第205話 女王蟻
――ジャイアント・アント・クイーン
レアボスとして極稀に現れる雌の大蟻だ。
通常のボスとは比較にならないほど強く、かなりの巨体をしている。その大きさにも関わらず、天井に張り付いて息を潜めながらハンターを狙っていた。
扉の前にいる2人のハンターが襲われようとしていた。ハンターたちは小蟻と戦うことに夢中になっていて頭上にいる女王蟻には気がついていない。
女王蟻はちょうど扉の真上にいる。産卵直後のはずだが、腹部は大きく膨らんでいた。食事が終わったばかりなのだろうが、さらなる餌を求めている。その餌を眼下に捉えていた。
湊ちゃんと春日井君は目の前のモンスターの対処に忙しい。扉の前にいるハンターたちには意識が向いていない。
私だけが対応可能だったが、先に女王蟻が動き出した。素早い動きで壁を伝い、ハンターたちに襲いかかる直前だった。女王蟻の前足がハンターの兜を貫こうとしたその時――
「うりゃあああ!」
間に合わないと判断した私は、雄叫びと共にミスリルの大剣を振りかぶり、全力で投げつけた。
ガッキィィィンと甲高い衝撃音を残し、大剣が壁に深々と突き刺さる。
女王蟻は伸ばした前足を素早く引っ込めていた。
2人のハンターは何事かと腰を抜かして床にへたり込む。
私はダッシュで2人の元へと駆けていく。
「上に女王蟻がいます! 早く逃げて!」
私の叫びもむなしく、状況を掴めていないハンターたちはへたり込んだままだ。
「は!? え!?」
「な、なに……!?」
私は2人を無視してジャンプで飛び越え、壁に刺さった大剣を足場に女王蟻に向かって飛びあがる。
下でハンターが呆然と呟く。
「剣を……投げた……のか? その剣を足場に?」
何が起こったのかようやくハンターが理解した時には、私の拳が女王蟻の顔面にヒットしていた。殴られた女王蟻は顔を歪めながら壁づたいに天井高くへと逃げていく。
「いや……あのさ……」
何か言いたげなハンターだったが、床に降り立った私は、彼らを庇うようにして前に立つ。
「女王蟻は私が対処します。あなたたちは湊と春日井君のところへ!」
ところが2人は、感謝するどころか私に文句をぶつけてきた。
「おい、お前。ランカーじゃねえのか? なんで剣を投げて外してんだよ」
「そうだ。あんなでかい図体に当たらねえって、どう考えてもノーコンだろう……」
ノーコン。つまり、物を投げるコントロールが致命的に欠けているということだ。
助けてもらいながら不平を並べるハンターたち。
もとはと言えば、勝手に背を向けて逃げ出したことがこの状況を招いたというのに。
確かに、剣を投げて外すなど、ハンターとしては失格かもしれない。
だが、私も少しは成長しているのだ。
フレイムドラゴン戦では目に突き刺した剣を持っていかれ、マッド・エイプに投げつけた剣は奪われた。
今回、あえて剣を外して投げたのにはちゃんとした理由があった。
だが、ハンターたちは私の指示通りに動こうとしない。
「おまけに、剣で斬りつけるんじゃなくて、飛び上がって殴りつける? どう考えてもアホだろ……」
私はそのハンターを睨みつける。
「アホなのはあなたたちですよ。私が剣を使えない理由がわからないとは」
「何いってんだ、こいつ」
私はその言葉を無視して再び跳躍し、壁の大剣を踏み台にめいいっぱい飛ぶ。だが、わずかに高さが足りない。
「くっ、届かない……!」
落下しかけたところに、一本の矢が壁に突き刺さる。
湊ちゃんが放った矢だった。
「春菜、行くよ!」
その矢を足場に、空中で体勢を立て直す。壁には次々と矢が撃ち込まれ、階段状の足場が作られていく。
「その矢を登って!」
湊ちゃんは冷静に状況を判断していた。初めてのダンジョンだと侮っていたのは私のほうだ。ちゃんと頼りになる仲間だった。
「ありがとう!」
一気に天井近くまで駆け上がった私は、今度こそ、と女王蟻へ拳を打ち込む。女王蟻は避けられないと判断したのか、大きく口を開けた。私の腕を噛み切ろうとでもいうのだろう。しかし、それこそが私の狙いだった。
女王蟻の口の中へ拳を突っ込み、素早く引き抜く。鋭い歯にわずかに触れ、オリハルコン製のグローブに引っかき傷ができた。
女王蟻の体が淡い青色に発光する。それはポーションによるHPの回復を意味していた。
「おま……、何をしてる……」
「女王蟻の中にポーションを何本か投げ入れました」
「何考えてんだ! 敵を回復させてどうすんだよ!?」
「あれを見てください」
女王蟻のお腹が大きく膨らんでいる。人間が2人ほど入れるくらいの大きさだった。
「あなたたちの仲間が、あの中に飲み込まれているかもしれません。だから、高度回復薬を5本入れたんです。1本は割れて女王蟻を回復させてしまいましたが、残りを仲間が手にしてくれれば……」
ハンターたちは慌てて手元のダンジョンデバイスを操作していた。パーティとして設定してあれば仲間のHPを確認することができる。
「確かに! 2人とも、瀕死から回復中だ」
「だから、剣を使わなかったのか……。中にいる俺たちの仲間を傷つけないように。それどころか、回復まで……」
高度回復薬は素早くHPを回復させることができるが、レアアイテムで高級品だった。相場は1本で120万DPは超える。それでもここは躊躇せずに使う場面だった。
私は壁に刺さっていた大剣を力強く引き抜いた。パラパラと壁から小石が落ちた。
「これで思う存分戦えます。胃の中にいても、今のHPなら少しくらい斬ったところで死なないでしょう。じゃあ、いきますよ。ここからが本番です。切り刻んであげます」
ミスリルの大剣を構え、天井の女王蟻を睨みつける。向こうもこちらを睨み返してきた。
床では、2人のハンターが呆然と座り込んでいる。
「鬼だ……。そのために回復したのか……」
「こいつ、悪魔だ……」
2人のハンターは私に聞こえないくらいの小さい声でぼやいていた。しかし、地獄耳の私にはしっかりと聞こえていた。




