表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
もう、何がなんだかわからない  作者: 連句貢茶


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
5/12

第5話 引っ越し祝い

 八月三日 午後七時。


「引っ越しおめでとう」


 三つのグラスが、軽い音を立ててぶつかった。


 直人は、大学の近くにある居酒屋で、佐伯と藤崎莉子に挟まれて座っていた。


 名目は、直人の引っ越し祝いだった。


 会計は佐伯と莉子が持つと言うので、直人も素直に参加している。


「やっと大学の近くに来たんだよな」


 佐伯がビールを一口飲んだ。


 同じ史学科の二年生で、直人とは一年のころから授業がよく重なっている。


「歩いて十五分くらい」


「いいな。朝、かなり楽になるじゃん」


「前は電車だったんだっけ?」


 莉子が尋ねた。


 彼女も同じ学部の二年生で、佐伯を通じて直人とも話すようになった。面白そうな話を見つけると、内容を理解するより先に加わってくるところがある。


「乗り換えが一回あった」


「じゃあ、引っ越して正解だね」


「四階まで階段だけどな」


「そのくらい運動だと思えばいいだろ」


「毎日やる側は簡単に言えないんだよ」


 運ばれてきた枝豆を、佐伯がすぐに自分の前へ寄せた。


「それで、家賃はいくらだっけ」


「四万九千円」


 佐伯の手が止まった。


「安いな」


「本当に安いね」


 莉子も素直に驚いた。


「一DKなんだろ?」


「そう」


「大学まで徒歩十五分で?」


「そう」


 佐伯が少しだけ声を落とす。


「事故物件じゃないだろうな」


「それはない。確認した」


「管理会社に?」


「不動産会社にも。事件も事故も、告知事項もなし」


「じゃあ、普通に掘り出し物件じゃん」


 莉子が言った。


「掘り出し物だね」


「そうかもしれない」


 直人も、今のところはそう考えていた。


 大学には近い。


 家賃は安い。


 室内はきれいにリフォームされている。


 四階まで階段という欠点を除けば、条件はかなりいい。


 注文した料理が次々と運ばれてきた。


 焼き鳥。


 揚げ出し豆腐。


 フライドポテト。


 佐伯が勝手に頼んだ大盛りの唐揚げ。


「これも引っ越し祝いだからな」


 佐伯が唐揚げを取りながら言った。


「ほとんどお前が食べるだろ」


「俺が食べることで祝ってる」


「どういう仕組みだよ」


「直人君も食べないと損だよ。今日は私たちが払うんだから」


 莉子に言われ、直人も唐揚げを一つ取った。


「そこはちゃんと払ってくれるんだな」


「引っ越し祝いだからね」


「俺も最初からそう言ってる」


「食べることで祝うとは言ってたけど」


 それからしばらくは、大学の授業や夏休みの課題について話した。


 佐伯が提出期限を一週間勘違いしていたこと。


 莉子が面白そうという理由だけで、来期の講義を決めようとしていること。


 直人がまだ段ボールを半分も開けていないこと。


 引っ越し祝いらしい、普通の会話だった。


 直人は二杯目のグラスを半分ほど飲んだところで、ふと思い出した。


「そういえば、あの部屋、少しだけおかしなことがある」


 佐伯がすぐに顔を上げた。


「何だよ」


「前に住んでた人の話」


「事故物件じゃないって確認したんだろ?」


「事故の話じゃない。同じ階の人に聞いたら、全員違うことを言った」


 莉子がグラスを置いた。


「全員?」


「男が住んでたと言う人もいれば、ずっと空室だったと言う人もいた。若い女が住んでたと言う人もいるし、短期間で何人も入れ替わってたように見えたって人もいる」


「何それ、面白い」


 莉子が身を乗り出した。


「面白がる話か?」


「だって、全員違うんでしょ?」


「管理会社の記録では、二年くらい前に男が退去して、それから俺が入るまで空室だ」


「じゃあ、女の人を見たって話は?」


「見間違いじゃないか」


「一人だけ?」


「女を見たと言った人は二人いた。名前は別だったけど」


「ますます面白いじゃん」


 莉子は嬉しそうだった。


 佐伯は、さっきまでとは違う真面目な顔で直人を見ていた。


「その話、玲子先輩に相談した方がいいかもしれない」


「玲子先輩?」


「オカルト探究会の部長だ」


「お前が入ってるところか」


「ああ。前にも、そういう妙なことで困ってる人の相談を受けたことがある」


「解決したのか?」


「した。俺も一緒にいた」


 佐伯が見たと言うなら、少なくとも、そういう相談を受けたこと自体は本当なのだろう。


「どんな相談だったんだ?」


「誰もいない部屋から音がするとか、夜になると妙な気配を感じるとか。玲子先輩が現場を見て、原因を突き止めた」


「原因って?」


「霊だ」


 直人は焼き鳥を一本取った。


「それは解決したことになるのか?」


「なった。玲子先輩が処置してから、起きなくなったからな」


「そうなのか」


 直人はそれ以上否定しなかった。


 自分が見ていないことについて、佐伯が嘘をついていると決める理由もない。


「お前の部屋の話も、玲子先輩なら何か分かるかもしれない」


「玲子先輩、こういう話は大好きだよ」


 莉子が横から言った。


「相談したら、絶対に食いつくと思う」


「好きなのか」


「ものすごく」


「何も起きないと機嫌悪くなるくらい」


 佐伯が言うと、莉子も笑ってうなずいた。


 佐伯はそこで言葉を切った。


 グラスを持ったまま少し迷い、やがて直人へ向き直る。


「それと、これは相談とは別の話なんだけど」


「何だ」


「オカルト探究会、先週二人辞めたんだ」


「そうなのか」


「大学の正式な団体として残るには、最低でも四人必要なんだけど、今は一人足りない」


 さっきよりもさらに真面目な声だった。


「活動に毎回来てくれとは言わない。名前だけっていうのも変だけど、来られるときだけでいい」


 佐伯は鞄を開け、中から一枚の紙を取り出した。


 オカルト探究会入部届。


 そう書かれている。


「相談のことは、俺から玲子先輩に話しておく。だから、もしよかったら、入ることも考えてくれないか」


 佐伯は入部届を差し出し、軽く頭を下げた。


 最初からこれを渡すつもりだったらしい。


 だが、さっきまでの話を利用して、無理に入部させようとしているようには見えなかった。


 本当に人数が足りなくて困っているのだろう。


「入ると結構面白いよ」


 莉子も言った。


「莉子も入ってるのか」


「うん。私も面白そうだったから入ったよ」


「それだけ?」


「それ以外に必要?」


「入部理由としては軽すぎないか」


「でも、実際に結構面白いよ。少なくとも退屈はしない」


「活動内容は?」


「オカルトっぽいことを探したり、見に行ったり」


「説明が雑だな」


「その方が面白そうでしょ?」


「分からない方を面白がるなよ」


 直人は佐伯から入部届を受け取った。


「今すぐ書かなくてもいいんだろ」


「もちろん。考えてくれるだけでいい」


「じゃあ、考えておく」


「ありがとう」


「まだ入るとは言ってないからな」


「分かってる」


 佐伯はそう答えたが、少し安心した顔をしていた。


 直人は入部届を二つ折りにし、鞄へ入れた。


 前の住人について、全員の証言が違う部屋。


 それをオカルト探究会へ相談する必要があるのか、直人にはまだ分からなかった。


 ただ、佐伯がそこまで言う相手が、どんな人物なのかには少しだけ興味があった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