第195話 奥多摩ダンジョンに向かう
「そっちの男の子が春日井で、君が南波ちゃんね。君は1ポイントも持っていないんだって? 本当に登録したばかりなんだ。だからって自分で作った装備じゃ危ないんじゃない? モンスターの魔法で焼かれちゃうよ」
湊ちゃんは困ったように私を見てくる。
その視線を受けて、私は男に向き直った。
「いえ、初心者じゃないので大丈夫です。お気遣いありがとうございます」
そう言って、軽く頭を下げる。
「そうか? ダンジョンポイントも持っていないようだし、あんまり慣れてる感じには見えないけどな」
男は軽口を叩きながら、ちらりと湊ちゃんを見た。その視線に嫌なものを感じた私は、湊ちゃんの前に立つようにして一歩前へ出る。
「コスプレじゃなくて本物の装備なのでご心配なく。それでは、これで失礼します」
きっぱりと言い切り、湊ちゃんと春日井君を促してその場を離れた。
背後から男が何か言っているようだったが、もう聞く気はなかった。
◆ ◆ ◆
私たちは事務局の建物を出た。目の前には奥多摩駅の駅舎があり、右に歩けばダンジョンの入り口がある。
湊ちゃんが、ショップで声をかけてきたあのハンターについて話し始めた。
「なんだか、さっきの人、変な感じだったね」
「ああ、湊も感じたんだ。春日井君はどうだった?」
私は春日井君のほうに顔を向ける。
「ん? ええと、俺もちょっと引っかかったかな。南波だけじゃなくて、俺のことも見ていた。なんだか、こちらを観察しているように感じた」
どうやら春日井君も、同じような違和感を抱いていたらしい。
「このまま帰ってもいいし、もりもりさんが経験値を貯めているから様子を見に戻ってもいいし。どうする?」
まだ夕方になったばかりで明るい。もう一度いっしょに経験値を稼いでもいいし、あるいは奥多摩ダンジョンを覗いてもいい。
逃げるようにショップを出てきたせいで、後味の悪さが残っていた。できればすっきりと解消したい。春日井君も同じように思っていたようだ。
「奥多摩ダンジョンに行くのもありだよな。せっかくだから3階でポーションでも買っておきたかった。予備が1本もなくて」
「なら、私のポーションを分けてあげるよ。ダンジョンポイントは譲渡の制限があるけれど、アイテムなら渡せるから」
「それなら筑紫からアイテムを受け取って、俺が売却することもできるのか。そうすれば筑紫のポイント制限もあんまり意味がないな」
何気ない春日井君の言葉は、私が完全に見逃していた盲点だった。
「そうか! その手があった! あぁ、買いたい物があったのにぃ! 電動鉛筆削りも欲しかったけど、ドラゴンフィギュアが欲しいんだよ。フレイムドラゴン・ロードのフィギュア。1体38万DP。限定10体で残りわずかだった。今なら買えるじゃないー」
私の言葉を聞いた春日井君と湊ちゃんは呆れた顔をしていた。
「こりゃ、お兄さんに制限されるはずだ」
「お兄さんもわかっているんじゃないのかな? 無駄遣いに協力するような悪友はいないって……」
2人とも、この名案に協力してくれるつもりはないようだ。
「ええ!? そんなこと言うの!? フィギュアを手に入れるチャンスなのに!?」
湊ちゃんは露骨に眉をひそめる。その眉根にはくっきりと皺が寄った。
「アイテムを買うならいいけれど、フィギュアはちょっと……」
「だよな」
春日井君までもが、湊ちゃんに同意しながら渋い顔をしていた。
まあ、今さらショップに戻るにしても、あのキザな茶髪のハンターがいるから戻る気はない。
話題は奥多摩ダンジョンに移り、春日井君が聞いてきた。
「ところで奥多摩ダンジョンの場合、俺たちの潜れる推奨階はどれくらいかな?」
私はタブレットを取り出して、ダンジョンの情報を検索する。
「単身なら地下70階前後だけど、私たち3人のパーティなら地下100階も行けるよ。地下100階にはボスがいて、アイテムもダンジョンポイントも実入りがいいらしい」
「へー。俺たちでも大丈夫なのか」
「私はちょっと怖いけど」
湊ちゃんはそう言って肩をすくめる。
「待ってよ、湊。あなたは亡霊もスケルトンも、がんがん倒していたよね。まあ、ボスの場合は図体がとても大きくてそこは驚くかも知れないけれど」
「大きいってどのくらいなの?」
「ダンジョンWikiによると、身長は3.4m」
「あれ? 春菜が呼び出したドラゴンに比べたらずっと小さいね?」
「まあ、ドラゴンは特別だから」
「もしかして、意外と行けちゃう?」
声のトーンも明るくなり、湊ちゃんの表情には余裕が出ていた。
「さすがに楽勝ではないよ。今はもりもりさんがいないから、ぎりぎりかな? 湊さえ怖がらなければ、十分倒せるんじゃないかと思う。むしろ、腕試しのために、一度挑んでおいたほうがいいよね」
湊ちゃんが行く気になってきて、春日井君も乗り気な様子だった。行く方向で話が進んでいく。
「俺も地下100階は未知の領域だな。これまで、ずっと上層でモタモタしていたから」
「じゃあ、春日井君のトレーニングも兼ねて、今から行ってみる?」
「今から? そんなに簡単に行けるのか?」
「下へ降りるシューターがあるの。ちゃんとした装備を持っていなければ入れないけれど、私たちの装備なら大丈夫」
「じゃあ、行ってみるか。南波さえ良ければ」
春日井君が湊ちゃんに顔を向けると、湊ちゃんは「ふん」といった感じに両腕で力こぶをつくる仕草をした。
「私は大丈夫だよ。いろいろあって、もう慣れてきた。たぶん怖くないと思う」
湊ちゃんは技術で戦うタイプだ。力はそれほどない。それでも一生懸命に力こぶを作ろうとする姿が、どこか可愛らしい。
「それじゃあ、行ってみましょう。地下100階へ」
私は「レッツゴー!」と言いながら、ダンジョンの入口に向けて指を突き出した。




