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作戦

「アリアちゃーん、朝だよー! 生きてるー?」


 明るい声を出しながら小部屋の扉を開けてその手に何かをのせたトレー持ってカイルが入ってきた。暗かった部屋に彼の後ろから朝日が入り込み、アリアは目を覚ます。


「……おはようございます、カイル様」

「いいねー生きてたね! あと俺のことは様付けでなんて呼ばないでいいよー」

「では……カイルさん、で」

「うん、それくらいでいいよー。 あ、これ朝食ね。口に合うかはわからないけどまぁ今はこんな物しかないから我慢してもらうしかないかな~」


 カイルがベッドの上に置いたトレーを見るとパンらしき物と具も何も入っていないスープらしき物が入っているカップが載っていた。

「……いただきます」

 恐る恐るアリアがカップを手に取りスープらしき物を口にする。


「美味しい……」


 今まで公爵家では当然これよりも豪勢な朝食を取っていたアリアだが、なぜかこの具も入っていないスープの方が自分の口にはとても合っていてその体に染み渡るような味に思わずアリアは呟いた。  


「あーやっぱりね。こっちの食材には基本的に魔族に合う魔力が少しだけど含まれてるんだ。だから魔力槽持ちのアリアちゃんにはこの食べ物が美味しく感じるわけ。なんとなく力が湧いてくる感じがしない?」


 そう聞いてくるカイルにアリアは小さく頷く。


「あっそっ! ならいいや。じゃ食べ終えたらこれに着替えて外に出てきてね。服は今は大きいけれど着れば自動に大きさが調整されるからね~じゃ俺は部屋の外で待ってるから」


 カイルはそう言ってアリアに簡素なワンピースらしき物を渡して部屋から出て行き、開け放たれた扉から差し込む光に目が慣れたアリアは部屋の中を改めて見渡した。


 昨夜は気が動転していたのと暗かったためよく見ていなかったが、石の壁が欠け天井の一部が崩れていた小部屋は、そこがただの野営地などではないことを示す物が幾つかあった。

 壁面には古い紋章の痕跡が残り、床にはかつて敷かれていたであろう重厚な絨毯の残骸が埃と共に張りついている。


(ここは、もしかしてかつての魔族の王宮だった所?)


 ふとそんなことが思い浮かんだが、とりあえず今はカイルに言われたとおりのことをしなければと思い直して食事を済ませて服を着替える。

 今まで着ていた夜会用の服を脱ぎ捨て渡された服に袖を通すと、カイルの言ったようにぶかぶかだったワンピースが体にぴったりと合うサイズになり、アリアは改めて魔族の使う魔法に驚愕した。


「お待たせしました」

 多少ふらつきながらも自分の足で歩いてくるアリアに向かいカイルは軽い口調のまま話す。


「主が呼んでるからさ、外まで来てよ。案内するから」


 アリアは黙って歩き出すカイルの後を追った。体はまだ重い、だが、拒む理由もなかった。

 カイルはそんなアリアを気にもとめず崩れた廊下へ入っていく。


 通路はどこもかしこも壊れていた。窓枠は抜け、壁は焼け、柱は斜めに傾いている。かつては人が行き交ったはずの大廊下が、今は風の通り道になっている。

 アリアはその残骸を目で追いながら、静かに歩いた。そして、しばらく歩いてから思い切ってカイルに聞いてみた。


「ここは……魔族の王宮ですね?」

「だった、場所ね。一六年前に東大陸の連中が踏み込んでから、まともに直してない。直す余裕も人も足りなくてさ」


 カイルは肩をすくめ、崩れた階段を下りる。

「いつも主は中より外にいることが多いんだ。眺めがいいってわけでもないんだけど、まぁ行けばわかるか」


 破れたかけた扉を開けると湿った風の外気が流れ込んできた。アリアはその風の中へと一歩を踏みだし、朽ちた王宮の外へ出た。


 小高い丘の上、庭だったらしい場所は石畳が割れ、雑草が起き上がっている。その中央近く、墓標のような石碑の前にザインが立っていた。その横にはガルドが黙って控えている。


