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銀白の錬金魔術師  作者: 月と胡蝶
第三章 王位継承編
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王女の誘惑


部屋を飛び出したシルイトは猛ダッシュでブラッキーの館を飛び出した。

あの場でブラッキーとコンフィアンザの了解をすぐにとれるとは思っていなかったシルイトは事後承諾という形でお茶を濁そうと思ったのである。

これから行く目的地はもちろん地上だ。


地上からこの浮き島まで上るのは至難の業であるが、浮き島から地上に落ちるときはイシルディンに慣性操作の特殊効果を付与すれば落下速度を落とすことで比較的安全に移動できる。


屋敷まで来るときに通った道をたどって走るシルイト。

浮き島にやって来た時の崖にやって来たシルイトはそのまま崖から飛び降りた。


たちまち体が落下し始める。

轟轟と風が耳元で唸っているがシルイトは気にせずに王城を目で探し始めた。

といっても探すこと自体は簡単である。

まず王都の壁内は最近開発されている灯りが普及し始めているため夜だとなおさらにすぐわかるし、王城はその中心に位置するひときわ巨大な建造物だからだ。

ちなみにエスカメシオン王国では王家が魔術や錬金術のどちらかに肩入れするのは好ましくないとされているため王城周辺はろうそく程度しか灯りがなく周囲と比べるとかなり暗く見える。だからこそシルイトが潜入しようと思ったわけだが。


光だけでなく建物自体が肉眼でハッキリ見えるくらいまで高度が下がったため自分が着ているローブに慣性操作の効果を付与するシルイト。

落下速度が一気に低下していきふわふわと半ば浮きながら王城の真上までやってきた。

幸いなことに満月は雲で隠れていたため恐らく気づいた人はいないだろう。

そのままふわふわと漂いつつセレネ王女の寝室の捜索を開始した。


数分後、シルイトはバルコニーで夜空を眺めるセレネ王女の姿を見つけた。

それと同時に雲間から月が見え始める。

月明かりに照らされて彼女の艶やかな長いエメラルド色の髪がキラキラと光りだす。

そんな神秘的な美しさと彼女が見せる憂いの表情に一瞬見惚れたシルイトだったがぶんぶんと首を振って再び動き出した。


周りにお付きの人もいないことを確認してゆっくり近づいていくシルイト。

セレネ王女も気配に気づいて上を見上げた。シルイトと目が合う。


「あっ、」


シルイトはそのままバルコニーの手すりに着地した。

まだ慣性操作は解除していないためローブは相変わらず少し浮いている。


「お久しぶりです、セレネ王女。シルイト・ウィスタームです。空から失礼します」


その言葉を聞いたセレネ王女は未だこの状況を呑み込めずに少しの間固まっていたが、シルイトの言葉が耳に入ってくるとすぐにその眼を輝かせた。


「シルイト・・様」

「ふふふ、もう様付けはいいですよ。ウィスタームは滅びましたから」


もう王家が頼りにしていたウィスターム家が存在していないと言って王女が自分に敬称を用いるのを止めるシルイト。

しかしセレネ王女は長い髪をはためかせながら首を横に振った。


「いえ、私はシルイト様が尊敬できる方だと思って今までもこう呼んでまいりました。ぜひこれからも同じように呼ばせてください」


いくらコンフィアンザが美しいとはいえ、やはり自分が作ったものなだけあってコンフィアンザに対してはどうしても親のような目で見てしまう。

一方でセレネ王女はコンフィアンザに匹敵するくらいの美女に成長しているだけでなくその仕草や表情一つ一つが琴線に触れるような儚げな少女になり、シルイトもそんなセレネ王女の頼みを断ることができなかった。


