第199話 怪我が治る
湊ちゃんはスマホを操作していた。
「これを使ってください!」
湊ちゃんが実体化させたのは、さきほど入手したばかりの森羅の指輪だ。このアイテムは、傷を受けた後であっても弓矢によるものならば完全に回復してしまう。だからこそのレアアイテムだ。
男の怪我は弓矢によるものだった。この指輪を使えば間違いなく治療できるだろう。
私は驚きながら、湊ちゃんに確認する。
「いいの!? 湊!?」
「いいんだよ。きっとこのために入手したんだと思うから。また手に入れればいいよ」
湊ちゃんは指輪を手のひらに乗せ、静かに差し出す。周囲のハンターたちがざわつき始めた。このアイテムについて知っている者がいたのだろう。
「あんな高価なアイテムを簡単に渡すなんて……」
「見たところ豪華な装備だし、きっと高ランクのハンターに違いない……」
「背中に背負っているピンクの弓、すごく綺麗だし、絶対に高いやつだ」
「人に向かって弓を射るやつもいれば、逆に天使のような少女もいる。彼女はダンジョンの天使だな」
周囲の注目を湊ちゃんが集めていた。いっしょにいる私たちにも視線が向けられる。
「仲間の2人もかなりの装備だよな。もしかして有名なパーティか?」
「さっき少し話を聞いたんだけど、地下100階に行く途中だったらしい」
「まじか、やば……。本当にすごい人たちだった」
しかし、茶髪のハンターはなかなか指輪を受け取ろうとしなかった。
「お、俺は……。お前たちを……」
痛みをこらえながらためらっていて、手を出そうとはしない。
代わりに僧侶服を着たハンターが指輪を手に取り、男の指にはめようとした。
「善意は受け取っておきましょう。この方々は特別なんですよ。さあ、治療は早いほうがいいです。ほら……」
茶髪のハンターは涙を落としながら指輪を見ていた。指にはまると同時に指輪は砕け散り、男の腕が輝き出した。さっきまでの苦しそうな表情は完全に消えていた。
「い、痛くない……」
「治ったようですね。よかった。あの方たちに感謝しなければなりませんね」
僧侶服のハンターが男の上半身を起こす。男はきまり悪そうに視線を地面に向けていた。
「じゃあ、春菜、春日井君、行こうか」
湊ちゃんは私たちの方へ振り返った。
「す、すまない……。俺は……」
低い声で男はつぶやく。
「いいですよ。お礼は。困ったらお互い様ですから」
「ち、違うんだ……。俺はお前たちを……」
ようやく頭を持ち上げ、こちらを見上げた。
「大丈夫です。全部わかっていますから。ねえ、春菜?」
湊ちゃんは私のほうを向く。
「わかっている? ん?」
私はなんのことか分からずに首をかしげる。
「だって、ショップでアイテムを買ってくれるって言った人なんですよ。ちゃんと顔も覚えていますし、なんて親切な人なんだろうって思いました。顔を見た瞬間、あの時の人だって思いました」
なるほど、湊ちゃんはそんなふうに思っていたのか。
私はナンパでもしてきたんじゃないかと警戒していた。そんな自分を少し恥ずかしく思う。
「私たちのことが心配になって着いてきてくれたんですよね。初心者だからと陰でこっそり見守っていてくれていたのに、こんなことになってしまって……」
湊ちゃんが申し訳なさそうに言ったが、男は慌てながら声を大きくした。
「ち、違うんだ。俺は……。君たちを……。霧野 羨香っているだろ? 君たちの同級生の。彼女は俺の元カノで、ちょっとからかってやれって頼まれたんだ。それで、君たちのあとをつけていたんだ」
ここに来る数日前、学校で湊ちゃんは霧野さんたち3人から詰め寄られていた。春日井君といっしょにダンジョンへ行くことに関してだ。
私はその時に湊ちゃんに対する嫌がらせの話を聞いていた。まさか本当に実行することはないだろうと思っていたけれど、この茶髪のハンターは霧野さんが送り込んできた元彼だった。
すべての事情を察した私は男の胸ぐらをつかみ、無理やり立たせる。
「なるほどー。そういうことだったのね。湊を狙っていたんだ。どうしようかな、これは」
「わ、悪かった。これ以上は何もしないから。許してくれ」
男は両手を上げて降参を示している。
私はその指に無理やり5個の指輪をはめた。森羅の指輪だ。湊ちゃんにも春日井君にも見えないように死角を選んだ。
実はこのアイテム、たくさん持っている。
レアアイテムに喜ぶ湊ちゃんを気遣って、このことは内緒にしていた。アイテムの性能も相場も知らないフリをしていた。
私は男を壁際に立たせる。両腕を左右に水平にさせ、十字架のような姿勢を取らせた。
「ちょっと、春菜、何をするつもり?」
「湊、エンジェル・ボウを借りていい?」
「いいけど……。何をするの……?」
湊ちゃんからエンジェル・ボウを受け取り、私は返事をしないまま茶髪のハンターに向かって弓を構えた。
「とりあえず、帰ったら湊に手を出さないように言っておいてね。今回はこれで許してあげるから」
そう言って、私は矢を5本放つ。両腕、両脚、脇腹を矢がかすめた。痛みはあったはずだ。だが直後、指輪が砕けて一瞬で怪我は治った。
「ひ、ひぃ……」
男は怯えたような声を出した。誰も森羅の指輪の能力が発動したとは思わないだろう。こんな無駄遣いをするとは想像もしないからだ。単に矢がぎりぎりをかすめたように見えたはずだった。
「あ、手が滑った」
私は6本目の矢を放った。男の左目横をかすめ、壁に矢が突き刺さった。岩でできた壁からぱらぱらと小石が落ちる。
当然ながら、男の手には指輪は1個も残っていない。
「あ、当たったらどうすんだ……。死ぬとこだった……」
男はその場にへたりこんでしまった。そのまま動けないようだった。
大丈夫。私のデバイスには指輪はまだたくさんある。
こんなもので湊ちゃんを守れるのなら、安いものだ。
湊ちゃんと春日井君は何が起こっているのかわからなかったようで、きょとんとした顔をしていた。