 黒い外套の裾が風に揺れ、黒い瞳がアリアの方を向く。


 カイルが手を挙げる。

「連れてきたよ~まあ、自力で歩けるならなんとかなるでしょ」

 ザインはワンピースに着替えたアリアを上から下まで一度見ると、短く言った。

「起きられたか」

「はい」

 ザインは黙って顎をしゃくり、先を示す。アリアがそれに従い丘の上の方まで行くと一気に視界が開けた。


「これは……もしかしてこれが『碧嵐海(へきらんかい)』ですか?」


 海を見たことがなかったアリアは思わず感嘆の声を上げた。登り詰めた丘の眼下に広がっていたのは青い海原と、その上に碧色に広がる魔力嵐が不規則に現れては渦巻き消えていく恐ろしくもどこか美しい景色であった。


「俺はいつもここから――父がお前達、神聖ヴァリス王国の人間の手によって殺されたこの場所からこの海を見て考えていた。どうすればこの魔力嵐が荒れ狂う海を渡って向こうに行けるのか、どうすれば魔の腕輪なしで神聖ヴァリス王国を、いや、東大陸を滅ぼせるのか、を」


 ザインはそう言って足下の石碑の前に跪く。アリアはザインの近くに戻ると恐る恐る尋ねた。

「それは……殺された魔王様の墓石ですか?」

「そうだ」


 短く答えるザインの横顔をしばし黙って見ていたアリアは、おもむろに自分も墓石の前に跪き祈りを捧げる形をとった。


「――貴様! 聖光教の祈りを捧げるとは王を侮辱するつもりか!」

「おおっと! 抑えて、抑えて!! ガルドさん!」


 アリアの仕草を見てガルドが背中の両手剣に手をかけようとするのをカイルが慌てて止めた。


「申し訳ありません、今の私はこの追悼の祈りしか知らなくて……でも、哀悼の意を捧げる気持ちは嘘ではありません」


 アリアのその言葉にガルドはふんっ! と鼻を鳴らし、カイルはやれやれ……といった感じで肩をすくめた。ザインはただ一人黙ったまま目を閉じていたが、ややあってから目を開けて立ち上がり、アリアに向かって言った


「ついてこい。今日から、お前のその魔力槽の使い道を――東大陸への報復作戦を決めていく」


 アリアは静かに頷くと、朽ちた王宮内に戻っていくザインの後をついて行った。



 ザインに続いてガルドとカイル、そしてアリアが朽ちた王宮内の一つの部屋に入る。そこは今までアリアがいた部屋とは違い大きな部屋で、正面にはかつてはそれは立派であったであろう紋章が描かれた薄汚れているタペストリーが飾ってあった。


「これを見ろ」


 そのタペストリーの前に置かれた戦略を練るための作戦卓であろう低めの大きなテーブルの前にザインが立って地図を広げた。


「これは東大陸の地図で間違いないか?」

 ザインの質問にアリアはテーブルによって地図をよく見てみる。


「……はい、間違いないかと」

「では今の神聖ヴァリス王国の位置と大きさもこれで間違いないか?」

「いえ、今の東大陸はほとんどが神聖ヴァリス王国の領土になっております。ここと……ここの場所は他国です。ですがどちらも王国の属国となっておりますので正確には自治領みたいなものかと。後は少数民族がわずかにいるだけで東大陸はほぼほぼ神聖ヴァリス王国のものとなっております」

「そうか、ではガルシア大公の領地と――」


 その後も二人は地図を前に現在の王国の位置関係――王都や王宮の位置、教皇の直轄地、そして自分がここに来る原因となった公爵家の礼拝堂の位置などを確認していく。


「ふむ、なるほどな……どう思う? ガルド、カイル」


 アリアとザインの間で決して短くはない時間をかけて行われていた東大陸の現在の領土範囲や勢力についての摺り合わせが一通り終わると、それまで黙って二人の会話を聞いていたガルドとカイルに向かいザインが問いかけた。


