第六十一話:名古屋方面開発計画その三
森の中で宝探しをはじめて既に五日が経過していた。
遥にナビしてもらいながら密林の中を規則正しく歩き回ること五日、いまだに目的のお宝反応には行き当たっていない。
掘り出せば金になりそうな反応には幾十幾百とぶち当たっているが、そんなものはお呼びじゃないのだ。
と、心の中で強がってみたものの、さすがにこうも空振りが続くと気が滅入ってしまいそうになる。
が、言い出しっぺの俺が弱音を吐くわけにはいかなかった。
「今日の探索はココまでだな。明日こそはきっと見つけてみせるよ」
「そうね、また明日がんばろう」
木々の間から射しこんでくる陽光がかげりを見せはじめたころ、強がって見せた俺に遥が笑顔で頑張ろうと言ってくれた。
が、明らかに俺を気遣い、笑顔を作ってくれていることが、その口調から分かってしまう。
遥とはもう二年近く同じ屋根の下で暮らしているから、交わす言葉の僅かな違いが聞き取れてしまうのだ。
野営地に戻り、食事の準備をしていた仲間たちに今日も収穫が無かったことを報告する。
さすがに、無責任にヘラヘラと笑うことはできなかった。
「申し訳ない。今日も収穫は無かったよ」
「気にするなって。発掘師やってりゃお宝が出ない日の五日や十日、日常茶飯事だぜ」
「そうですよ、哲也君の言うとおりです。中村さんのクランに参加させてもらってたときも、こんなことはザラにあったんですから」
「哲也、鈴音ちゃん……」
阿古川哲也も鈴音ちゃんも、俺のことを気遣ってくれているのが痛いほどわかった。
学生時代は一人で行動することが多かった俺は、仲間っていいもんだなぁ、と、胸のうちが熱くなってくるのをおさえることができなかった。
「なんか、こういうのもいいですね」
ふいに聞こえてきた水瀬さんの言葉に俺は顔をあげた。
彼女は四人の輪から少し距離を置いて俺たちを見てた。
そしてその顔には憂いというか、切なさが僅かだが見てとれた。
「美奈、そんなところでアンニュイしてないでコッチに来いよ」
「だって、そんな雰囲気じゃなかったんだもん」
「バカだなぁ。自分から壁を作らなくてもいいんだよ。お前ももう俺たちの仲間なんだから」
「哲也……」
歩み寄った阿古川哲也を見あげるように、水瀬さんは彼の顔を見つめている。
沈みゆく夕日のなか浮かび上がる二人の影は、まるで映画のワンシーンのように俺には見えた。
阿古川哲也には悪いが、彼のようなどちらかと言えばボケ担当のキャラが、その情景にまったくマッチしていないような気がしていたことを否定するつもりはない。
阿古川哲也と水瀬さんは、完全に二人だけの世界に入ってしまったようで、俺も遥も鈴音ちゃんも二人の邪魔をしないようにというか、見ているだけで恥ずかしい気分になって夕メシの支度に精を出したのだった。
阿古川哲也と水瀬さんが、沈みかけていた場の雰囲気を押し流してくれたことについてはもちろん感謝している。
そんなことがありながらも、食事中俺は、ここ五日間食材集めしかしていない仲間たちのことを考えていた。
阿古川哲也と水瀬さん、そして鈴音ちゃんの三人が、発掘師本来の仕事ができていないことは厳然たる事実だ。
そしてその責任は俺にあると言っていい。
ならば、それを是正するいい方法はないか?
