天王山の合戦④
「やーっぱり日向の陣立ては綺麗じゃのー」
「今は敵となった相手ではありますが、惚れ惚れいたしますな」
自軍に戻った秀吉は、自分の軍師の黒田官兵衛を連れて明智の陣を眺めていた。
明智光秀の性格がでるのであろう。明智軍の陣はまるで教本の絵を現実に映し出したかのような、
優美な鶴翼の陣を構えていた。
普通に指示をしても、急造の軍ではあちらこちらにほつれはでるものであるのだが、
明智軍にはその様子は微塵も見られない。
このような劣勢下で兵達の動揺がないわけがないのに、その状態でもあれだけの統率された
乱れのない陣構えなのは流石明智軍と言えた。
それと比較してしまうとこちらの陣はあちらこちらにほつれが見え、
皆思い思い好き勝手に動いている。
連合軍の弱みというか、皆が自家の都合一で動いている差が見えた。
「……これは開戦からしばらくは、明智軍優勢で進むでしょうな」
「まあ、致し方あるまい。こちらもあちらも、それは織り込み済みじゃろうしの」
そもそもこの大坂と京を結ぶ山崎の地は湿地が多く、大軍で一気呵成に進軍するには向きづらい地で、
大坂から京に攻め入る際の敵を少数で迎えるには最適な地と言えた。
その迎え撃つ準備をしている敵に攻めこむわけであるがゆえに、
緒戦の劣勢は誰の目にも明らかであろう。
「明智方は先鋒を崩して隊の崩れが全軍に波及するのを狙い、我々はそれにどこまで耐えれるかですな」
「我慢比べじゃな。先に音を上げた方が負けの戦よ」
ほつれの穴を広げていく事を狙う明智軍と、その穴を塞ぎ相手の疲労の限界を待つ織田軍。
限界がどちらが先にくるのかの我慢比べになるだろうというのが、秀吉と官兵衛の共通した
見解であった。
「多少兵が多いくらいじゃったら、負けておったのはこれ、多分こっちじゃの」
「されどいくら明智兵が練度が高い精鋭兵とはえ、倍の兵を覆す事は適いませぬ」
「……まあ、の」
それがために、無茶に無茶を重ねて強行軍でここまで戻ってきたのである。
京に居る明智軍は本来全軍合わせれば2万はくだらない兵力を持っており、
当然京周辺では最大兵力である。
それに丹後の一色、細川。摂津の中川、高山などは明智の与力としての関りが強い。
明智軍に対抗できる勢力がなかった場合、この諸勢力は雪崩を打って明智軍に合流する
可能性は十二分にありえた。
この山崎に集まった兵力は明智軍約1万5千に織田軍3万ではあるが、
周辺の武将の動向次第では、この兵力差が逆転していた恐れもあったわけである。
それを短期的に押し留めたのは織田家当主が健在であった事による、謀反人への参加の躊躇いと
結果的に押し留めたのは明智光秀の勢力を上回る秀吉軍の帰還であったのだと、官兵衛は思う。
(逆に言えば、織田親子の首級を挙げ、我らが軍が毛利に釘付けになっておれば、
この謀反、或いは成功したやもしれぬな……)
官兵衛は明智の謀反を軍師としての立場から、決して成功の目は無くはなかったのだと分析する。
「………そう言えば、中将様は日野城から動いていないとの事ですが、どうしたのでしょうな」