「……向こうがこの程度の戦力ならいけると思います。ただ、この娘が嘘をついていないことが大前提になりますが」

「んー、今のアリアちゃんの魔力槽の様子なら大丈夫じゃないかなー。まぁ、アリアちゃんが裏切ったりしなければ、だけれどね!」


 どうやらアリアの与り知らぬところで三人の間では何かの作戦案が決まっていたのであろう、不思議そうな顔をする彼女に向かいザインが言った。


「今のお前からの情報で作戦方針が決まった。早速働いてもらうぞ」

「は、はい! あの、それはかまわないのですが……一体どのような方法を使うのですか?」


「あー、それは俺から説明するね!」

 カイルがぐいっと身を乗り出す。


「まぁ一言で言っちゃうと向こうが前回やってきたことと同じことを行うわけ。今回さ、アリアちゃんが偶然だけどこっちに来たでしょ? で、その時に出来た転移魔門を利用させてもらうのさ。まずはアリアちゃんと俺たち三人で向こうに行って王宮の周りに結界用の封印を仕込んでおくんだ。そう、あいつらが親書を使ってやったようにね! 本当は王都全体に出来ればいいんだけど、それをやるには流石にアリアちゃんの魔力槽の魔力だけでは足りなくてね。なのでまずは『魔の腕輪』を確実に取り戻すためにアリアちゃんの魔力槽だけでなんとか出来そうな王宮だけに結界を張るのさ」


「お前が以前言った、公爵や前大公は戦利品を王に捧げるのが風習だということ。あれが嘘でなければ『魔の腕輪』は王宮内の宝物庫に納められているはずだ」


 ガルドがギロリとアリアをにらみ付けて言う。一瞬怯むアリアを尻目にザインがテーブルの横に置いてあった黒い外套らしき服と小さな指輪を取ってきて彼女に渡した。


「これは?」

「この外套は『姿隠しの外套』だ。頭のフードをかぶると他の人間からは姿が見えなくなる」


 不思議そうな顔をするアリアにザインは自分が着ている黒い外套のフードをかぶってみせる。と、そこにいたはずのザインの姿が見えなくなった。驚くアリアの様子を見てフードを外すと今度は小さな指輪を渡した。


「この指輪をつけてみろ、俺がフードをかぶっても姿が見えるはずだ」


 その言葉の通り、指輪を右手に填めてみると今度はザインがフードをかぶっていてもその姿を確認できた。驚くアリアに向かってカイルが自慢するように言う。


「そうそう、その指輪と外套だけど主が昨日徹夜で作った物だから大切にしてね~あ、あとこの指輪だけど『念話(ねんわ)』もできる優れ物だよ!」


「念話(ねんわ)」という聞き慣れない単語にアリアは思わず問いかけた。


「『念話』ですか? それは一体……」

「『念話』とは魔族同士が使える会話だ。魔族同士は離れた場所で姿が見えなくなってもお互いの承諾があれば会話が出来る。が、お前にはそれは無理だ。なのでこの指輪に念話の機能をつけた」


 ザインはなんと言うこともなし言うがアリアは心底驚いた声を出した。

「そんなことまで出来るのですか!」

「しかも念話ってさ、自分が許可した者以外の他人には聞こえないんだよねぇ。どう? 俺たちって凄いでしょ!」


 自慢げに言うカイルの頭をガルドが小突く。その二人を見て一瞬頬が緩んだザインであったが、すぐに真顔になるとアリアに向かって命令した。


「では東大陸――神聖ヴァリス王国に早速飛ぶぞ。父上の墓標の前、あそこが公爵領にある礼拝堂に通じる転移魔門のある場所だ。アリア、お前の魔力槽、思う存分利用させてもらう」


 そして外套を纏いフードを被る三人とアリアは再び転移魔門を開けるため墓標前へと向かった。





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