再び礼拝堂へ
「――ぐっ! がはっ……ゴホッ!」
東大陸、神聖ヴァリス王国の公爵邸にある礼拝堂の中には光の渦から出てきた四人の姿があった。が、その中の一人――アリアは出てきた瞬間、内臓を引き裂くような、そして四肢を焼かれるような痛みが襲ってきてその場に嘔吐きながら崩れ落ちた。
「あー、やっぱり体に負担が大分かかるみたいだねぇ」
フードで隠れたアリアの顔を覗きながらカイルがザインにそう告げると、魔力槽から魔力を引き出すためにアリアに繋いでいた手をザインは無造作に離す。
「全く口ほどにもない」
ガルドが吐き捨てるように言うとカイルがアリアを労るような声で話しかけた。
「まぁまぁ、前回みたいな突発的に魔力槽から魔力を放出したのとは違って今回は人為的に引き出したのだからまだ慣れてないっていうのもあるんでしょ。あ、でも主、死なないように調節はしてねー。ここで死なれちゃうと俺たち向こうに帰れなくなっちゃうしさ!」
はたして労っているのかどうかわからない内容の会話だが、ザインは気にする様子もなくガルドとカイルに命令を出す。
「この様子だとアリアは当分動けそうにないからここで休ませておく。俺が監視しておくのでガルドとカイルは王宮の北半分と南半分で何処に、何個結界の封印を仕掛ければいいか調べてきてくれ」
「……若とこの娘を二人っきりで残していくのは不本意ですが致し方ありませんな」
「りょーかいでっす! ああ、主、休んでいる間もアリアちゃんと手は繋いでおくといいよー主の魔力と魔力槽を馴染ませるためにね!」
そう言った二人の姿があっという間に遠ざかる。礼拝堂に残されたザインは未だへたり込んでいるアリアの体を抱き上げると祭壇前の長椅子に座らせた。
普段なら抵抗とかするであろうが、流石に今のアリアはそれどころではなく呼吸するだけで精一杯であった。
しばらく礼拝堂の中にはアリアの苦しそうな息づかいだけが響いていたが、不意にそれが途切れる。と、同時にアリアは自分の呼吸が楽になったのは隣に座った人からの温かい感触のおかげだと気がついた。
「……ありがとう……ござい……ます」
「……カイルの助言に従っただけだ。魔力槽を今ここで失うわけにはいかないからな、魔力槽が落ち着くまでこうしておいてやる」
漸う言ったアリアの手に繋いだ自分の手を見てザインがぶっきらぼうに答える。
しばらくそうして手を繋いで座っていた二人だったが、不意に後方――礼拝堂の入り口から女性の声が聞こえてきた。
「ああ、ここがそうなのですねお母様!」
アリアの体が一瞬飛び跳ねる。忘れようにも忘れられないその声! セレスティア――かつて自分の侍女だった娘。そして公爵夫人の実の娘!
「落ち着け、あいつらには俺たちの姿は見えない、俺たちの声も聞こえない」
ザインが咄嗟に隠れようと身動ぎするアリアをとどめた。
確かに自分たちの姿が見えているならすでに気がつかれているはずだ。アリアは呼吸を整えて座り直す。
「ええそうよ、セレスティア。ここがあなたのお父様が亡くなった本当の所よ」
もう一人の女性の声、こちらもアリアにとっては忘れられない声であった。かつて母と呼んだ女――ヴァルディエ公爵夫人エレノアの声だ。
「ここで殺されたの。ヴァルディエ公爵アルフォンスの刃にかかって、あなたの父親――前ガルシア大公フェルナンド様は!」
思いもしなかったエレノアの告白にアリアは言葉を失い、ザインはセレスティアを射殺さんばかりの目で睨み付ける。
「……なんですって? セレスティアが前ガルシア大公と公爵夫人の間の娘……!? しかもお父様が前ガルシア大公を殺した……!?」
「フェルナンドの娘だと……!?」
エレノアが愛おしげにセレスティアの頬にさわりながら語りかける。
「ああ、ここにあなたと二人っきりで来られてようやくあの時のことを話せるわ。私の愛しい娘のセレスティア」
「お母様……」
うっとりとした顔でセレスティアは頬に触れた母親の手をなぞる。
「さあ、長い話になるわ。こちらに来て座って話しましょう」
エレノアはそう言ってアリアとザインの二人が座っている後ろの席へと腰を下ろして、十六年前にここで何があったのかを話し出した。
―― 十六年前、西大陸での略奪を終えた後の礼拝堂にて ――
王より下された極秘任務で遠いところへと向かった、ただ一人愛する男の無事を祈願するためエレノアは僅かな蝋燭の明かりが灯る礼拝堂の祭壇の前で一人祈りを捧げていた。
ただ一人愛する男、生きて戻ってきてほしいと願う相手は夫ではない。ガルシア大公フェルナンドの無事だけをただ彼女は願っていた。
