第六十話:名古屋方面開発計画その二
まだ道が切り開かれていない森に分け入った俺たちが目指すのは、かつての名古屋駅周辺だ。
あの辺りには地下街も含めてジュエリーショップとか時計屋があったはずだし、貴金属や宝石を扱っている店は何店舗か見た記憶がある。
それを探し出せれば一攫千金なわけだが、もちろん簡単に見つかるとは毛ほども考えていない。
俺たちは去年通った森を西北西に進んだ。
発掘師街予定地は名古屋市の外れにあるから、この方向であっているはずだ。
距離的には十数キロあるので、今日一日は森の中をひたすら進むことになる。
が、その行程は決して楽なものではなかった。
たまに獣道に出くわしたりもするが、望む方向に向いてなかったり、短かったりで結局は道なき道を突き進むことになった。
「哲也、そろそろ交代しようか?」
「いや、俺はまだまだいけるぜ」
もう三時間くらいだろうか、阿古川哲也は森に入ってからずっと器用にツルハシを振るい、先頭で行く手を阻む木の枝や垂れ下がったツル、そして草を刈りながら道を切り開いていた。
刀を持ってきている俺や遥が「刀の方が払いやすいから代わろうか?」と何度か声をかけても返ってくる答えはいつも同じだった。
「発掘師ならこれくらいのことはツルハシでこなすのが当然だよな。俺は空や遥さんに頼ってばかりだから露払いは任せてくれ」
阿古川哲也は、そう言って先頭を譲らなかった。
中村さんのクランで発掘師としての経験を積んだからだろうか、彼の顔には卑屈な色は全く見えず、むしろ自信がみなぎっているようにも見える。
「哲也は頑固で意地っ張りだから、気が済むまでやらせておいた方がいいですよ。きっと空様に負い目があるんじゃないかな」
「負い目?」
「私や哲也だけじゃ絶対に発見できないお宝の発掘でしょ。彼も言ってる通りだけど、空様に頼ってばかりじゃ気持ちが収まらないのよ」
と、水瀬さんが小声で教えてくれたが、彼女はすでに阿古川哲也の操縦方法を心得ているのかもしれない。
そんなこんなで、結局昼食休憩の時間まで阿古川哲也が先頭を譲ることはなかった。
「お疲れさん。そろそろ昼メシにしようか」
「おう。ふぅ、いい運動になったぜ」
「たしかに、あれだけ頑張ればいい運動ですよね。でも、午後からは私たちも先頭を務めますからね」
鈴音ちゃんが少しあきれ気味にそう言っていたが、誰だって彼の行動を見ていれば感心するかあきれるかの二択だと思った。
少し開けた場所で車座に座りこみ、屋台で買ってきたおにぎりを頬張る。
そして水で流し込んだ。
具も何も入っていない塩を振っただけのおにぎりだったが、半日歩いた程よい疲れと、マイナスイオン溢れる森の空気がいい味つけとなって美味い事この上ない。
「今のところ順調に進めてるわね……」
昼メシを食べ終え、地図を開いていた遥が呟いた。
俺はその地図を覗き込み、彼女が見ているあたりを指さした。
「ここはこのへんのハズだから、今までのペースで行けれは夕方には目的地に着くかな」
「そうなんだけど、雲行きが怪しいのよね」
遥はこれから進むべき方向を見やり、表情を曇らせる。
たしかに彼女が言うとおり、まだ切り開かれていない森の前方は今までよりも起伏にとんだ地形が木々に覆い隠されていた。
「たしかに午後は苦労しそうだな。けど、必ずしも今日中に着く必要はないから気楽に行こうよ」
「……そうね、空の言うとおりだわ」
遥は、そう言って晴れやかな笑顔を見せてくれた。
休憩がおわり、行動を再開した俺たちは先頭を交代しつつも森を西北西に進んだ。
が、徐々に険しくなった地形のせいで、遥が危惧したとおり夕方になっても目的地に到着することはできなかった。
テントが張れそうな比較的広いスペースに行き当たったところで、今日はここまでにしておいたほうがいいだろうと思った。
「遥、目的地には着けなかったけど、今日はここで野営しようか」
「そうね、暗い森をこれ以上進んでも危険なだけだわ」
ということで、テントを張るのに邪魔な障害物を刈り払い、野営の準備にとりかかった。
