礼拝堂
「……礼拝堂?」
「はい、旦那様と奥様はそちらでお嬢様を待っているので一人で来るように、との仰せでした。くれぐれも、くれぐれも一人で来るように、と」
アリアが屋敷の中に入ると出迎えた家令が丁寧に礼をした後にそう伝えてきた。
この館の裏手にはそこそこの大きさがある湖と、小さいながらもこの国の国教である「聖光教」の礼拝堂が建っており、子供の頃から危ないのでその湖に近づいてはいけないと言われていたので礼拝堂にもあまり行くことはなかった。
一体なぜこんな夜更けにあの礼拝堂に? 父と母の考えていることがさっぱりわからなかったが行かねば話もできないので言われたとおり一人で礼拝堂に向かうこととした。
(久方ぶりに来てみたけれどこの礼拝堂周辺はどこか不思議な……いえ、どこか不自然が感じがするのね。何かしら胸がざわつくというか……)
そんなことを思いながら暗い小道を蝋燭を灯したランプの明かりだけを頼りに歩き、やがて礼拝堂に着くとその中には父親であるヴァルディェ家当主、アルフォンス・ド・ヴァルディエと母親であるエレノアがほの暗い蝋燭の明かりに照らされた祭壇の最前列の席に向かって並んで座っていた。
滅多に見たことのない二人並んで座っている光景に奇妙な違和感を覚えながらもアリアは二人に声をかける。
「お父様、お母様。ただいま戻りました。せめて馬車くらいは残しておいてほしかったですが、まあそれはおいておきましょう。それで? 今夜あの席で行われた茶番は一体どういうことなのか詳しい説明をお願いしたいのですが? 特にセレスティアについてのことを」
普段のアリアの態度からは想像もできないようなきつい口調で問い詰められた両親――父親のアルフォンスは顔だけを礼拝堂の入り口に立っているアリアに向ける。
「あ、ああ。アリア、戻ったのか……そうだな、話してやるからまずはこちらに来て座りなさい。あまり大きな声では言えないのでここに、私の隣に座るといい」
愛想笑いなような顔をしてアルフォンスはエレノアとの間にアリアが座れるだけのスペースを作りそこにアリアを座らせようとした。
今までそんな態度を見せたこともなかった父親に対してアリアの警戒心が一気に上がったが、ここで手をこまねいていても話が進みそうにないので仕方なく二人の間に座ったのだが、母のエレノアはこの間アリアのことを一回も見ようともせず無表情にただ黙って向かいの祭壇をじっと凝視している。
元々エレノアはアリアが物心ついた時から彼女に対して無関心であり、世話も教育も人任せで頻繁に外出をするような人であった。
だが、流石に今夜はそれでは困るのだ。セレスティアについてどうやって、どうして彼女を自分の侍女にしたのか、さらに自分には秘密でなぜ公爵家の養女にしたのかを問いたださねばならないのだから。
「では、まずはお母様に伺います。セレスティア・ベルジュラク――彼女は一体何なのですか?」
セレスティア――その名をアリアが言った時にエレノアの顔がピクリと動き、そしてゆっくりとアリアの方へと向き直った。
――ひっ! とアリアは思わず息をのむ。アリアを見つめるエレノアの顔。それは今までの無表情とは一変してある感情に支配された顔。そう「憎しみ」に満ちた顔。
まさにその言葉通りの顔であった。
「セレスティア……あの子がなんなのか、ですって? いいでしょう。教えてあげるわ。さあアルフォンス、今よ!」
エレノアのその言葉を合図にしてアルフォンスが後ろからアリアをいきなり羽交い締めにする。
「――え! な、なに!? お父様、何をするの!?」
「すまぬアリア! これもこの家のためだ!」
暴れるアリアであったが男であるアルフォンスにがっちりと絡め取られてしまう。そんなアリアを今度は心の底から嬉しそうな顔をして見つめるエレノア。
「ああ、やっとこの時が来たのね。さようなら、私の偽物の娘」
そう言って母親は娘の口を無理矢理こじ開けて隠し持っていた小瓶の中に入っていた液体を流し込む。
甘く、そして苦い液体がアリアの喉を滑り落ちる。と、同時に喉から腹にかけてすさまじい熱と痛みが襲ってきた。