黙々と食事をとりながらしばらく考えた結果、俺はひとつの方法に思い至った。
五日間の食材集めで、数日分の食料は確保できている。
ならばその間、三人には発掘師としての本分を発揮してもらったほうがいいような気がするのだ。
「なあ哲也」
「なんだ? 空」
「鈴音ちゃんも水瀬さんも聞いてほしいんだけど、食料には余裕ができただろ。だから三人には発掘の仕事をしてもらいたいんだけど、いいかな?」
俺の提案を聞いて、三人は一瞬喜色を浮かべたが、どの顔もすぐに疑問の色へと変化した。
「ん? 俺たちにも食料集め以外にできる仕事があるのか?」
「ああ、今まで調べてきて分かったんだけど、この一帯の地下には無数のお宝が埋まっているんだ。特にクルマとか金属類が多いから今回は発掘できないけど、それ以外にもお宝になりそうなものが埋まっていそうな場所を見つけたんだ」
「お宝になりそうなものが埋まっていそうな場所?」
オウム返しで聞き返してきた阿古川哲也の反応も頷けるだろう。
俺が見つけた場所には宝石や時計の反応は無かったが、お宝になりそうなものはありそうだったので保険として遥に記録してもらっていた。
その場所がどんなところかというと、地下に横たわる大きく長い空洞だった。
しかもその空洞は、どう考えても自然にできた洞窟などではなく、人工的なものだったのだ。
そんなものは考えられる限り一つだ。
「神話時代の地下街。って言ったら分かるか?」
「地下街? 神話の時代には地下に街があったのか?」
「街っていうより商店街だな。主だった都市には結構な数の地下街があったよ」
「その話、もっとしてください。神話の時代に栄えた地下の街って、なんかステキです」
俺の話に鈴音ちゃんが食いついて来た。
阿古川哲也と水瀬さんも興味津々な顔をしている。
遥とは俺が二十一世紀にいたころの話を何度かしていたからそれほど興味が無いのかと思ったら、彼女の顔にも話を聞きたいと書いてあった。
「じゃぁ、お宝になりそうなものの話を交えながら話すよ。俺が生まれた時代には――」
俺は二十一世紀の地下街についてのあらましや、そこに入っている店の種類、売られていた商品などをかいつまんで説明しながら、当時の世相というか社会情勢というか日本の状況を説明した。
街には物と人が溢れ、妖魔にも獣にも怯えなくていい一見平和で安全な社会。
けれども、人同士の繋がりは今の時代よりも希薄で、人間関係とかでは些細なことにも注意を払わないといけない窮屈な社会。
「――とまぁこんな感じだったかな」
「そっか、お前も色々と苦労してんだな」
「でも、ビルっていうんですか? そんな高くて大きな建物が並ぶ綺麗な街並み、見てみたいかな。壮観なんだろうなぁ」
「うーん……そんなに大した景色でもないよ。鈴音ちゃん」
「空さんには見慣れた当たり前の街並みでも、私たちにとっては見たことが無い神話時代の街並みなんですよ」
鈴音ちゃんは、俺が話した二十一世紀の街並みを思いうかべるかのように遠い目になった。
「神話の時代か……」
「で、俺たち三人はそこを掘ればいいのか?」
昔を思い出し、感傷に浸りかけていた俺を、阿古川哲也の唐突な発言が現実に戻した。
そう言えば、俺はお宝発掘の話をしていたのだ。
ついつい雰囲気に流されて語ってしまったが、元はといえば発掘の機会がいまだにない三人に申し訳なくてこの話を持ち出したのだった。
「そうだよ。良質のお宝が出るかどうかも分からないし、気が進まないなら断ってくれても一向にかまわないんだけど、よければ掘ってみてほしいんだ」
「気が進まないわけないじゃないか。当たり外れがあるのは発掘師にとって切っても切れない腐れ縁みたいなもんだ。俺はお前が見つけた場所を掘るぞ。美奈も鈴音ちゃんもいいよな?」
「もちろん! 今からワクワクが止まらないわ」
「私もです。空さんが話してくれた地下街がどんなところか、ぜひ見てみたいです」
「じゃあ説明するよ――」
阿古川哲也も水瀬さんも鈴音ちゃんも乗り気なようだった。
俺は三人の熱が冷めないうちに事の詳細を説明したのだった。
「話もまとまったようね。食事も終わったことだし、今日はもう休みましょう」
◇◆◇◆◇◆◇◆
名古屋方面の森の奥に空たちが入って一週間が経過しようとしていた。
空が求めるお宝の反応はいまだに見つかっておらず、空と遥を除く三人のメンバーは、日中二人と別行動をとっていた。
「出た! 中に入れそうだ」
昼過ぎ、空に指定された地点を真下に掘り進んでいた哲也が、足元にぽっかりと口を開けた穴の中をランタンで照らし、覗き込んだ。
