魔族
「う……ん」
意識がゆっくりと浮上する。体中を痛みと倦怠感が支配しているが無理矢理に瞼をこじ開ける。
パチパチと燃えさかる薪が弾ける音だけが響く薄暗い小部屋の中でアリアは目を覚ました。
「気がついたか?」
聞き慣れない若い男の声に驚き体を起こそうとしたが再び激痛が体を襲い倒れこんでしまった。
「――っ!」
「無理はするな。お前は毒で死にかけていたんだぞ。毒を抜いたあと丸三日寝ていたが、あと少し手当が遅かったら流石に助けられなかった」
ややあって痛みが少し引いてきてから改めて辺りを見回してみると小部屋の中にはベッドに寝かされている自分、そして枕元のそばに椅子に腰をかけている先程声をかけてきてくれた青年、そして背中に構えた両手剣をいつでも抜けるような態勢でじっとこちらを睨んでいる壮年の男性の三人だけがいるようだ。
「申し訳ありません、ここは一体どこでしょうか? 私はどうしてこのようなところに、そして貴男は――」
「お前は自分の質問ばかりだな。それに答える前にまずこっちの質問に答えてもらおうか? 東大陸の人間の娘よ」
「え……東大陸の人間の娘、とは一体どういった意味で? いえ、確かに私は東大陸の人間ですが、その言い方ですとまるでここが――」
「ああそうだ、ここは西大陸。お前達人間が住む東大陸とは碧嵐海を隔てたところにある場所だ」
「西大陸!? そんな馬鹿な――」
「いちいち五月蠅いぞ、娘。いいからこちらが質問することだけに答えろ。まずは名前だ、名は何という?」
ここはおとなしく指示に従った方が得策であろうと判断したアリアは一つ頷くと話し出した。
「承知いたしました。まずは助けて頂いたことにお礼を。私はアリア……と申します。ここに来るに前にあったことは――」
アリアは嘘はつかないように自分の身分をうまくぼやかし、礼拝堂で何があったのかを掻い摘まんで話した。
「魔法が使えず親から切り捨てられて自宅の裏にある礼拝堂で毒を飲まされて瀕死になった時に体から光が出て気がついたらここにいた、か……どう思う? ガルド」
「嘘はついてませんな。ですが――本当のこともうまく隠しているようです」
「ああ、俺もそう思う。なぁ、アリアといったか? お前、名前だけを言って平民のふりをしているがそうじゃないよな? お前が着ているその服や装飾品はどれをとっても一級品だ。お前、本当の名前は何だ? フルネームで答えてみろ」
流石にこう言われてしまっては嘘はつけないのでアリアは正直に答えた。
「はい、その通りです。私の名はアリア・ド・ヴァルディエ。ヴァルディエ公爵家のむ――!?」
「ガルド! ダメだ! まだだ、まだ殺すな!!」
アリアが「ヴァルディエ」の名を出した途端、ザインと呼ばれた男から凄まじい殺気がアリアにたたき付けられた。それはもし青年があの男を止めなかったらアリアは間違いなくあの両手剣の餌食になっていたであろうと思わせるほどの殺気であった。
「若! なぜ止めなさる! この女はあの神聖ヴァリス王国の、しかもヴァルディエの娘ですぞ!?」
「だからだ! まだ必要な情報がとれていないだろうが! 殺すのはいつでもできる!」
(ああ、助かったと思っても結局私はどこに行っても利用されて最後には殺される運命にあるっていうことなのね。そう……それならばもういい。それならばもういっそのこと――)
「ふ……ふふっ」
アリアは小さく笑うと今までとは違う冷静な声で彼女をこの場で殺すかどうかの言い争いをしている二人に告げた。
「お二方と我が家の間で何があったのかは存じませんが、どうやら私を殺したいほどにヴァルディエ家を、そして王国を憎んでおられるご様子――承知いたしました。そうならば私が知る限りの公爵家のこと、王家のこと、そして今あの国で何が起こっていることをお話しいたしましょう」