地面から突き出た岩も文字どおりツルハシで刈り払って平らなスペースを作ったわけだが、その作業を平然とこなす鈴音ちゃんを見て、彼女も中村さんのクランで活動するうちに、たくましくなったものだとしみじみ思った。
研修の時のオドオドオロオロとした彼女とは別人のようだ。
スペース作りが完了すると、すぐさま夕食の準備にとりかかった。
中央に枯れ木を集め、水を入れた鍋を掛けて火を起こす。
仲間たちの顔が炎に煌々と照らされ、未踏の地に発掘に来たと実感することができる。
小学生の時に経験した山林でのキャンプもそうだったが、こういったアウトドアで真っ暗な中たき火の炎を見ると、興奮するというか、えも言えぬ感情が湧き上がってくるものだ。
持参した干し肉や途中であつめた春の山菜を鍋に放り込み、今日の夕食は山菜鍋になった。
しばらくすると、グツグツと煮えたぎる音とともに、食欲をそそるいい匂いが漂ってきた。
「いい匂いがしてきたわ。もうそろそろよさそうね」
「俺もう我慢できねぇ」
「哲也はホントに食い意地が張ってるね」
「しょうがないじゃないか美奈。腹が減ってるところにこの匂いだぜ」
鍋を見ていた遥の一言に、阿古川哲也は待ちきれないといった感じで自前のお椀を持ち出した。
「ハイハイ、よそってあげるからそのお椀を渡しなさい」
パブロフの犬のごとく涎をたらし、だらしない顔になった阿古川哲也を、水瀬さんは「しょうがないなぁ」と言いたげな顔で見つめていた。
醤油で簡単に味付けをした山菜鍋は、場の和やかな雰囲気もあって格段に美味だった。
森の中を歩いて疲れたのだろう、この日は夕メシが終わると皆すぐに就寝してしまった。
そして翌朝、俺たちは昨日の残りの鍋を朝食にして名古屋中心部へと行動を再開した。
起伏に富んでいて相変わらず歩きにくい森だったが、昼過ぎには目的地と思しき地点に到着したのだった。
「地図ではこの辺りのはずなんだけど」
「うん、俺も間違いないと思う」
地図と時間と太陽の位置、そして方位磁石からおおよその位置を割り出し、今いる場所がかつての名古屋駅周辺だと結論付けた。
しばし辺りを歩き回り、俺たちは発掘活動の拠点となる場所を探索することにした。
そして選んだのは、大きなクスノキが目印になりやすい開けた場所だった。
時間も時間だったし、とりあえずその場所で干し肉だけの軽めの昼食をとり、それぞれの役目を決めて発掘の方針を話し合った。
「で、俺たちは食料採取に専念すればいいのか?」
「うん、哲也と水瀬さん、そして鈴音ちゃんは食料集めに専念してほしい。今回のお宝はハッキリ言ってどのくらいの深さに眠っているのかも、どこにあるのかも全く分からない。かなり深いところまで探査する予定だから、たぶん俺にしか探査役は務まらないと思うんだ。それに、何日かかるかもわからないしね」
俺の探査できる深さを知っている阿古川哲也と鈴音ちゃんは黙ってうなずいてくれた。
「空様はそんなに深いところまでしらべられるんですか?」
が、俺のことをあまり知らない水瀬さんは疑問に思ったらしい。
「うん、頑張れば地下一キロメートルくらいまでは調べられるよ。でも、今回はそんなに深いところまでは調べないけどね」
「空様って話には聞いてましたけど、凄いんですね」
「真顔で言われると恥ずかしいけど、今回はとりあえず地下百メートルくらいまで調べようと思っているんだ」
「で、わたしはどうすればいいの?」
「遥は俺と一緒に行動して、俺の補佐とアドバイス役をしてほしいんだ」
「わかったわ」
役回りを了解してくれた遥は少し嬉しそうに微笑んだ。
「じゃあはじめようか」
「了解ぃ。食料集めは俺たちにまかせてくれ!」
水瀬さんと鈴音ちゃんをひきつれるように森に消えた阿古川哲也を見送りながら俺は考えていた。
今回俺が探そうと思っているお宝は、前にも言った通り宝石だとか高級な腕時計だとか金銀プラチナなどの貴金属類だ。
宝石はジュエリーショップとかにあると思うし、貴金属とか高級時計も専用の店があったと思う。
銀行の金庫室でも見つけることができれば宝石や貴金属が保管されていたかもしれない。
