十六年前の西大陸にて
―― 十六年前、西大陸のヴァルグリード魔導王国にて ――
それは本当に偶然、そう、ただの偶然だった。ある日突如として東大陸の人間が数名ヴァルグリード魔導王国の王宮内に出現したのだ。
魔力と魔法を使う能力が高く、元来数が多くないため仲間内で争うということを由としない平和主義者の魔族達は今まで交流のなかった東大陸から迷い人の彼らを保護し、碧嵐海を超えずにどうやってここに来たのかを聞くとその者達は皆同じことを言い出した。
「獲物を追っていたら崖から落ちてしまい、地面に叩きつけられると思った瞬間にここについていた」と。
この話を聞いた王宮にいた者達はここで致命的な勘違いをする。平和主義者であった魔族達は彼らの言う「獲物」を獣とかの狩猟のことだと思ってしまった。だが、実際はこの迷い込んだ者達は神聖ヴァリス王国の兵士達であり、彼らは国境沿いで他国の兵士との小競り合いをしているところであった。
詰まるところ彼らの言う「獲物」とは同族の人間のことであったのだ。
そんなこととはつゆ知らず、当時のヴァルグリード魔導王国の王――ザインの父親――は、彼らを善良な狩人と勘違いをしてなんとかして彼らを東大陸へと帰してやろうとした。
そもそもどうやってここに現れたのか? その原因を探るため彼らが現れた付近を国でも有数の魔導士達が調べると意外なことがわかった。どうやらこの西大陸と東大陸ではごく稀に大地の上で魔力を吸い込む渦のような場所が出来て、そこに膨大な魔力を流し込むと双方にある場所がつながるらしい、というのだ。
試しに王が彼らが最初に現れた付近に膨大な魔力を流し込むと確かに違う場所に通じていることが確認できたので王は彼らを帰すこととした。が、ここでも王は間違いを犯してしまう。帰る彼らに土産だと言って幾ばくかの品物を与えたのだ。
魔族にとってはほんの幾ばくか、であったのだろう。だが、東大陸の人間にとってそれは莫大な富であった。
数多の宝石、貴重な貴金属……これらをただで持ち帰ったとしたら人間がどう考えるのか?
ただの平民に気前よくこれらの物を与える平和ボケした国があったら人はどうするのか?
王はそれに考えが及ばなかった。
それからしばらく経った頃、再び魔導王国王都の魔力溜まりの場所に東大陸からの人間が現れた。今度の人間は前回とは違い立派な身なりをした男性達であり、彼らの代表は神聖ヴァリス王国の王弟フェルナンド・ド・ガルシア大公とアルフォンス・ド・ヴァルディア公爵と名乗った。
彼らは前回自国民を助けてくれたことの礼をしたいので王に謁見したいと申し入れ、王はこれを快く受け入れて神聖ヴァリス王国国王からの返礼品とお礼の親書を受け取った。
魔導王国の国王にとって返礼品自体ははさほど価値のあるものではなかったが、元来気の良い王にとっては品物よりもその行為の方が嬉しく、フェルナンドとアルフォンスの一行が帰る時にはまた再び数多の品物を持たせて返してやった。
そう、この時に魔導王はまた大きな見誤りをした。フェルナンドとアルフォンスが持ってきたヴァリス王国国からの親書。これにとんでもない罠が仕掛けてあったことを見落としていたのだ。
そしてそれからしばらくしてまたフェルナンドとアルフォンスが魔導王国に現れた。ただ、今回は前回と違い重武装に身を固めた屈強な兵士が100人ほどついてきていた。
「やあ、今回はまたえらく物々しいね。こっちで魔獣狩りでもするつもりかい?」
すっかり顔なじみの気安さで王はニコニコとフェルナンドに話しかける
「狩り、ですか……まあ狩りといえば狩りでしょうが。時に国王陛下、今魔導士様方はどちらに?」
「ん? 彼らなら今は王宮内の詰め所にいるはずだが、それが何か?」
「いえいえ、それは好都合でした。では――アルフォンス! やれ!!」
「はっ!」
フェルナンドの命令の下、アルフォンスが隠し持っていた石のようなものを地面に向けて叩きつけた。そしてその石が砕けた刹那、王宮の中――前回神聖ヴァリス王国が送ってきた親書が保管してあった部屋から目映い光が溢れ出した。
「な、なんだこの光はっ!? これは――『信心の魔力』の結界か!?」
王がそう叫ぶと同時に王宮内にいた王を含む全ての魔族が地面に倒れ込んだ。
「カイル、カイル! 一体何があったんだ!? 父上はどこにいるんだ!?」
「主様! 今はどうかここから逃げることだけお考えください! 東の――くそっ! 東大陸の人間が奇襲をかけてきました! 奴ら信心の魔法で結界を張ってます! だからあいつらは信用ならないってガルドさんも言ってたのに!」