「――ぐっ! ゴホッ! な、なに!? これ、な――!」
熱と痛みに耐えかねてうずくまるアリアを見下ろしながらエレノアが心底楽しそうに話し出した。
「特製の毒薬のお味はいかがかしら? ああそうそう、セレスティアが何なのか、だったわね? いいわ、教えてあげる。あの子は――セレスティアは私が産んだ娘。私が本当に産んだ娘。心から愛する人と私の間に生まれた愛しい娘。お前のように――そこの男が戯れに平民の愛人に産ませた娘とは訳が違うのよ!」
私が母の娘ではない? セレスティアが本当の母の子? 私が父の愛人の子? 一体何を……? 痛みと熱で碌に考えがまとまらないアリアの髪の毛をエレノアは掴み上げ、アルフォンスの方に向ける。
「そうよ。この男はね、私の産んだ赤ん坊が時期的に自分の子供ではない、とわかった時に丁度同じ頃に生まれた自分の平民の愛人の子のお前と私の可愛い娘とを入れ替えたのよ」
まさか、そんな――意識が朦朧とする中アリアは否定してくれるはずだと一抹の希望を込めてアルフォンスの顔を見た。が、そこにあったのはアリアから顔を背ける父親の姿であった。アリアが絶望する中、エレノアはさらに追い打ちをかけるように言い放った。
「そしてね? この男はね、愛人だったお前の母親を口封じのために殺したのよ。ホントに酷いことするわよねぇ。しかも殺した後に埋葬するでもなく、ここの横にある湖に投げ捨てたんだから。セレスティアでさえ私の忠実な侍女がこっそりと自分の実家筋のベルジュラク家に逃がさなければこの人はその手にかけようとしていたのよ」
その告白にアリアは一瞬だけ全身を覆う痛みと熱を忘れた。
「まぁお前ももうすぐそこの湖に投げ捨てられるのだからある意味良かったじゃない、実の母親と会えるんだから!」
クスクスと楽しそうに笑うエレノア。相変わらず目を背け今の話を無言で肯定するアルフォンス。
「……ふ、ざ、ける、な……」
アリアの中で何かが音を立てて割れ、毒による痛みと熱ではない、何か違う膨大な力が溢れてくる。
信じたくはなかった。自分が愛人の子など信じられなかった。だが、もし今の話が真実なら、なぜ最初から言ってくれなかった。そうすれば自分だってもっと違う行動をとっていた。何も知らずに、何も知らせずにただ殺されるなんて、こんなのは間違っている。絶対に間違っている! こんなこと認められるか! 許せるものか!
アリアの魂と体、その両方が痛みと憎しみで染まったその時、あり得ないことが起きた。
白い光がアリアの体を包み込むと一瞬だけまるで昼間のごとき輝き、その輝きが消えるとそこからアリアの姿が消えていたからだ。
「な、なによこれ!?」
「これは……まさか転移魔門が開いたのか!? だが、あれは国内にあるのは全て封印したはず。一体どこに……もしや西大陸か!? それだけの魔力があの娘にあったというのか!」
「転移魔門……それはもしやあの十六年前の!?」
「あ、ああ。おそらくはアリアが持っていた膨大な魔力に反応したのだろう」
「ええい、どこまでも忌ま忌ましい娘だこと! でも……まあいいわ。どのみちあの毒を飲んだのでは助からないでしょうし、西大陸に飛ばされたのなら逆に遺体の始末も楽になるということ」
突如アリアが消えたのを見て動揺していた二人であったがエレノアの方が先に立ち直りアルフォンスに指示を出す。
「とりあえず予定通りにあの娘は婚約解消のショックで湖に身を投げた……ということでいいわね」
「……嫌だと言ってもそうするしかないのだろう?」
「ええ、その通りよ」
「エレノア……これで満足したか? 実の娘を私に殺させて、お前の娘を私の養女にして」
苦々しくも、どこか悲しそうな声で尋ねるアルフォンスを鼻で笑い、エレノアは答えた。
「満足かって? いいえ、まだよ。まだだわ。私の可愛い娘のセレスティアがこの国の最高位の女性になるまでは満足などするものですか! それが貴男と王家に対する私の復讐よ! あの十六年前のね!」




