魔境での戦闘 その1
「そろそろ魔境に着く頃合いですね」
地図を見ながら歩くコンフィアンザがシルイトの方を振り返りながら話しかけた。
シルイトの隣にはもう一人別の人物がいるのだが、そっちには目もくれていない。
「みたいだな。周りの様子もだいぶ変わってきたし」
シルイトの言うように、周囲は王都周辺には見られないような薄暗い森が広がっており、いつ凶悪な危険指定が現れてもおかしくない状況だった。
幸いなことにここに来るまでに一度も強敵と戦闘にならなかった三人は、体力的な面においてはまだまだ余裕があった。
空を見上げると灰色のドンヨリとした雲が広がっており、月の赤い光をボンヤリと拡散させて全体がうっすらと赤く光っている。
「魔境に入ってからはどのくらい歩くんだ?」
この問いかけはシルイトのものではない。
シルイトの隣を歩くもう一人の人物によるものだ。
「うーんと、数十分くらいかな?」
相変わらずシルイトの隣の人物、リクトに対してだけは冷たい態度をとるコンフィアンザを横目にシルイトが答えた。
「じゃあ、本当にもうすぐで着くんだな」
リクトがここにいるのには少し理由がある。
そもそも、神がいる神域への転送装置は周囲の魔力をかき集めたとしてもそう簡単に起動できるものではない。本来は儀式をした上で、転送前に神とコンタクトをとり、向こうが神域への扉を開いてから転送するというのが基本である。
しかし、神がシルイトに対して明確に敵対している現在ではコンタクトすることは期待できないし、そもそも一刻を争うような状況で律儀に儀式をしている暇もないのである。
というわけでシルイトが実践しようとしているのは、ウィスターム邸の地下に保管されていた本に書かれていたもう一つの方法である。この方法を理解するには、まず堕ち人の性質について理解しなくてはならない。例の本には堕ち人の性質についても記されていた。
堕ち人は他の世界からこちらに来るときに必ず一度神域を通っている。そこで神聖術を授かるのだが、同時に神域とのパイプが堕ち人との間にできあがるのである。事実、無尽蔵に武器を作り出したりできるような神聖術はエネルギー保存則の観点から明らかに破綻しているとシルイトも考えていたのだが、このパイプの存在によって説明が付く。補足として、魔術は魔力が消費されるためエネルギー保存則はかろうじて成り立っていると考える。
つまり、神聖術で消費、あるいは生成されるエネルギーはパイプを通して神域から送り込まれているものだったのである。
発想を変えると、神域とのパイプがつながっているということは、転送装置でパイプを頼りに強引に神域に侵入することができる。これが地下室の本で提示されていた第二の転送方法である。
そこで、シルイトは王都を出発する前にリクトを旅の列に加えたのだった。
といっても、リクトも素直に参加したわけではない。それこそ眉唾物の事実なため容易に受け入れることはできず、目的地が目的地なだけに身の安全も保証されていない。そんな場所にどうしてリクトが行くことにしたのか。それは彼と交際関係にあるファナティスの存在である。
今のファナティスは前宰相の娘としてボモラ王子によるクーデターへの関与の疑いがあがっている。そのファナティスの罪を免除する代わりに自分が同行するという交換条件をシルイトに突きつけたのだ。
シルイトが神について質問をしていたときに、突然入ってきた伝令がリクトに伝えていたことは、実はファナティスが捕まったという報告だった。
シルイトとて本当の罪人であればそんな要求はのまずに気絶させてでも連れて行くつもりだったのだが、どうやら本当に無関係なようなので、女王に直接進言する形でファナティスを無罪にすることで、リクトを仲間に加えたのである。
「あ、見えてきましたよっ」
コンフィアンザの視線の先には立ち入り禁止の看板が地面に突き刺さっていた。看板にはこの先が魔境であることや危険な魔物が出現することが書かれていた。
しかし、三人はそんな文字に臆することなく中に入っていった。
シルイトは自分とコンフィアンザのローブに魔力吸収の効果を付与する。魔境の濃密な魔力による体内への弊害はこれで消すことができる。
また、普通なら魔力吸収の効果を持ったイシルディンの近くでは魔術は発動しにくくなるのだが、魔境ではむしろ発動しやすくなる。本来なら魔境の濃密な魔力に邪魔されて魔境では魔術を発動することができない。しかし、イシルディンで吸収することで発動可能になる。また、魔力吸収の効果は魔境の魔力を吸収するだけで精一杯で、発動する魔力も同時に吸収するほどのキャパシティーがないことも影響している。
といっても、純粋な魔術はイシルディンの効果範囲を出ればかき消えてしまうのだが。そこは錬金魔術の力の見せ所だろう。