エレノアとフェルナンドはかつて互いに好意を持っていたが、フェルナンドが隣国の公爵令嬢と政略結婚をすることとなり、二人は別れざるを得なかったと言う過去があった。
だが、二人の仲は実際は切れていなかった。その証拠が今エレノアの腹の中にあったのだ。
目を閉じ、時折腹部を愛おしげに撫でながらただただフェルナンドの無事を祈っていたその時、転移魔門が光りエレノアは慌てて祭壇の後ろへと隠れた。
光の渦の中からは西大陸からの帰還兵と箱が次々と吐き出される。財宝の箱と血の臭いが礼拝堂の中へと広がる中、アルフォンスとフェルナンドもそこにいた。
エレノアは祭壇の陰に身を潜めながらも愛しい男の無事な姿を見て心の中で歓喜する。
「箱は指定の場所へ運べ。数は正確に数えろ」
アルフォンスの指示で、兵たちが財宝を次々と外へ運び出す。人の気配が減り、礼拝堂に残ったのはアルフォンスとフェルナンドの二人きりになった。フェルナンドは鎧についた魔族の血を忌ま忌ましげに拭いながらが呟く。
「やれやれ、なんとか無事に戻れたな。これでしばらくは王も黙るだろう」
「ああ」
アルフォンスは短く答えた。その次の瞬間、彼の剣が抜かれ、刃は一直線にフェルナンドの胸を貫いた!
「ぐっ!? ……アルフォンス、貴様ぁ!」
フェルナンドの目が見開かれる。
アルフォンスは刃を深く押し込んだまま、低い声で言った。
「すまんなフェルナンド、これは王命でね。お前みたいな出来物が弟にいると王は安心できないそうだ。だがな、それだけじゃない」
アルフォンスは刃を深く押し込み、低い声で続けた。
「お前とエレノアのこと――不義も、お前との子のことも、このままではいずれ表に出る。私は彼女を不幸にさせたくない」
やがてゆっくりとフェルナンドの体が崩れ落ちる。血が石床に広がる中、外から密かに紛れ込ませていた王の配下の騎士たちの足音がした。
アルフォンスが短く顎をしゃくると、彼らはフェルナンドの遺体を抱き上げ、言葉少なく運び出した。行き先は演習場だった。公式には、後で都合のいい説明がつくのだろう。
遺体が運び出され、礼拝堂の中にアルフォンスのみが残された時である。祭壇の後ろからガタン! と音がしてエレノアがよろよろと出てきた。
「……フェルナンド様!」
「お前、なぜそこに! 見ていたのか!?」
エレノアの悲鳴のような声が響く中、アルフォンスが驚いて振り返る。妻のその腹部はすでに身ごもった形をしており、それを見る夫の目には冷徹さの奥に、救いようのない執着があった。
「あのか――いえ、あなた方の無事をここで祈っていたのです。そうしたら……あなたは何でこのようなことを!」
「王は、財宝を持ち帰った弟が英雄となることを恐れていた。なので私はこの作戦が成功したらフェルナンドを暗殺するように、と密かに命じられていたのだ。だが同時にこれはお前と、お前のその腹の中のフェルナンドとの子を守るためでもあったのだ」
エレノアは震えながら自分のおなかに手を当てる。その子がフェルナンドの子であることを、夫は知っている!
「あなた……なぜこの子がフェルナンド様の子だと?」
その言葉にアルフォンスはハッ! と馬鹿にしたような顔をした。
「お前とフェルナンドが昔どのような関係だったか私が知らないわけないだろう? しかもお前が妊娠した時期に私たちはほとんど閨を共にしていなかったじゃないか」
「そ、それは、あ、あなたが愛人の元に行っていたからで……で、でも、少し閨を共にしていなかったというだけで――」
「……なぁエレノア、気がついてるか? お前、さっき真っ先に彼奴の名前を呼んでいただろう? 一緒に向こうから帰ってきた私のことなど歯牙にもかけずに。お前、ここで誰の無事を祈っていたんだ? その腹の中の子の父親だろう?」
ここまで言われてエレノアはようやくアルフォンスが自分とフェルナンドのこと、そしておなかの子供のことまで把握していると理解した。スッ……とエレノアは無表情になる
「そう……この子の父親を殺したのね。そしてそれは私を守るため、だと?」
「ああ。お前がフェルナンドと密通していることを知れば、王家はお前を許さない。私は――私の妻であるお前を、失いたくなかった」
アルフォンスの声は静かだった。愛しているから斬ったのか、所有していたいから斬ったのか。その境界は、すでに彼の中でも曖昧になっていた。
エレノアは膝から力を失い座り込んだ。床に広がった愛した男の血が、静かに跪いたその体に染みこんでいった……




