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もう、何がなんだかわからない  作者: 連句貢茶


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11/12

第11話 オカルトを信じろ

八月四日 午後七時半。


 大学の正門前には、まだ誰も来ていなかった。


 直人は近くの街灯の下に立ち、佐伯へメッセージを送った。


『もう着いた。少し早めに来てくれ。聞きたいことがある』


 数分後、佐伯から返信が届いた。


『もうすぐ着く。もう少し待ってくれ』


 直人はスマートフォンをポケットへ戻した。


 それから五分ほどすると、駅の方から佐伯と莉子が一緒に歩いてきた。


 佐伯は直人を見つけると、片手を上げた。


「直人」


「二人で来たのか」


「たまたま途中で会ったの」


 莉子が答えた。


 佐伯は直人の前まで来ると、背負っていた鞄の位置を直した。


「それで、何か用なのか?」


 直人が答えようとしたとき、正門の外を歩いていた一人の女性が足を止めた。


 明るい赤茶色の短い髪。


 耳元には、小さなピアスがいくつも光っている。


 街灯の下でも分かるくらい整った顔立ちで、年齢は直人と同じくらいに見えた。


 女性は直人の顔をじっと見つめていた。


「……ナオ?」


 直人は声のした方を見た。


 女性と目が合った。


 しかし、まったく知らない顔だった。


 直人は女性の顔を見つめた。


 どこかで会ったことがあるのか。


 大学の知り合いか。


 高校か、中学の同級生だったのか。


 いくら記憶を探しても、何も浮かばない。


 女性は直人が黙っているのを見て、少し驚いたような表情をした。


 それでも、ゆっくりと三人の方へ近づいてくる。


「やっぱり、ナオだよね?」


 直人は答えなかった。


 近くで顔を見れば思い出せるかもしれないと思った。


 しかし、女性が目の前まで来ても、何も分からなかった。


 佐伯が直人を見る。


「知り合いか?」


 直人は女性の顔を見つめたまま、答えなかった。


 女性も直人から目を離さなかった。


 莉子は二人を交互に見る。


「直人君、この人、昼間の子とは別だよね?」


 直人は何も言わなかった。


「昼間の子?」


 女性が莉子を見る。


「うん。昼間も別の女の子が、直人君のことを彼氏だって言ってたの」


 女性の表情が止まった。


 それから、直人を見る。


 直人はまだ、目の前の女性が誰なのか思い出そうとしていた。


「この人も、直人君の彼女なの?」


 莉子が尋ねた。


 直人は答えられなかった。


 知らない。


 だが、女性の方は明らかに直人を知っている。


 昼間に会った女性と同じだった。


 佐伯も直人を見る。


「お前、昼間の子とは別に彼女がいるのか?」


 直人は黙ったままだった。


 女性は少し傷ついたような表情を浮かべた。


 何かを尋ねようとして、口を閉じる。


 それから、佐伯と莉子へ顔を向けた。


「あの……ナオは、今、どこのサークルに入ってるんですか?」


「オカルト探究会です」


 佐伯が答えた。


「今日、正式に入ったばかりだけどね」


 莉子が付け加える。


「オカルト探究会……」


 女性は小さく繰り返した。


 もう一度、直人を見る。


 直人は、その声にも聞き覚えがないか考えた。


 やはり、何も思い出せなかった。


 女性は直人の顔を見たあと、言いかけていた言葉をのみ込んだ。


「……今日は、もういい」


 佐伯と莉子へ小さく頭を下げる。


「教えてくれて、ありがとう」


 それから、直人を見た。


「ナオ、また来るから」


 直人が何か言うより早く、女性は駅の方へ歩き出した。


 直人は、その後ろ姿を見送った。


 歩き方にも、後ろ姿にも覚えはなかった。


 女性の姿が見えなくなると、佐伯が直人を見る。


「お前、今の子も彼女なのか?」


「昼間の子とは別の人だったね」


 莉子が言った。


「お前、彼女が何人いるんだよ」


「直人君、思ってたよりすごくモテるんだね」


 直人は女性が去っていった方を見たまま、何も答えなかった。


