第201話 鈍感な春日井君
湊ちゃんがなぜあんなことを言ったのか。
どちらを選ぶかなんて、まるで少女漫画のような選択を迫った湊ちゃんは、こちらに背を向けている。
全身を黄金の鎧に包み、背中にはピンクの弓。後ろ手を組みながら、小さな歩幅でゆっくりと歩いていた。
その湊ちゃんの後を追うように、地下40へと降り立ったのは春日井君だった。
「俺は南波を選ぶかな」
迷いのないその言葉に、私は心の中で『え!?』と叫び、危うく最後の段を踏み外しそうになった。
春日井君はいつもどおり、淡々としたトーンで話し続ける。
「ほら、筑紫はレベル73になっちゃったし、南波は51だろ? あとからハンターになった南波に抜かれたのが悔しいし、俺のライバルはやっぱりレベルが近い南波かな」
その瞬間、前を歩いていた湊ちゃんから低く怨嗟のような声が漏れ出た。
「…………ライバル?」
低く、まるで地を這うようなその声。黒いオーラが見えてきそうなほど、耳に残る毒々しさがあった。
言わなくてもわかる。わかるよ、湊ちゃん。
まるで心の声が直接響いてくるようだった。
――そんな意味で聞いたのではなくて……
――異性として選ぶとしたらどちらか、という意味であって……
――それは決してどちらが好きかとか、そこまで踏み込んだ話じゃなく……
――こういうときは無難に『どちらも選べないよ』とか『どちらも魅力的だよ』とか、空気を読んで答えればいいだけで……
そういう怨念じみた負の言葉が、私の頭の中で再生されていた。
湊ちゃんが着ている鎧が歩くたびにガチャンガチャンと音を立てている。神王装備が持つスキルの力を無駄に発動し、足元の岩を砕いているから、小石が周囲に飛び散っていた。
「そうだね、春日井君とはいいライバルになれそうだね」
振り返りもせずにそう言う湊ちゃんの頬は、きっと引きつっている。それは声の調子からも十分に伝わってきた。
「俺は南波の弓にも惚れててさ。あの凛とした佇まいから繰り出される正確な射撃には、思わず見とれちゃうよな。あれを見たら誰でも惚れるって」
再び湊ちゃんから低く怨嗟の声が漏れた。
「……はあ?」
その声は、相手を脅してカツアゲでもしそうなほどの低さだった。
私は春日井君の鎧をつつきながら、その顔を覗き込む。
「ちょっと、春日井君。ずいぶん湊を評価しているみたいだけど……。そういうことじゃないんだよ」
春日井君は少しおろおろしながら、なにかを弁明するようにこちらを向いて喋りだした。
「あ、ええと。そう、筑紫も。筑紫もだよ。もりもりさんが『お兄さんの動きに似ている』って褒めてただろ? 筑紫の戦い方も俺は好きだぜ。でも、筑紫とはレベルが離れちゃったから、やっぱり俺のライバルは南波かなって思うんだ。だから、ほら。そういう意味であって」
「違う。そういうことじゃないんだって。春日井君」
「え? ええと……。どういうこと?」
戸惑う春日井君を尻目に、前を歩いていた湊ちゃんが強く一歩を踏み出した。
ドカンという大きな音とともに、地面に深い足跡ができる。
振り向いた湊ちゃんは天使のような笑顔を浮かべ、こちらに向かって言った。
「いいんだよ、春日井君。ライバルって言ってくれて嬉しかった。いっしょにがんばろうね♪」
その声は、アニメのヒロインが主人公に甘えるような口調で、それが逆に恐ろしくも感じられた。
春日井君はぶるっと身震いする。
「あ、ああ……。がんばろうな……」
湊ちゃんは再び前を向き、ズカズカと歩き出す。さっきよりも激しく小石が飛び散っている。
「俺……。なんか、悪いこと言った? 地雷踏んだりしてる?」
春日井君が小さな声で私に囁く。
私も湊ちゃんには聞こえないように声を潜めた。
「いや、まあ……。春日井君、女心がわかっていないかもね?」
「女心? どういうこと?」
「そこは自分で考えようよ……」
私に言われ、歩きながら春日井君は少し考え込む。そして軽く、ぽん、と手を打った。
「ああ、なるほど、そういうことか」
「わかってくれた?」
「女の子に対してライバル扱いは良くないよな。強い女だと思われるのが嫌なんだ。そういうことだろ?」
「…………」
「俺もやっと女心がわかってきたかも……。よし、筑紫、がんばろうぜ。南波を抜いたら次は筑紫だ。今はレベルが離れてるけど、追いついてやるからな」
「…………まあ、その前に湊に叩きのめされなければいいけれどね……」
「ああ、負けないぜ。でも、南波に叩きのめされるってどういうことだ? 戦うわけでもないんだし」
「春日井君も、そのうちわかるよ。大人の駆け引きは、まだ春日井君には早かったみたいだね」
私は両方の手のひらを上げて困ったようにおどけて見せる。
春日井君は口をとがらせながら、「筑紫に言われるとなんかムカつく」とつぶやいていた。




