第202話 地下40階のボス部屋に向かう
湊ちゃんが先を行くものだから、私は春日井君と並んで歩くことになった。
春日井君は私に訊ねてくる。
「ところで、どうして40階に来たんだ? ボス戦の練習でもしようと思ったのか?」
私は前を歩く湊ちゃんを気にかけながら、春日井君の疑問に答える。
「ここに来た目的は地下99階へ降りるシューターがあるからだよ。まあ、練習にもならないくらい簡単だろうけど、ボスをさっさと片付けてもいいかもね」
「なるほど、単なる通り道ってことか」
春日井君は納得した様子で頷きながら、手元のデバイスを操作し始めた。
「ところで、ここのボスってどんなやつだったかな」
端末で情報を検索し始めたのを見て、私は先に答えを口にする。
「ジャイアント・アント・クイーン。通称、女王蟻。でも、再ポップまでの時間が長いから、ボスは出現していないかもしれないね。そうしたらシューターで下に降りちゃおう」
「じゃあ、ボス部屋は空かもしれないってことか」
「いや、そんなこともないよ。女王蟻がいなくても巣穴から小蟻が出てきて、数ポイントから数十ポイントのDPが稼げるんだよね。だから、それ目当ての人がいるみたい。通称、蟻部屋なんて呼ばれているよ」
「へー、そんな部屋があるのか。小銭くらいは稼げるのかな」
「まる1日いれば10万DPくらいになるらしい。でも、1人で独占なんてできないから、人が多いと旨味がないみたいだけどね」
春日井君と話をしている間に、湊ちゃんはだいぶ先へ行ってしまっていた。
「それにしても、南波はまだ機嫌が悪いのかな? 理由がわからないから困るな」
「湊はずいぶん前を歩いているね。スマホも見ていないから、道が頭に入っているんだろうね」
「あれだと俺たちより先にボス部屋に到着するよな。1人で中に入ったりしないだろうな」
「それはないと思うよ。……ん? あれ?」
「どうした?」
「湊がこっちに戻ってくる。なにかあったのかな?」
角を曲がって姿が見えなくなっていた湊ちゃんだったが、こちらへ引き返してきた。
「春菜ぁー。進めなかったぁー」
「どうかしたの?」
「なんか、通れないって言われたよ。ボス部屋の前にハンターが立っていて」
「ああ、まさか……」
私は肩をすくめ、それから天を仰ぐ。
「蟻部屋の独占だね。理由を言えば通してくれるかも。私たちはただ下に降りたいだけだから」
「そうだね。じゃあ、戻ってみる」
「あ、いいよ、湊は。私が話をしてみるから」
「そう?」
今度は私が先頭を歩くことになった。
代わりに湊ちゃんと春日井君が私の後ろで並んで歩いている。
ちらりと振り返ると、2人とも気まずそうにしていた。
聞くつもりはないが、嫌でも会話が耳に入ってくる。
「なあ、南波……。なんで、機嫌が悪いの?」
「別に、私、機嫌悪くないけど?」
「俺がライバルとか言ったからか?」
「そんなんじゃないよ。ライバルでいいし」
「いや、俺、本当にさ、南波の弓ってすごいと思っていて。ああ、好きだなあ、その姿勢って思ってたんだ。立ち姿って意味じゃなくて、自分を高めようとする姿勢だよ。好きだなって思ったんだ」
少しの間があり、湊ちゃんの声が不機嫌そうなものに変わった。
「だから、そういうところなんじゃない?」
「ええぇ……? いや……、わかんねえし……。なんで、余計に怒ってんの?」
「怒ってない!」
湊ちゃんはちょっとだけ大きな声を出していた。
私は先を歩いているから顔は見えていない。けれど、私の頭の中の湊ちゃんは大きく大きく頬を膨らませていた。その姿は、ほっぺの中に大量のひまわりの種を詰め込んだハムスターだ。
「ここを曲がるとボス部屋だね」
私たちはボス部屋の前に到着した。
天井まで届くほど大きな扉。両開きの扉は金属製で、豪華な装飾が施されている。
扉は完全に閉じられており、その両脇には2人のハンターが立っていた。
こちらをぎろりと睨んで、しっしっと追い払うような仕草を見せる。
「また来たのかよ。だから言っただろ、ここは入れないって。さっさと帰れよ。階段で下でも上でも行けるだろうが。ここは俺たちが占有してんだ。掲示板にちゃんと告知も出してんだからな。あと2時間は譲る気ねえぞ」
この蟻部屋には勝手なルールが作られていた。ダンジョンWikiとともに有名な掲示板、『ゴーゴーチャンネル』には蟻部屋専用の板がある。そこで蟻部屋の独占を告知し、他に利用者がいなければ独占を宣言するのだ。
もちろんそんなルールを守る必要はない。
すべてのハンターが掲示板を見ているわけではないし、自然発生したローカルルールだ。もともとは争いを避けるために生まれたはずだったが、いつしか一部の者に都合よく利用されるようになっていた。




