだ人間を蘇生させるアイテムなど、この世には存在しない。
命が尽きれば、それまでだ。
私はたまらず叫んでいた。
「湊! 神王スキル!」
私が叫ぶより早く、湊ちゃんはすでにスキルを発動させていた。
――発動! 空間収縮!
これまで一度も披露していなかった、そのスキル。
お兄ちゃんの装備、神王装備に秘められた能力。
湊ちゃんは超高速で移動しながら私の肘を掴む。私は引きずられるような感覚とともに、一瞬にして女王蟻の眼前へと到達していた。
ミスリルの大剣を振りかぶる。
空間収縮の勢いをそのままに、女王蟻の前脚を一刀両断。切り落とされた前脚が大きく飛んでいく。
女王蟻がこの動きに対応できるはずもない。この部屋では一度もスキルを見せておらず、私たちの本気を女王蟻は知らない。
いっしょに移動した湊ちゃんは女王蟻のすぐ真横にいた。
エンジェル・ボウの弦を静かに引き絞り、脳天をめがけて矢を放つ。
ひゅん、と小気味よい音が響く。
貫通した矢が、そのまま天井に突き刺さる。
完全に動きを止めた巨体が、ゆっくりと傾いていく。
万が一がないよう念のため、私は大剣を再度振りかぶった。
一気に、女王蟻の頭部を首元から断ち切る。
絶命した女王蟻の身体が豪快な音を立てて崩れ落ち、巨大な頭部が床をごろごろと転がっていった。