燃え上がり破壊されていく王宮内を結界の影響でよろよろしながら二人の少年が逃げ回っていた。一人はまだ十歳くらいの年齢の黒髪の少年――ザインであり、もう一人は一二歳くらいの年齢の赤毛の少年――カイルであった。
「おい! ここにいたぞ!」
「黒髪の子供――間違いない! こいつが魔王の息子だ!」
「急げ! グズグズしていると結界が解けて転移魔門が塞がってしまうぞ! さっさと切り捨てろ!」
すでに何人もの魔族を切ってきたのであろう、血塗れの東大陸の人間がザインとカイルに迫ってきた。カイルはその背にザインを庇うと両手に短剣を構える。
「主様、ここは俺が時間を稼ぎます! その隙に逃げてください!」
「ダメだカイル! 逃げるなら一緒だ!」
ザインがカイルと背中合わせになってショートソードを構える。じりじりと間合いを詰められてあと一歩で切られる! となった時であった。
「――貴様らっ!!」
その声と共に上空から振ってきた人影が鎧ごと東大陸から来た侵略者を一刀両断する。
「若! ご無事でしたか! カイルよくやった!」
「ガルドさん!」
「ガルド! よく来てくれた!」
両手剣を構えたガルドが二人の前に立つ
「申し訳ありませんでした! 私が魔獣退治のために王宮を離れさえしなければこんなことには!」
「な、なんだ! 結界が効いてないのか!?」
「畜生! コイツ剣士だ! 皆気をつけろ! 魔法関係なしに剣で攻撃してくるぞ!」
そう叫びながら襲いかかってくる東大陸の侵略者達をザインが切り伏せ、三人は王宮からの脱出を目指す。が、途中でカイルが何かに気がついてガルドを引き留めた。
「ガルドさん! あっちの方に『魔の腕輪』の魔力がある!」
「なに!? ではあちらに魔王陛下がおられるのか!?」
「それが……魔力が凄く弱い、どんどん弱くなってるんだ……」
「それでもいい! まずはそちらに向かいますぞ、よろしいですな? 若」
「わかった、ガルド、カイル、頼む!」
そうしてガルドが血路を開いた先、そこにあったのは王宮から運び出された数多の戦利品とそれを転移魔門の中に放り込む兵士達、そしてその兵士達を指揮するアルフォンスともはや動かなくなった魔族の王を見下ろしているフェルナンドの姿であった。
「父上!!」
ザインが思わず叫んで飛び出そうとするが転移魔門から出ている強力な信心の魔力によって3人の体が動かなくなる。
「おやおや、これは王子様ではないですか! 残念でしたね。貴男のお父上は今お亡くなりになりましたよ。人質としてここに来るまで役立って頂いて本当に王には感謝の極みです」
フェルナンドがザインを認識すると非常にいやらしい口調で言い放つ。
「王がお持ちだったこの『魔の腕輪』。何でも王位継承のためには必要な物だからこれだけは返してほしいと最後まで言ってましたが……まぁあなた方のことは東大陸では異形の化け物と言われておりますからこちらもせっかくなので珍しい蛮族の遺物として頂いて参りますね」
フェルナンドは王の遺体から腕輪を抜き取ると部下に渡し、転移魔門から向こう側へと持って行く。
「父上! 父上!! ――貴様! それを返せ!」
ザインは悲痛な叫びを上げる。
「では、もうこの門が開くこともないのでお目にかかることはないでしょうが、角と尻尾を持つ魔族の方々。ごきげんよう――」
そう言い捨てて戦利品を全て持ち去った兵士達とアルフォンス、そしてフェルナンドは光の渦巻く転移魔門の中へと入っていき、最後の二人の姿が消えるとそれと同時に渦はふっと揺らいで消えた。
「……逃げられたな」
信心の魔力による魔法がなくなり、体の自由を取り戻したカイルの声は、いつもの軽さがない。
ガルドが低い声で言った。
「王が殺された。魔の腕輪も、財宝も、持っていかれた」
ザインは転移門が消えた方角を見て拳を握り、名前を噛み砕くように呟く。
「東大陸……神聖ヴァリス王国、聖光教、そして……フェルナンド・ド・ガルシア大公とアルフォンス・ド・ヴァルディエ公爵」
「俺たちは、異形の化け物扱いされ王を殺された」
カイルが床を蹴った。
「……取り返すよ。奪われた物は絶対に取り返す! あんなやり方で勝ち誇られたまま、終わらせてたまるかよ!」
ガルドは背中の両手剣の血を振り切った。
「ああ、必ず取り戻す。目的は一つだな」
ザインはゆっくりと頷いた。黒い瞳に、冷たい灯が灯る。
「東大陸に復讐する。残さず、やり返してやる!」
三人の影が、崩れた王宮の闇に並んだ。
この日、西大陸の残党は、ただ生き延びる者から、復讐を誓う者へと変わった。




