天王山の合戦⑦
ーーーその後の戦況の推移は、序盤とはうってかわって一方的なものになった。
秀吉軍の後詰によって前方のみに集中できるようになった両翼の池田軍、羽柴分隊は明智方への
総攻撃を敢行。中央の精鋭ほどでなかった明智両翼は抗しきれずに後退を始める。
そうなると今度は中央が崩れ始める。両翼の後退により中央に孤立し、
三方を敵に囲まれる事になった斎藤軍率いる明智の精鋭兵にもさすがに動揺が走る。
その機を逃さずに中川清秀が自ら突撃を敢行。
将自らの突撃に奮い立った中川隊は最後の力を振り絞り全兵が斎藤家に襲い掛かった。
当初より数倍の敵を相手に善戦し続けていた斎藤隊にもはやその攻撃を受け止める
体力は残されておらず、兵達は徐々に背を向け逃げる兵が増え始める。
とどめとばかりに采配を秀吉より委任された丹羽隊が戦場を迂回し、明智軍の逃げ道を塞ぐ動きを
見せ、明智軍に見せるとばかりに太鼓と銅鑼を叩き、兵達にその存在を知らせる。
全前線が崩される中、退路が絶たれる軍を見た明智軍に恐慌が走る。
そうなるとどのような将でも兵の統率を維持する事はもはや不可能。
一人、また一人と背を向け逃げ始める人間はいつしか無秩序な集団の塊となり、
敗走する集団へと成り下がる。
明智優位で始まった戦場がいまや完全に壊滅状態となり、現在は各隊が
敗走する明智兵の追撃戦に向かっていた。
(……終わった、の)
明智軍の全軍が撤退に移り、秀吉軍の戦闘が全て終わった段階で
ようやく羽柴秀吉は兜を脱いだ。
「これで、日向めも、終わりか……」
羽柴秀吉にとって、明智光秀という存在は織田家家中の中で意識せざるを得ない相手であった。
どちらも織田家の中では新参者の出世頭。
方や文字通りの卑賤の身から。
方や将軍家の使者から引き抜かれた身。
とはいえ、40過ぎまで方々を浪人の身で流浪していたとの事で、
華々しさよりは苦労人の気が出ていた。
特段の後ろ盾があったわけではなく、文字通り身一つで、己が能力によって立身出世した者同士、
お互いがお互いを、意識し合っていたのは間違いない。
ーーーその出世の競争が、こんな終わり方をするとは、流石に想像もしていなかったが。
「信長さまぁ……猿めは、やり遂げましたぞぅっ……」
戦が終わった最後に思わず出てきた言葉は、今は亡き主に向けた戦勝報告であった。