ゴクリと生唾を飲みこんで穴の中を照らしている哲也の視界には、奥へと続く階段が薄明りに照らしだされている。
「スゲェ……」
「中はどうなっているの?」
三人交代で掘り進めた穴の淵から、水瀬美奈と鈴音が興味深そうに二十メートルはあろうかという縦穴の底にいる哲也を覗き込んでいた。
「中には結構広い空間が広がってる。そして階段が奥の方まで続いているぞ」
「空様が言っていたとおりね」
縦穴にたらされたロープを上がってきた哲也は、興奮冷めやらぬ顔でまくし立てる。
「とにかくスゲェんだ。大きくて精巧な階段が奥まで続いていて、中は濃密な”気”で満たされている。奥にはスゲェお宝が眠ってるぞ。たぶん」
「じゃあさっそく中に入る準備をしよう」
「そうだな。鈴音ちゃんもそれでいいよね?」
「もちろんです」
はやる気持ちをおさえ、一旦拠点としている場所まで引き返した三人は、必要な装備を整えて速攻で掘り進めた縦穴へと戻ってきた。
効率よく縦穴を掘るために、必要最低限の装備で作業を進めていたからだ。
「じゃあ行くぞ!」
哲也、美奈、そして鈴音の順で三人はロープを伝い、出現した空間へとその身を投じた。
ちょうど折り返している階段の踊り場に降り立った三人は、沸き起こる発掘師としての興奮を胸に、階段を奥へと降りて行った。
階段を何回か折り返し、地下の空間へとたどり着いた三人は、ランタンの明かりに照らし出された奥へと続く広い空間と、その片脇にズラリと並んだ商店に息をのんだ。
「スゲェ。これが神話時代の地下街か……」
「ホント。でも、半分は崩れちゃってるね。空様の話だと通路の両脇にお店があったはずだから」
美奈が発言したとおり、通路の片側は岩や土砂に押しつぶされていた。
それでも、これだけの広い空間と、神話時代の建造物がこれだけ形を留めて地下に残っていることは奇跡に近いことだった。
わずかに傾斜した通路脇には、所々に神話時代に生きた人の遺体が確認できる。
この空間に閉じ込められ、行き場を失って果てた人々の遺体だ。
三人は照らし出された遺体に向けて無言で合掌し、さっそくお宝の捜索活動に入った。
「この店は雑貨屋かしら……お宝は無さそうね」
「そうだな。次の店に行こう。次!」
「焦らない。哲也。お宝は逃げたりしないんだから」
「分かってるけどさぁ。なんかこう、早くお宝を見たいじゃん」
商品棚から落ち、床に散乱している食器や生活用品は、質としては上等なものだった。
しかし、三人が求めるお宝としては魅力を感じるものではなかった。
一店舗目を後にした三人は、二店舗目と足を運んだ。
「ここは下着のお店みたいね」
「次行こう、次!」
「そんなに焦らない」
二店舗目は女性物の下着専門店だった。
哲也は恥かしさを紛らわすように叫んだが、美奈と鈴音がそれを許さなかった。
床に散らばった色とりどりの下着を手にとり、美奈と鈴音が楽しそうにはしゃいでいる。
「これなんか可愛いわ。鈴音ちゃんどう?」
「ステキだと思います。美奈先輩」
濃密な”気”に守られ、劣化を免れた下着の数々は、今でも着用できると確信できるほどの状態を保っていた。
地下に閉じ込められていたとあって、ホコリや汚れもほとんど付着していない。
「鈴音ちゃん。まだ十分に使えそうだし、帰りにいくつか持っていこうか」
「そうですね。今はお宝の探索が優先ですから」
「いつまでこんな所にいるつもりだよ。次行くぞ、次!」
「はいはい。焦らない、焦らない」
恥かしそうにそっぽを向いて急かす哲也に、美奈と鈴音はクスクスと笑いを抑えられなかった。
三店舗目、四店舗目、五店舗目と、お宝を求めて三人は探索を続行していく。
この時代に生まれた哲也や美奈たちにとって、店には興味をそそる神話時代の遺物が山のように転がっており、たとえお宝としての価値が低くとも、足を止めてあーだこうだ議論するだけの楽しさがあった。
そんな状態で探索を続けていた哲也たち三人の顔色が変わったのは、十数店舗目に足を踏み入れてすぐのことだった。
「これは……」
「スゴイ、スゴイですよ。美奈先輩!」
「たしかに凄いお宝だわ……」
ゴクリと生唾を飲みこんで固まってしまった三人の眼前には、多数のカメラがランタンの明かりに照らし出されていたのだった。
「でも、喜ぶのはまだ早いわ。使えるものかどうか確認が先決よ」
「そうですね。美奈先輩、早く確認しましょう」
「大丈夫だ。使えるぞコレ」
われ先にと一台のカメラを手にとり、シャッターを押した哲也が叫んだ。
今の時代では電子制御のカメラはもちろん使うことができない。
しかし機械式のカメラは、その状態にもよるが、腕時計を上回る価値をもつお宝として発掘師たちに認識されていたのだった。