「貴様、何を企んでいる? 十六年前の時と同じことをするつもりか!?」
激高して今にもアリアを切り捨てんばかりの勢いで壮年の男がかみついてきた。
「十六年前、というのが何のことか私にはわかりませんが今私が言っていることは本心です。貴男様になら私が嘘をついているか否かおわかりになるのでは? なぜかはわかりませんが」
アリアの目をじっと見つめると壮年の男はふんっ! と鼻を鳴らして一歩引き下がった。
「なるほど、ガルドがそう思うなら間違いないだろう。だが……お前、その情報を使ってこちらを利用しようとしているな? 一体何を考えている」
「まぁ、利用だなんて。あなた方と同じことですよ。 私はただ――ヴァルディエ公爵家自体を滅ぼしていただきたいだけです。そして出来れば神聖ヴァリス王国そのものも」
「……お前は自分が何を言ってるのかわかっているのか?」
青年が訝しげに聞いてくる。
「自分の生まれ育った家と国を滅ぼしてほしいと言っていることでしょうか? 実の子供をその手にかける親と魔法が使えないと言うだけで罪のない娘を一方的に切り捨てる国――ええ、えぇもうほとほと愛想が尽きたのです。
勿論一朝一夕にそんなことが出来るとは私も思ってはおりません。ですが今回私があの碧嵐海を渡ることもなくこちらにやってきたということに恐らく何か大きな意味があると思うのです。それこそそちらの方が先程おっしゃった十六年前? のこととの関係とか」
十六年前、という単語が出た時に二人の様子がわずかに変わったのをアリアは小さな手応えとして感じた。
「いいだろう。まずはお前の話を聞いてやる。その前にこちらの自己紹介がまだだったな。横にいるのは俺の部下で親代わりでもあるガルド・バーン、そして俺の名はザイン・ヴァルグリード。そしてあともう一人――ああ、戻ってきたな」
その言葉と同時に部屋のドアが開き一人の青年が入ってきた。
「ふーっ! やっと北の部族の奴ら帰っていきましたよ! まったくこっちには敵わないってわかってるのにしつこい奴らです、そろそろ主にも本腰入れてもらって対処を……っと、あ! おねーさん気がついたんだね」
他の二人とは違う飄々とした口調で黒髪の青年と同じくらいの歳の赤髪を雑に短く切った赤い目の青年がこちらを見て笑って話しかけてきた。
「初めましておねーさん、俺はカイル、カイル・リースってんだ。主――ザイン様の身の回りの世話とか、傷や魔力の面倒見てる係。で、おねーさんの体にあった毒を抜いたのも俺ね。まぁおねーさんにとっては命の恩人ってやつ? 感謝してよね!」
アリアも今までと調子が狂って「ど、どうも……」と小さく頭を下げた。
軽い口調で話しかけるカイルをガルドが苦虫をかみつぶしたような顔で見ながら低い声で補足する。
「こいつはお前たちの国で言うところの医者だ。勿論戦闘も出来るが、本職はこっちだ。カイル、この女はアリア、アリア・ド・ヴァルディエというらしい」
ガルドは顎でアリアを示した。
「ヴァルディエ? ……そして主がさっき言ってた東大陸の人間らしいていうことは……へぇ、そうか、そーゆーことか。おねーさん、いやアリアちゃんはヴァルディエ公爵家の人間なのかぁ。なーるほどねぇ」
飄々とした感じは崩すことなく、だが一瞬カイルの周りの空気が冷たくなった。思わず身震いをするアリアを横目にザインはカイルに命令を出した
「この女を診ろ。詳しくな」
「……あーはいはい、まったく主は人使いが荒いんだから……」
ぶつくさ言いながらカイルはアリアの前にしゃがみ込むと、その目に薄い光を集めて彼女の内側を観察し始めた。
「ん~なんか変な感じがするな」
しばらく目を細めたり大きく見開いたりした後、カイルは何かに気がついて大声で叫んだ。
「おいうっそだろこれ、魔力槽だ! 魔力槽が体の中にある! しかもすっげえ大きい!!」