「おい」


 佐伯が顔を覗き込む。


「今の子とは、どういう関係なんだ?」


「……分からない」


「またかよ」


「俺にも、何がなんだか分からないんだよ」


「昼間の子も、今の子も知らないのか?」


「全然覚えがない」


「二人とも、お前のことは知ってるみたいだったぞ」


「だから困ってるんだよ」


 莉子は少し考えるように首を傾げた。


「直人君が忘れてるだけじゃない?」


「付き合ってた相手を二人も忘れるかよ」


「二人とも付き合ってたのか?」


 佐伯が聞き返す。


「そういう意味じゃない」


「昼間の子は、自分から彼女だって言ってたよ」


 莉子が言った。


「今の子も、お前に別の彼女がいるって聞いたら、傷ついた顔をしてたぞ」


「俺に言われても分からない」


「お前、大丈夫なのか?」


「何がだよ」


「女関係」


「関係自体が分からないって言ってるだろ」


「モテる男は大変だな」


「友蔵に言われたくない」


「そこで俺の名前を出すな」


「莉子も変なことを言うなよ」


「だって、気になったから」


「面白がってるだけだろ」


「少しはね」


「否定しないのかよ」


 莉子は笑っていた。


 直人はもう一度、女性が消えた方を見る。


 ナオ。


 そう呼ばれた。


 だが、その呼び方にも、顔にも、声にも覚えがなかった。


 考えても答えは出ない。


 直人は諦めて、佐伯へ向き直った。


「それより、聞きたいことがある」


「何だよ、聞きたいことって」


「玲子先輩って、いつもあんな感じなのか?」


「あんな感じって?」


「人の話を聞かないし、勝手に入部させるし、妙に偉そうだし」


「今日はすごく機嫌がよかったぞ」


「あれで?」


「いつもはもっとピリピリしてる」


「話にならないじゃないか」


「お前のおかげだよ。最近、面白い話がなかったからな」


「前の住人と電話の話で、あそこまで喜ぶのか」


「玲子先輩は怪異に飢えてるんだ」


「嫌な飢え方だな」


 直人は少し間を置いてから尋ねた。


「あの人のどこがいいんだよ」


「何の話だ?」


「お前、玲子先輩が好きなんだろ」


 佐伯はわずかに目をそらした。


「好きというか、尊敬してる」


「好きなんだな」


「違う。部長として信頼してるだけだ」


「玲子先輩にだけ、妙に丁寧だよな」


「先輩で部長なんだから当然だろ」


「何を言われても、必ずかばうし」


「玲子先輩には、ちゃんとした考えがあるからだ」


「顔も赤くなる」


「暑いだけだ」


 莉子が小さく吹き出した。


「分かりやすいね、友蔵君」


「お前まで何の話だよ」


「別に」


 莉子は笑ったまま答えた。


 佐伯は咳払いをして話を変えた。


「玲子先輩は、もともとオカルト研究会にいたんだ」


「探究会じゃなくて?」


「研究会。別の団体だ」


「何で辞めたんだよ」


「研究会の連中と意見が合わなかったらしい。玲子先輩の霊能力を疑ったり、活動のやり方に口を出したりしたから、喧嘩して辞めた」


「それで、自分で探究会を作ったのか」


「そういうこと」


「研究会の人たちの気持ちも、少し分かるけどな」


「あんなにいい人なのに?」


「今日会っただけでも、かなり自分勝手だろ」


「自分勝手なんじゃない。信念を持ってるんだ」


「ものは言いようだな」


 佐伯は直人の言葉を聞き流した。


「俺は玲子先輩に誘われて入った」


「何て誘われたんだ?」


「一緒に霊能力を鍛えようって」


「何を鍛えるんだよ」


「霊能力だよ」


「そんなもの、鍛えられるのか?」


「玲子先輩は、オカルトを正しく探究するには霊能力が必要だと言ってる」


「もう嫌な予感しかしない」


「玲子先輩が考えた訓練もある。俺と莉子もやってる」


「藤崎もやってるのか?」


「面白いからね」


 莉子が答えた。


「遊んでるだけじゃないか」


「お前もそのうち参加することになるぞ」


「絶対にやらない」


「部屋で何か起きても、すぐ分かるようになるかもしれない」


「マジかよ……」


 正式に入部すると言ってしまったことを、直人は早くも後悔していた。


 佐伯が思い出したように顔を近づける。