「ご随意に・・。それにしても何故、俺・・いえ私がシルイトだとすぐにわかったんですか?」


当然の疑問である。純粋すぎるのも考え物だと思ったのだろう。

もちろんセレネ王女を気遣ってというのもあるが、実際に王位をめぐって争うことになった時に騙されやすい性格だとかなりの難戦を強いられることになる。

だがセレネ王女はシルイトの一人称を俺で構いませんと言った後、シルイトの考えの斜め上の回答をした。


「匂いが・・幼い時にシルイト様からした匂いと同じ匂いがしたんです」


少し首を傾けて微笑みながら言うのでシルイトは思わず顔を赤くしたが、よく考えると不思議な話である。

なぜ幼い時に個人を識別できるほどシルイトの匂いが明確にわかっていたのか。

そしてなぜ今もその匂いを覚えているのか。

だが、今顔を赤くしているシルイトにはそんなことを考える余裕もなく、ただセレネ王女がちゃんと自分のことを覚えていたという思いだけが頭に残っていた。


「こんなところで立ち話もなんでしょう。ぜひ私の部屋へ入られませんか?大丈夫です、護衛やお付きのメイドはいませんので」

「いえ、あくまでも俺は部外者ですので・・!」


いつまでも王族の私室のバルコニーの手すりに足をつけているのも不敬かと考え、再び浮こうとしたシルイトの手をセレネ王女はがっしりと掴んだ。


「行かないで・・ください」


その泣き出しそうな表情を見て思わず浮くのをやめたシルイトはセレネ王女が引っ張るのに任せて王女の寝室に連れ込まれた。



部屋の中は少女趣味な家具であふれている・・わけではなく、王族らしい天蓋付きの豪奢なベッドと細かな装飾が施された机と椅子が置かれているだけだった。


「うふふ、それじゃあそちらに座って下さいな」


そう言ってセレネ王女はベッドを指さす。

確かに椅子は一つしかないし自分がベッドに腰かけた方が良いかと考えたシルイトは迷うことなくベッドに座った。

しかしセレネ王女は椅子を引き出すこともなく、警戒を解いているシルイトを押し倒した。


「セ、セレネ王女!?」

「しっ。大声を出してはいけません。守衛が来てしまいます」


動揺して思わず大きな声をあげようとしたシルイトだったが唇に人差し指を当てられて守衛が来るかもしれないと言われると途端に冷静になった。

確かに王家のしかも第一王女ともなれば部屋の外を守衛が見張るというのもうなずける。

そしてもしばれてしまえばシルイトは王位継承戦の後援をするどころではなくなってしまうのも確かだった。

だが、大声を出してはいけないのであって小声ならば今まで通り会話もできる。


「王女・・これはいったいどういうことですか?」


腕を完全に抑えられて体を密着させられているシルイトには体を無理やり起こして抵抗するという術がなかった。

もとより大事な王女に乱暴な真似をしてけがをさせたくないという気持ちもあるのだが。


そんなわけでとりあえず王女に理由を尋ねることにしたシルイト。

傍から見ると冷静な対応に鋼の心だと思ってしまうが実際のシルイトの心臓はバクバクと大きく脈打っている。

実際、セレネ王女も気づいたようで、


「うふふ、ドキドキしますね♪」


と年相応な笑顔を見せた。

そのまま王女の笑顔に見とれるシルイトの唇に自分の唇を重ねようとしたそのとき、王女を鋭い殺気が襲った。


「キャッ!な、なんですか!?」


慌てて殺気が飛んできた方向、窓際を確認するとそこにはたった今シルイトと同じように地上に降りて来たコンフィアンザの姿があった。

コンフィアンザは右手に愛用の銃を構え、まっすぐに王女に狙いを定めている。


「シ、シルイト様っ。刺客が来たようです!」


王女は身を隠そうとするも、コンフィアンザから受けた殺気のせいで腰が抜けてしまい思うように動けない。

だが、シルイトはそんな王女の肩に手を置き落ち着くようにと宥めた。


「大丈夫です。彼女は僕の味方なので」


王女を安心させるためにニコリと笑いながら声をかけると少し顔を赤くした王女はスース―と寝息を立て始めた。


夜更けということもあり、緊張がゆるんだために寝たのだろう・・・とシルイトは考えた。



次回は来週土曜日の零時に投稿します。

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