ザインの黒い瞳が、初めて明確に動いた。
「……何?」
「いやだから魔力槽だって! 負の魔力を蓄える機関! 普通の人間にはまずない、魔王の一族しか扱えない『魔の腕輪』と、ほぼ同じ仕組みのものが出てる!!」
カイルはアリアの胸元あたりを示しながら続けた。
「『魔の腕輪』と同じものだと……?」
ザインとガルドが信じられないものを見るような目でアリアを見つめる。
「あ、あの、その『魔力槽』って一体なんですか? それに腕輪? って……」
何が何だかわからないアリアに三人は顔を見合わせて小さく頷く。
「……それを話す前にひとつ、はっきりさせておきたいことがある」
ザインが口を開いた。
「俺たちと、東の人間の違いだ。お前達東大陸の人間の間では俺たち魔族は異形の化け物だと言われているか?」
アリアは青い顔をして頷いた。東大陸というか聖光教において西大陸は不浄の地でありそこに住んでいるのは神に見放された角と尻尾を持つ醜い人々であるとされているからだ。
そんなアリアを気にする風もなくカイルが軽い調子で話を継ぐ。
「見た目の話からするとね、角とか尻尾とか、東で吹聴されてるような代物は基本的にないよ。ほとんどの西の人間は、アリアちゃんたちと大して変わらない。違うのは西の人間の方が魔力が多いことと魔力の源だけさ」
「魔力の源?」
聞いたことのない言葉に不思議がるアリアに向かいガルドが低く補足する。
「東は信心。聖光教への祈りから魔力を引き出す。西は負の感情だ。憎しみや怒り、怨念を魔力に変える。それ以外に、本質的な差はない」
アリアは静かに頷いた。
「では、東大陸――神聖ヴァリス王国と聖光教はあなたたちを『魔族』と、角と尻尾のある化け物だと、わざと吹聴していた、と……?」
「ああ」
ザインが短く答える。
「都合のいい大義名分だ」
そこまで聞いたところで、アリアはふと一つの考えが浮かんだ。
「あの、もしかして東の信心の魔力と、西の負の魔力は、相性が悪いのですか?」
カイルが指を鳴らした。
「ご明察! 相性というか、ほぼ相殺し合うんだよな。信心の魔力は負の感情を『濁り』として抑え込み、負の魔力は信心の光を『虚偽』として嫌う。同じ場でぶつけると、両方とも安定しにくいんだよね~いやーアリアちゃんは賢いね!」
ガルドの声が重なる。
「十六年前、それを利用された。連中が先に持ち込んだ『親書』、その親書の中身が、聖光教の教皇が仕込んだ結界の魔方陣だった。フェルナンド・ド・ガルシアと、お前の家のアルフォンス・ド・ヴァルディエが率いたわずか百名ほどの兵士、いかな精鋭部隊といえども本来なら、西の王宮主力を正面から落とせる数じゃない」
ザインの黒い瞳が、わずかに歪んだ。
「だが。信心の魔力で組まれた、大規模な阻害結界だ。負の感情を魔力に変える経路を一時的に封じる。俺たちの側から見れば、突然、力の出し方がわからなくなるようなもんだ」
ガルドが淡々と言う。
「結界が展開された瞬間、主力の魔法が鈍った。その隙を突かれて、指揮系統を潰された。魔王も、本来の力を出せないまま討たれた」
ザインは短く息を吐いた。
「あの結界がなければ、百名程度で俺たちの中枢まで踏み込まれることはなかった。東は『対話』を装って、最初からこちらの持つ富を奪いに来ていた。それと同時に一番厄介な的になるであろう俺たち魔族王家の者の命も――」
「え? 『俺たち魔族王家』って、それじゃ貴男はまさか――!?」
アリアがザインのその一言に食いつくと、ザインはゆっくりとアリアに話す
「そうだ、改めて言おう、俺の名はザイン、ザイン・ヴァルグリード。俺は貴様ら神聖ヴァリス王国の王弟フェルナンドとヴァルディエ公爵家のアルフォンスによって皆殺しにされたヴァルグリード魔導王国王家の最後の生き残りだ」




