「魔の腕輪」と「血の魔眼」
「王国と聖光教、それにガルシア公と父がそんな……なんてことを……」
魔導王国に対しての非道な行いを聞いてアリアは思わず口元を押さえる。そんなアリアを冷ややかな目で見ながらザインは続けた
「父は最期まで『魔の腕輪』の本質を奴らに語らなかった。確かにあれを持つものが王位に就くが、正確には逆だ。『魔の腕輪』の持つ真の力を使いこなせる者こそが王と呼ばれる。単にあの腕輪を持っているだけでは王たり得ない」
カイルが続けて真面目くさった顔で説明する。
「『魔の腕輪』ってさ、魔族の負の感情を吸い上げて魔力に変換して貯めるアイテムなんだよ。そしてそのため込んだ魔力を引き出して使える王族の者が王様になるのさ。
まぁ、全ての負の感情を抜き取ったらそれはもう人じゃないからそこの所は王がうまく調節してやってたんだ。だから昔の魔族はあんなに穏やかで、魔王にも素直だったんだよ。負の感情を抜かれてたから。で、アリアちゃんの中にある魔力槽も、その『魔の腕輪』と同じことをしてる」
アリアは自分の胸に手を当てた。理解が追いつかない。
カイルは肩をすくめて言う。
「だから魔力の総量が異常に高くとも東大陸では魔法が使えなかったのもしっくりくる。なにせ西大陸でしか使われない「負の感情」で発動する魔力槽だからね。で、転移の理由もこれで説明がつく。礼拝堂で死にかけたとき、この人の憎しみが爆発したんだろ? その負の感情が魔力槽を通じて増幅されて、たまたま近くにあった封印された転移魔門に残っていたこっち側の魔力の残滓と同調した。で、体ごとこっちまで引っ張られた、ってわけ」
「俺達が使う魔法に適した魔力を持つ者か……なあ、カイル」
ザインはアリアをじっと見た。
「俺なら、その槽から魔力を吸い出せるか?」
「出せると思うよ。腕輪の代わりに、アリアちゃんを媒体にすればいい。ただし……」
カイルは少しだけ真顔になった。
「吸い出し方を間違えれば、中で暴発する。あと、どうも今は魔力の出口が半ば塞がってるからアリアちゃんが自分で魔法を使うのは無理。中に溜まってるだけ。で、毒での苦しみで魔力槽が発動したところを見ると、恐らくだけど魔力を引き出す時には毒を飲んだのと同じくらいの苦痛が体ににかかるはず」
ザインは短く息を吐いた。
「……都合のいいものが流れ着いたな」
ガルドが低い声で言った。
「若! これはヴァルディアの娘、扱いを誤れば危険です!」
「わかっている」
ザインはアリアから視線を外さなかった。
「生かしておけ。壊すな」
カイルは立ち上がり、軽い調子で笑った。
「おっけー。大事に扱っとくよ。こんなの、そうそうお目にかかれないしね」
小部屋に沈黙が落ちる。
アリアは胸の奥で、この大陸に来て以来、得体の知れない力が静かに脈打っているのを感じていた。
(この力が……私を、ここまで連れてきた)
そして同時に、ザインの黒い瞳が自分を「道具」として見ていることも、はっきりと理解していた。
「あっとそうだ、一つだけアリアちゃんに言い忘れてたことがあったわ。主、俺たちのコレ、話してもいいよね?」
重苦しい空気を和らげるようにカイルが自分の目を指さすとザインは頷いた。
「えっとさ、もしかしたらもう気がついてるかもしれないけど、俺たちってそれぞれ自分の目に固有の能力があってさ、例えばガルドさんなら嘘を見抜く力。さっき幾つか質問した時にアリアちゃんの目をガルドさんが見てたでしょ? あれってそーゆーこと」
「見抜くと言っても俺は魔族にしては魔力が低いから直感程度だがな。だからあの時奴らの信心の魔力で隠された嘘は見抜けなかった」
