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転生したら本能寺で織田信忠だった・・・・あれ、詰んでない?  作者: ハルラララ


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幕間1 明智光秀の憂鬱①


ーーーーどうして、こうなったのか。


明智光秀は我が事ながら、自身の現状が不可思議でならない思いでいる。


思えば忍耐に忍耐を重ねた半生であった。

青年期に斎藤家の親子相克に巻き込まれ、道三側についた自家は没落。


それから20年を超える歳月を、諸国を放浪し仕えるべき家を探し続けた。

日々の糧に事欠いた。雨露をしのぐ家にも難儀した。


そうしてようやく見つけたと思えた朝倉家でのこれまた忍耐の日々。

古参を大切にするという事は新参には厳しいという事。

どのような役目をこなしてもろくな評価を受ける事もなく、ただただ代々長く朝倉家に仕えている

事を自慢する上役にいいように使われる日常。

日々の糧に事欠かなくはなった。古く、決していい家ではなかったが、普通の暮らしはできていた。


ーーーただ、生きる事への飢えは、より強くなった。

このまま、朽ちて死んでいく事が怖くなった。


転機は急に訪れた。

連歌の会でたまたま数合わせに呼ばれた際に、客として呼ばれていた細川藤孝。

彼と奇跡的に意気投合して、その縁で織田家の使者に選ばれる事になった。


そこで出会った人物の鮮烈さは、今でも瞼に残っている。


『お前、飢えておるのう。朝倉家では物足りなかろう』


『うちに来い。その能力、儂が存分に使い切ってやるぞ』


ーーーーその日、私は運命に出会ったと思ったものだ。



その後、将軍家と両属という立場ではあったが、私は朝倉家から織田家の家臣へと立場が変わった。

朝倉家から一切の引き留めがなかった事に一抹の寂しさがなかったかと言えば嘘になるが、

受けた恩は仕事で十二分に返したと思うし何の未練もなくなったと思う事にした。


それを信長様に話した事があったが、つまらなそうに


『馬に金の価値が分かるかよ』


と言うだけだった。


それからの私の日々は変わった。

信長様率いる織田家はとにかく激務で、とにかく苛烈だった。


信長様の指示も難題が多く、『出来ぬと申すか!』と殴られ蹴り飛ばされた事も

一度や二度の話ではない。

その辺りは上品な朝倉家や将軍家とは、なにもかもが違っていた。


それでも、やった働きはきちんと評価してくれた。

成果はそれに見合った報酬と地位を与えてくれた。


そうなれば不思議なもので、どんな言葉も気にならなくなった。

「お前ならば、これくらいできんでどうする」と言われているような気になったものだ。

朝倉家でも、将軍家でも言葉は貰っても正当な評価は貰えなかった。

織田家では、言葉は貰えずとも働きに見合う評価を貰えた。


やりがいがあった。生きている実感を感じた。

がむしゃらに、がむしゃらに、がむしゃらに、

信長様の期待に応えれる日が来るように、罵詈雑言を受けながら進んでいった。


そうして、10年の歳月が流れた。

いつのまにか、織田家の重臣と呼ばれる地位になっていた。

数年はかかったが、独力で丹波一国を落とし、世間に名を知られるようになった。


そうして、ある年の年賀の席で、


『見事である。惟任日向、まさに織田家の武士の鏡よな』


そう、皆の前で、あの信長様が純粋に自分の事を称賛してくれた。


ーーー身体が震えた。

この年にもなって涙が頬を伝って止まらなかった。


この主に出会えてよかった。

我が人生は、意味のあるものであったと思ったものだ。



ーーーー思えば、あれが私の、人生の絶頂の時であった。

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