そんな考えがあったから、かつて名古屋の中心部だったところまで森の中を進んできたのだ。
問題は話題にも出した通り、それらが眠っている深さであって、あまりに深いところに埋まっていたら、そこに到達すること自体が困難なことは分かりきっている。
この荒れに荒れた地形を見るに、この辺りの地殻変動はかなり激しかったと思うから、求めるお宝がどの深さに眠っているのか全く見当がつかないし、もしかしたら見つからないかもしれないという不安もある。
が、大都市の中心部ならそれ以外のお宝は必ず眠っているはずだし、最悪はそれを保険にすればいいと考えることができた。
「じゃあ遥、俺たちも行こうか」
「ええ、行きましょう」
そう言って森に分け入ってみたものの、どこから探していいかまったく見当もつかなかった。
まぁ、それも当りまえな話だろう。
なにせ、当時のランドマーク的なものは何一つ見つけることができない。
辺りには森の木々と巨大な岩やコンクリートの塊が入りみだれているだけだ。
「やみくもに歩き回ってもしょうがないな」
「どうしたの?」
「いや、当時とはまったく状況が変わってるから、どこを探せばいいか見当もつかないんだ」
「そういえば、空は大昔に栄えていたころの名古屋を知ってるんだよね」
「うん、完璧にじゃないけどね。行ったことはある」
知っているとはいってもどこに何があったかとか、ここに何の店があったとかまでは覚えていない。
ましてや、地殻変動で街がごちゃ混ぜになっている今では、どう考えても昔の記憶に頼ることは不可能だと思えた。
ならばどうすればいいのか?
ここは冷静になって考えをまとめたほうがいいだろう。
「少し考えたいから待っててくれないか」
「わかったわ。気になることがあったら何でも聞いてね」
「うん……」
やみくもに探してもダメなことはさっきも言ったとおりだ。
ならばどうすべきか?
ランドマークもない。
当時の記憶もあいまいだ。
ならば……総当たりしかあるまい。
俺に考えることができた方策は総当たりしてみることだけだった。
運が悪ければかなりの時間がかかることは確定的だが、運がよければすぐにだって見つかる可能性もある。
総当たりで探索する場合の問題点というか、やらかしてしまう恐れがある失敗は、一度調べたところをもう一度調べることだ。
とうぜんそうならないように対策を講じる必要があるだろう。
「遥聞いてくれるか?」
「もちろん聞くわよ」
「さっきも言ったけど、どこに何があるか全く見当もつかないから総当たりで行こうと思うんだ。だから遥にはナビ役を務めてほしい」
「ナビ役?」
「俺は探査に集中したい。だから遥は俺たちがどこを通ったか記録して俺が同じところを調べないように導いてほしいんだ」
「わかったわ。道中に目印をつけていきましょう」
「うん、それでいいと思う」
足元百メートルまでの深さだったら、歩きながらでも、範囲的には直径二十五メートルくらいは同時に探索できる自信があった。
もっと深いところまで調べる場合は当然探索範囲はもっと狭くなるが、今回探索する深さは地下百メートルまでだ。
問題は、足元から円錐状に”気”を伸ばすと、探査できない無探査部分が地上寄りに多くなることだろう。
それを解決するためには、できれば円柱状に”気”を展開する必要があるが、そんな器用なまねは今の俺にはできそうもない。
ならば、歩く速度を落として地上から徐々に直径二十五メートルの”気”円を降下させていくしかないだろう。
十メートルおきに探査を繰り返せば、多少の無探査部分はできるが、効率を考えるとそれは仕方がないのかもしれない。
総当たりで調べると言い切ったことに反するだろう?
なんて屁理屈をこねるヤツがいるかもしれないが、そんな空気が読めないヤツには遥のキッツいお小言爆撃を喰らってもらおう。
なんていうくだらない冗談はさておき、探査の方針は決まった。
あとは実行に移すだけだ。
「じゃあこの地点から探査を開始するよ」
「わかったわ空、頑張ってね」
遥から応援の言葉をもらい、俺は足元へと”気”のレーダーを伸ばしたのだった。




