第206話 蟻の多さに押される
「女王蟻は私が相手をします。セオリーでは弱い敵から倒していき、数を減らすことです。ですが、この多さではそうも言っていられません」
「俺たちではとても無理だって! 助けてくれ! ジャイアント・アントだって厳しいんだ……ちくしょうっ。どうしてこんなことに!」
ハンターの1人は悪態をつきながら、開くはずのない扉を必死にこじ開けようとしていた。
「ここは私一人で大丈夫です。あなたたち2人は湊といっしょに小蟻を減らしてください。そして、春日井君はジャイアント・アントを……」
途中まで言いかけて、それは無理だと判断した。それぞれ分担して倒そうと思っていたのだが、あまりの数の多さに湊ちゃんと春日井君はすぐそばまで押し戻されていた。
「ごめん、敵に押されて」
春日井君は完全にモンスターに押されて後退していた。
「数が多すぎてきついです」
私の援護をしてくれた湊ちゃんもこの数は捌ききれないようで、その背中がすぐ近くにあった。
扉のすぐそばに5人のハンターが固まる形になった。私たちは大量の小蟻と大蟻に囲まれてしまっていた。
「どうしようかな……。女王蟻に食べられた人がいなければ、みんなでシューターに入って降りちゃうという手もあったけれど」
私は残されたハンター2人をちらりと見る。すると一人が嫌味な声で悪態をついてきた。
「お前、そんなこと言っていて、いざとなったら俺たちを見捨てて逃げるんだろうが。自分の命が一番大事だもんな!」
「何を言って……。そんなわけ……」
私の反論を待たずに、ハンターは声を荒げる。
「わかってんだよ、お前たちの装備を見たら。どの装備も億単位の高級品じゃねえか。3人とも上級国民の上級ハンターだろう? 金に物を言わせてレベルを上げてきたはずだ。上級ハンターなら、俺たちを守れ。見捨てて逃げたりすんじゃねえ」
ひどい物言いだった。この状況を作り出したのは彼らだし、仲間にポーションを送り込んでも感謝の言葉もなかった。
「いっしょに地下99階まで逃げる方法もありますよ。女王蟻の腹の中にいる仲間はポーションで回復したのでしばらく大丈夫でしょう。そのうち救助隊もくるはずです」
「それまで生きてる保証なんてどこにあるんだ? ふざけんな、お前ら上級ハンターなんだから、俺たちを守る義務があるはずだ」
「だから、今はそんなことを言っている場合じゃ……」
「それと、ここでの稼ぎは置いていけ。蟻部屋は俺たちが占有していたんだ。上級国民なら、金はいくらでもあるんだからよ? 俺たちのような庶民はセコセコ稼がなきゃ生きていけねえんだよ」
「今はそんなことを言っている場合じゃないんです。本当に……生き残らなければ……」
私や湊ちゃんと春日井君には装備がある。レベルも含めて、この部屋の蟻は敵ではない。単に数が多いだけで、すべて倒し切るには時間がかかるというだけだった。
だが、彼らは違う。
自分たちの命がかかっているのだ。それにもかかわらず、口にするのは助けを求める要求とお金に関することばかりだった。
「あと、ポーション代は払わねえからな。お前が勝手に使ったんだからよ。金持ちはいいよな。簡単に高価なアイテムが使えてさ」
本当にこの状況がわかっているのだろうか?
もしかしたら、現在の状態がイレギュラーだということまで頭が回っていないのかもしれなかった。
湊ちゃんは私のすぐ側まで寄ってきており、背中が私に押し付けられた。
「ねえ、春菜。この状況って通常? よくあることなの?」
神王装備の湊ちゃんは蟻からまったくダメージを受けていない。そのためか、落ち着いていて冷静だった。
「よくあることじゃないよ。まず、女王蟻の出現だけでもめずらしいこと。それに加えて今回は、ジャイアント・アントという通常ボスが異常なまでの数で発生している。聞いたことがないね」
「じゃあ、普通じゃない状態なんだね。とりあえず、どうしたらいい? 私たちだけならなんとかなりそうだけれど……」
「だから! 俺たちを助けろよな! 絶対に、逃げんじゃねえ! 守るのがお前らの義務だ!」
ハンターは喚くだけで、何の役にも立っていない。
春日井君は刀を振り、蟻たちを切り捨てながら強く言った。
「もちろん守るさ。俺たちが守る。なあ、筑紫。この状況を打破するにはどうしたらいい?」
私は取り付いてくる蟻を退治しながら答える。幸か不幸か、ジャイアント・アントは女王蟻を守ろうとしている。女王蟻にすぐに襲われることはなさそうだった。
「ひとつの案としては、みんなでシューターに飛び込むこと。ただ、モンスターの強さがここよりも桁違いに上がる。それが心配かな……」
多くの蟻が襲ってきているが、女王蟻の前にはジャイアント・アントが立ち塞がっている。
女王を守ることに専念しており、シューターまでの道は空いている。今なら楽に降りられるかもしれない。
「ふ……、ふざけんな……。地下99階なんて無理だ。お前らはいいよな。きっとレベルも高いだろうし、その装備なんだから……」
ハンターは完全に怯えた声を出していた。
彼らにとって地下99階は未知の階層だ。おそらくこのボス部屋で蟻に囲まれるより、何倍も過酷な状況に放り込まれることになる。
「別の案もあるのだけれど……。どうしようかな……」
蟻を倒しながらも、私が発した言葉にハンターが食いついた。
「あるのかよ! さっさと話せ! シューターに飛び込むよりずっといい!」
ハンターに急かされるが、私は冷静に問いかける。
「ところで、仲間のHPはどのくらい残っていますか?」
「ん? ああ……。99.5%はあるぞ。お前、とんでもないポーションをくれたんだな。でも、俺は払わねえし、ポーション代を請求するんなら腹の中のアイツにしてくれよ」
「別の案としては……、あ、そのポーションはあと2本ありますので」
「は? どういうことだ? わけがわからねえ。お前、なにをしようと……」
「あなたがた2人も女王蟻のお腹の中に移っていただきます。女王蟻に食われてください。お腹の中ならまだ安全でしょうし、私たちはシューターで降ります。そのうち救助が来て、誰かが助けてくれるでしょう。名案じゃないですか? 私、頭いいかも」
ハンターたちは私の発言の意味をすぐに理解し、怒鳴り散らかすように文句を言ってきた。
「こいつ、鬼だ!! 悪魔だ!!」
「鬼畜だ!!!! 考えることがえげつねえ!!」
もちろん冗談だ。
そんなことを実行するはずもないし、要求だけは厚かましいハンターにはお灸を据えなければならない。だから口にしたまでだ。お灸を据える方法は、また別の手段を考えてある。
今はただ女王蟻を倒すこと。
あいつを倒してしまえばいい、それだけだ。