「ところで、さっきの紙袋、何が入ってたんだ?」


「友蔵に聞かせるような話じゃない」


「友蔵って呼ぶな」


「お前が聞くからだ」


「俺だけ何も教えてもらってないんだぞ」


「知らない方が幸せなこともある」


「余計に気になるだろ」


「心の俳句でも作りながら待ってろ」


「お前、まだそれを引っ張るのかよ」


 佐伯が文句を言うと、莉子が隣で笑った。


「でも、直人君も人のことを言えないんじゃない?」


「何がだよ」


「今日だけで、直人君を知ってる女の子が二人も現れたでしょ」


「俺は二人とも知らないんだよ」


「そこが一番変なんだよね」


「ほう」


 すぐ後ろから声がした。


 三人が振り返る。


 いつの間に来たのか、玲子が直人たちの背後に立っていた。


「何の話をしている?」


「玲子先輩」


 佐伯がすぐに背筋を伸ばした。


「いつからいたんですか」


 直人が尋ねた。


「直人を知っている女が二人も現れたという話からだ」


「一番面倒なところから聞いてるじゃないですか」


「二人とも、直人君には全然覚えがないんだって」


 莉子が笑いながら説明した。


「昼間は、直人君の彼女だっていう女の子が突然現れたの。それで今度は、別の女の人が直人君を『ナオ』って呼んで近づいてきたんです」


「ほとんど同時に現れたのか?」


「同じ日だからね」


「それで、直人は二人とも知らないと言っているのか」


「そうみたい」


 玲子は直人へ顔を向けた。


「本当に、まったく覚えがないのか?」


「ありません」


「顔にも、声にも?」


「どちらも初めて見たと思います」


「名前を聞いても思い出さなかったのか?」


「昼間の子は名前を聞きましたけど、何も思い出しませんでした。さっきの人は名乗ってません」


「それなのに、一人はお前の彼女を名乗り、もう一人も親しげな呼び方をしていた」


「そうみたいです」


 玲子は直人をじっと見た。


 その目が、次第に輝き始める。


「ますます興味深いな」


「何がですか」


「お前だ、直人」


 佐伯が玲子を見る。


「玲子先輩、直人に興味があるんですか?」


「それももちろんある」


「もちろん……」


 佐伯の声がわずかに沈んだ。


「直人は待望の四人目だからな。それに、直人の部屋ではすでに説明のつかない現象が起きている」


 玲子は直人へ一歩近づいた。


「そのうえ、本人にはまったく覚えのない女が、ほとんど同時に二人も現れた。今回のことで、お前にますます興味を持ったぞ」


「全然うれしくないんですけど」


 直人は肩を落とした。


 玲子に興味を持たれて、よいことが起きるとは思えなかった。


「光栄に思え」


「思えません」


 佐伯が直人を見る。


「玲子先輩、直人はやっぱり危険です」


「何で俺が危険なんだよ」


「まったく覚えのない女が二人も現れたうえに、玲子先輩にまで興味を持たせた」


「俺が興味を持たせたわけじゃないだろ」


「それでも危険だ」


 玲子は佐伯へ顔を向けた。


「友蔵」


「はい、玲子先輩」


「私には、直人よりもお前の目の方が危険に見えるぞ」


「俺の目ですか?」


「さっきから、ずっと私を見ているだろう」


 佐伯の動きが止まった。


「そ、そんなに見てましたか?」


「見ていた」


 玲子はきっぱりと答えた。


「何か言いたいことがあるなら、口で言え。黙ったまま見続けられると落ち着かない」


 莉子が吹き出した。


「ちょっと、友蔵君……」


「何だよ」


「玲子先輩が来てから、ずっと見てたんだ」


「見てない!」


「玲子先輩本人が言ってるよ」


「たまたま視線が向いていただけだ」


「好きなものって、つい目で追っちゃうよね」


「何の話だ!」


 佐伯は顔を赤くして否定した。


 莉子はこらえきれなくなり、声を上げて笑い始めた。


「駄目……友蔵君、分かりやすすぎる……」


「何が分かりやすいんだよ!」


「何でもない」


 そう答えながらも、莉子は笑い続けていた。


 玲子は意味が分からない様子で、莉子と佐伯を交互に見る。


「何がおかしい?」


「玲子先輩は気にしなくていいです」


「そうか」


 玲子はあっさりとうなずいた。


 佐伯だけが顔を赤くしたまま、莉子をにらんでいる。