苦々しく言うガルドを励ますようにカイルが明るく言う。
「まぁまぁ、あれはしょーがないって! で、俺はさっきアリアちゃんの体を診たように人の体の中に流れる魔力とか、その付近での魔力の流れや質とか量を見られたりするわけ。そして主なんだけど……主だけはちょっと特殊でね」
カイルはちらっとザインの顔を見る。それを受けてザインが話し出した。
「俺の目には王族の――王位を継ぐ者にだけ現れる力がある。他の能力はその目を持つ者が複数人いるがこれだけは俺しか持っていない。俺の目は――見た人物の血統を見分けられる能力がある」
「……血統、ですか? それはその、ええと……?」
意外な言葉にアリアがなんと返せばいいのか戸惑っているとガルドが付け加えた。
「若が最初にお前と話した時にお前のことを東大陸の人間だ、と言っただろうが。それは若がお前の血統が西大陸の者ではないとその目で見たからだ。あの段階ではお前の血族がここにはいなかったからどこの家の者かまではわからなかったがな」
それにカイルが更に補足する。
「主の目はね、『血の魔眼』って言って見てる人の血縁関係を見抜けるんだよ。親子だけじゃなくて祖父母とか叔父叔母、そして従兄弟同士くらいまではわかるんだよねー。だから魔族では親子関係を偽るとかないんだ」
アリアはザインの目を思わず見つめた。ザインが軽く瞬きをしてアリアに話す
「この力はそれぞれの大陸において魔力の基礎となるものを操れる者に現れると言われている。なので西大陸では『魔の腕輪』を使いこなせる王の一族の目に『血の魔眼』として現れ、そして東大陸では『信心の光』を司る聖光教の教皇のみが使える『血の審判』というのがそれにあたると言われている」
「『血の魔眼』と『血の審判』……それを使えばセレスティアと母上――いえ、公爵夫人の親子関係も確かめられるのですか? その、確実に?」
アリアの問いかけにザインは頷いた。
「『血の魔眼』は決して違えない。違えないからこそ『血の魔眼』なのだ。もし聖光教の教皇が使う『血の審判』も同じなら決して違えることはない」
小部屋に、重い沈黙が落ちる。アリアは目を伏せ、ゆっくりと顔を上げた。
「東大陸の人間は魔族の皆様のことは最初から人間として扱っていなかった。親書を使って結界を仕掛け、魔法を封じ、財宝を奪い去った。そして――」
アリアの指が、ベッドのシーツをゆっくりと握る。
「そして公爵家と王家も同じように私を捨てた」
温度のない声でアリアはザインに告げる。
「改めて決めました。神聖ヴァリス王国――いえ、東大陸は滅ぼします。そのために、あなた方に協力いたしましょう」
ザインの口元が、ごくわずかに動いた。
「俺がお前の中の魔力槽を使う時には苦痛を味わうことになるが、それでもいいと?」
「覚悟の上です」
カイルは軽い声で言った。
「へぇ、正直、東の人間にここまで言われるとは思わなかったけど……まあ、都合はいいね。主の駒としては、最高品質だよ、アリアちゃんはさ!」
ガルドは何も言わなかった。今はもう反対もしなかった。
「ではアリア。今日はもう遅い、とりあえず今は休め。明日からは魔力槽として働いてもらうから覚悟をしておけ」
ザインはそう言って席を立ち小部屋から出て行く。ガルドとカイルがその後をついて部屋を出て行き後にはアリア一人が残された。
あまりにも色々なことがあり、頭は興奮状態であったが、体は休息を必要としていたのだろう。目を閉じて横になるといつしかアリアは深い眠りに落ちていった。
部屋の中で燃えていた薪の火もいつしか消え、小部屋の空気は冷たいまま、しかしアリアと魔族の三人の向く先だけは、はっきりと揃っていた。