リクトの方はと言うと、なんの対応もしていない。シルイトの嫌がらせというわけではなく、必要ないからである。
ウィスターム邸の地下の本に書いてあったのだが、堕ち人の多くは魔術や魔力が存在しない世界からこちらにやってきている。つまり、普通であればこの世界にいるだけで魔力が体に悪影響を及ぼすはずなのだ。それがないのは神の加護のようなもので体への魔力の影響を排除しているからだと記載されていた。そしてどうやらその説は正しいようである。
中はさらに鬱蒼とした木々が広がっていた。学園でも習ったように空気はジメジメとしていて高湿度であることがうかがえる。磁力に関しては、イシルディンやシルイト達が持つ銃はどちらも磁力の影響を受けないので問題は無い。
三人はしばらく歩くと、やがて異変に気づき始めた。
「魔物と全然出会いませんね」
最初に口に出したのはコンフィアンザだったが、シルイトやリクトも同じようなことを考えていた。
学園や王都の図書館で貸し出されていた本に記載されている魔境の様子と全く違うのである。
王都では、魔境の中は地獄のようであり、数歩も歩けばすぐに魔物が現れるとされている。出てくる魔物はどんなに弱くてもAクラスを超える危険指定と同等の強さを誇り、単独での踏破は不可能とされていた。
だが、今二人が歩いている魔境は平和そのものである。
周りの雰囲気こそ妖しいが、しんと静まりかえった森の中はとても凶悪な魔物がいるとは思えず、時折小鳥のさえずりが聞こえることもあった。
不気味な沈黙ではあるが、大量に敵が現れるよりはましだと考え直して二人は歩みを進めた。
そうして歩くこと数十分、そろそろ神域への転送装置が近くなってきた頃、ようやく三人は出発してから最初の敵と出会うことになる。
茂みがガサガサと揺れた後、三人の人影が姿を現した。人ではなく人影、つまるところ人型の真っ黒い何かである。
明らかに異質な三人の人影は警告もなしにいきなり襲いかかってきた。
「フィアン、リクト!応戦するが、転送装置も近くにある。環境を破壊しないように注意するんだ!」
「了解です」
「わかった」
相手の人影はそれぞれ別々に襲いかかってきた。必然的に三人での連携した戦闘ではなく、一対一の戦闘をせざるを得なくなった。
しかし、これはシルイトたちにとってはむしろ好都合である。ほとんど一緒に行動していなかったリクトとの連携はあまり期待できなかったからだ。
他の二人の人影は完全にコンフィアンザとリクトに任せることにして、シルイトは目の前の人影に集中することにした。
当初は輪郭すら曖昧だった人影だが、段々と形がはっきりとしだしている。よくわからないがあまり時間をかけると面倒なことになりそうだとシルイトは直感的に思った。
相手はまっすぐこちらに突っ込んできているので、まずは銃による攻撃を試みることにしたシルイト。
錬金術によって作られる銃ならば、魔境の湿気にやられて火薬に点火できないという不具合も発生するのだが、シルイトの銃は魔術による補強がなされている。そしてイシルディンの効果範囲であればその恩恵が受けられるというわけだ。
「パーマネント」
猛烈な殺気とともに吐き出される弾丸。
人影は殺気に全く影響を受けなかったため、そのまま走り続けることで弾丸の斜線から逃れた。その後、銃弾に驚いたのか人影はその場で足を止めた。
殺気をものともしない胆力を持っていながら戦術も何もない戦い方に違和感を覚えたシルイトだが、そのままとどめを刺そうとイシルディンを剣のように変形させて人影の首めがけて振り下ろそうとする。
そのとき、人影が急に動き始めた。
手に持っていたのは真っ黒い姿とは対照的なような色の付いた銃。よく見てみるとシルイトが今使った銃にそっくりである。
剣の間合いまで詰めていたシルイトは慌ててイシルディンによる壁を造りながら後退する。
直後、人影が初めて言葉を発した。
「パーマネント」
シルイトにそっくりなその声とともに、猛烈な殺気がシルイトを襲った。
シルイトは一瞬ひるんだものの、直後にやってきた弾丸はあらかじめ造っておいたイシルディンの壁に当たって無力化された。
警戒のため壁のすべてを解除することはせずに一部分だけ開けて向こう側を見られるようにしてみると、なんと相手も同じような銀白色の物体を操っている。
体も段々と輪郭がはっきりとしてきて、人影はローブを羽織った姿をしている、というふうに識別できる位にまでなってきている。
慌てて他の二人の様子もうかがってみると、案の定対峙している相手と似たような姿となり始めていた。
魔境での魔力とその対処法について、納得しやすいように説明をしたつもりですが、かえってややこしくなったかも?要は錬金魔術を使えば対処可能ということです。
来週の土曜日の零時に更新します。




