⑫アイ ドント ライク ノブタカサン(1/5)
岐阜城の最上階。
城の城主のみが入る事を許される間に、織田三七侍従信孝はいた。
蔵に保管されていた葡萄酒を持ち込み硝子のグラスに注ぎ、扉を開き岐阜の景観を眺めている。
かつては父である信長がここから天下の差配をしていたと思うと、
信孝としてもそれなりに感じ入るものがあった。
その城の、その場所に今城主として自分がいると思うと尚更感慨深い。
「私を岐阜の城主になるきっかけを与えた。その一点のみにおいては、
あの日向めを褒めてやってもよいのう」
そんな戯言も思わず口から零れるほどには機嫌が良い。
なにせこのような事が起きなければ、自身が
岐阜の主になる事など夢のまた夢であったであろう。
長らく伊勢の一群を与えられていたにすぎない自分が、
今や織田家が長らく本拠地にしていた美濃の国、その一国の主である。
例え中断となった四国征伐を完遂したとて、自分に配分される予定であった所領は、
海を越えた四国の讃岐一国(約15万石)。
それでも当時は倍以上の加増と国主になれる喜びに勇んだものだ。
そうであった事を思えば、美濃一国(約50万石)の国主である今とは天と地ほどの差がある。
散々本能寺直後は煮え湯を飲まされた明智に対しても、鷹揚な気持ちにもなるものである。
さらに現在では織田政権の代表の立場でもある。
信孝の今までの人生において、今が絶頂期である事は疑いようのない事実であった。
「…まあ、時代の潮目が変わった事に気づかぬ愚か者もいるようだが」
自分がこちらに来てから、反発する岐阜の諸将、豪族の多い事。
何事も『先例は~』や、『今までは~』など、現状の既得権益ばかりを主張する。
あげくには自分が元服前に父によって滅ぼされた家の遺児である斉藤利治という男に
相談や仲介を頼もうとしているのだという。
その一報を聞いた時には、そのような化石に、いつまで頼ろうとしているのかと冷笑したものだ。
(……いや、まてよ)
これは使えるかもしれぬ、とその時に思った。
不穏分子を纏めて処分するのと、世に自分信孝と兄信忠、いずれかが父信長の後継者を
名乗るに相応しいかを示すのにこれは丁度いい、と思ったものだ。
「阿呆は阿呆なりに、使い道があるという事じゃのう」
そうして、話し合いに応じると言い城に来た不満を訴えていた代表の者を誅殺し、
尾張に扇動に関する詰問の使者を送ったのはつい10日ほど前の事だ。
「さて、これで兄上はどのように仕掛けてくるのかの…」
これで向こうが馬鹿正直に謝罪などの対応してくるとは信孝も流石に思っていない。
恐らく、経緯を問う書状がくるか、弁明をする使者が来る事であろうと予想している。
「侍従様っ!」
階下より自分を呼びかける声が聞こえる。
「……何事ぞ」
気分よく物思いに浸っていた所を中断され、少々不快気に信孝は返事をする。
「中将様が……」
「どうした?弁明の書状なり使者がきたか?」
「……あの、中将様本人が単身で、岐阜城の前に来ておりますが、
いかが対応すればよろしいでしょうか」
「……………………は?」
埒外の状況に、流石に一瞬頭が真っ白になった信孝であった。




