第203話 返事のないボス部屋
地下40階のボスは『通常ボス』と『レアボス』に分けられる。
通常のボスはジャイアント・アントだ。人の背丈ほどもある巨大な蟻で、周期的に現れるため、次の出現時間はあらかじめ把握されていた。
レアボスとしては数ヶ月に1度、ジャイアント・アント・クイーン、通称「女王蟻」が出現する。通常のボスとは異なり突発的に姿を現すのが特徴で、特殊な条件で現れることもあれば、何の前触れもなく出現することもある。
レアボスは通常のボスに比べて桁違いに強い。めったに出現しないが、その強さゆえに惨事を招くこともあり、上級ハンターが対処にあたる場合もあった。
今はおそらくどちらのボスも出現しておらず、小蟻がいるだけだろう。小蟻といっても、それなりの大きさはある。
背丈は膝ほどもあり、小型とはいえモンスターであることに変わりはない。強さはこの階層の通常モンスターと同程度で、適正レベルは30から35といったところだ。
扉の前で2人のハンターが見張っている以上、中にいるのも同人数だと思われた。交代で見張りを代わりつつ、小蟻を処理しているに違いない。
私は一歩前に歩み出て、ハンターたちに声を掛けた。
「私たちはボス部屋のシューターを使いたいだけなんです。中へ入れてもらえませんか?」
「シューター?」
男が首を傾げ、隣のハンターと視線を交わした。
「そんなものあったか?」
「そういえばあったな。だが、かなり深いところまで降りるやつだぞ。相当なレベルがないと使うことはないはずだ」
「この3人は見るからに凄そうな装備だな」
「じゃあ、本当にシューターを使うつもりなのか?」
話し合っている2人に向かって、もう一度お願いを重ねる。
「通してもらえませんか? 邪魔をしたいわけではなく、ただ通り抜けたいだけなので」
2人のハンターは困惑しているようで、すぐには決断を下せないでいた。
「うーん……」
「誰も入れるなって言われているからなあ」
「俺たちだけで決めるわけにもいかないしな」
私はハンターに提案をした。中で戦っている人に確認してもらおうと思ったのだ。
「中の人に、少し声を掛けていただけないでしょうか……」
「まあ、そうだな」
ハンターはすぐに納得し、固く閉じられた扉の向こう側へと声を張り上げた。
「おーい! この先のシューターを使いたいっていうハンターが来てるんだが、入れてもいいか?」
かなり大きな声だったが、室内からの返答はない。
「どうしたんだろ。何の応答もないな。狩りに夢中なのか?」
もう1人のハンターも、同じくらいの声で叫んだ。
「おーい! 聞こえないのか?」
やはり返答はなかった。
湊ちゃんが不思議そうに首をかしげた。
「戦闘の音も聞こえませんね。いつもこんなに静かなものなのですか?」
その問いに、ハンターの一人が首を振った。
「いや、さっきまでは聞こえていたんだ。蟻の足音さえ外まで響くほどにな」
もう1人のハンターが苦笑いを浮かべる。
「まさか、小蟻にやられたのか? そんなことあるかよ」
「かもしれない。だとしたら、まずいな……。救助が必要だ」
答えたハンターの表情は、いつの間にか真剣なものになっていた。
「とりあえず、中を確認してみよう」
「おーい、開けるぞ。いいか?」
重い扉を開けると、中は深い闇に包まれていた。2人のハンターが先に入り、私たち3人もそれに続く。春日井君は眉をひそめ、私もこれほど暗いボス部屋は経験がなかった。
「こんなに暗いのですか?」
初めてボス部屋に入った湊ちゃんだったが、臆する様子もなく問いかけた。
「いや……。そんなはずはないんだが……」
「通常なら、壁の魔石が光っているはずだ」
むしろ2人のハンターのほうが、緊張に声を震わせていた。1人が魔法を唱え始める。
――探索光……
かざした手から丸い光球が浮かび上がった。ソフトボールほどの大きさで、淡い黄色の光を放っている。
「暗えな、その魔法」
低い声でもう一人のハンターが毒づいた。
「しょうがないだろ。俺のレベルじゃ。レベル35だとこんなもんだ」
言いながら、ハンターが不意に足を滑らせた。転びそうになったところを仲間に支えられ、魔法の光を足元へ向ける。
「なんだ? 濡れてるぞ」
「血だ!」
床には真っ赤な水たまりが広がっており、そこにはハンターの足跡がくっきりと残されていた。