「友蔵」


 直人が呼んだ。


「何だよ」


「俺よりお前の方が危険らしいぞ」


「お前のせいで話がおかしくなったんだろ!」


「俺は何もしてない」


「二人とも騒ぐな」


 玲子は三人の前へ出た。


「それより、本題に入るぞ」


 玲子は三人を見回した。


「全員そろったな」


「はい、玲子先輩」


 佐伯がすぐに答えた。


 莉子がその横で、また小さく吹き出した。


「これから白鷺館の二号棟へ向かう。危険がないとは言い切れないが、外側から確認するだけなら問題はないだろう」


「中には入らないんですよね」


 莉子が確認した。


「その予定だ」


 そこで佐伯が勢いよく手を上げた。


「玲子先輩、いい報告があります」


「何だ、友蔵」


「今日、白鷺館の管理会社に電話しました」


「ほう」


「事情を説明したら、敷地と二号棟の中へ立ち入ってもいいそうです」


 玲子の顔が一気に明るくなった。


「本当か?」


「はい。担当者にも話を通してもらいました」


「よくやった、友蔵!」


 玲子は珍しく満面の笑みを浮かべ、佐伯の肩をたたいた。


 佐伯は顔を赤くしながら、背筋を伸ばした。


「玲子先輩のお役に立ててよかったです」


「お前、すごくうれしそうだな」


 直人が言った。


「当然だろ」


「名前で笑われたこと、もう忘れたのか」


「玲子先輩に褒めてもらったから、どうでもいい」


「単純だな」


 玲子はすでに白鷺館のことしか考えていないようだった。


「では予定を変更する。外だけではなく、二号棟の中も確認しよう」


「結局、入るんですか」


 直人はため息をついた。


「面倒だな。だいたい、幽霊なんかいるわけないでしょう」


「そこだ、直人」


 玲子が直人を指さした。


「何がですか」


「最初からオカルトを否定してはいけない」


「いないものはいません」


「今は見えないだけだ。お前も訓練を続ければ、必ず見えるようになる」


「見たくないです」


「自分を信じろ」


「自分は信じてます」


「仲間を信じろ」


 直人は玲子、莉子、佐伯を順番に見た。


「そこは少し考えます」


「そして、オカルトを信じろ」


「それは信じたくないです」


 玲子は眉を寄せた。


「一つも伝わっていないじゃないか」


「最後だけ急に無理があるんですよ」


 莉子が小さく笑った。


「直人君は、霊能力者になるまで時間がかかりそうだね」


「なるつもりはない」


「大丈夫だ。私が責任を持って鍛えてやる」


「責任を持たなくていいです」


 玲子は直人の返事を無視し、歩き始めた。


「出発前に、コンビニで最終点検をするぞ」


「最終点検?」


「必要な物は一通り用意しているだろうが、内部へ入ることになったからな。足りない物があれば買い足しておけ」


「もう準備してきましたけど」


「念のためだ。現地へ着いてから忘れ物に気づいても遅い」


「遠足みたいだな」


「長時間の調査になる可能性もある」


「一時間くらいで帰る話じゃなかったんですか」


「状況による」


「また話が変わってるだろ」


 四人は大学近くのコンビニへ向かった。


 店内に入ると、それぞれ鞄の中身を確認した。


 懐中電灯、予備の電池、飲み物。


 必要な物はすでに一通り用意していたため、大きな買い物にはならなかった。


 足りない物があった者だけが、必要な分を買い足していく。


 佐伯は点検とは関係のない菓子を籠へ入れようとしたが、玲子にすぐ棚へ戻された。


「必要な物だけにしろ」


「長時間の調査には必要です」


「必要ない」


「少しくらいいいじゃないですか」


「遊びに行くわけではない」


「遠足だって、直人も言ってました」


「言ってない。遠足みたいだと言っただけだ」


「同じだろ」


「一緒にするな」


 莉子が二人のやり取りを見て笑った。


 最終確認を終え、四人は店を出た。


「準備はできたな」


 玲子が満足そうに三人を見回した。


「では、白鷺館へ向かう」


 こうして四人は、夜の白鷺館へ向けて出発することになった。

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