天王山の合戦②
ただ、それだけの強行軍でここまで来たことによる懸念点が、長秀にはあった。
「筑前、ちなみにそなたの兵、どの程度働ける」
「ん~~?」
長秀の小声の問いに対し、秀吉は周囲を見渡し一度天幕から出、
問題ない事を確認して戻ってくると
「……正直な話の、ここに来るまでにそーとう疲弊しとる……
動かせる全軍無理くりここまで引っ張ってきとるが、ここまで結構無茶させとるからの、
半人前の働きできれば上々と思っといてくれればええ」
「それだけ動ければ上々よ」
ある程度想定通りの回答に、長秀は内心胸をなでおろす。
秀吉もその事は懸念していたのだろう。姫路に辿りつくまでは全速で戻ってきた秀吉軍であったが、
姫路から大坂までは在地の兵や武将の合流を待つように、その速度を落として周囲の兵を吸収しながら
ここ富田まで向かっていた。
とはいえ、とにかく数が正義である事には変わりない。
秀吉本軍に加え、池田、中川、高山などの摂津衆が軒並みこちら側につき合流したため、
既に数の上では明智軍の約1万5千に対しこちらは3万以上と数の上ではこちらが優位になっている。
現状丹羽軍も信孝軍も完全に動揺はなくなり、落ち着いて明智軍に向かい対峙している状態だ。
数日前まで明智軍との兵力差で兵の離散と士気の低下に頭を悩ませていた事を思えば、
たった一週間程度で隔世の感を感じる思いである。
「とにかく時間が勝負じゃったからの。時が経てば経つほど、日向に同心する輩は増えたじゃろうし、
なんとしてもあやつより少ない兵でやり合うのだけは避けたかったからの」
長秀軍や信孝軍の顛末を見れば分かるように、兵は単純な兵力の多寡で士気が大いに上下する。
たとえ精鋭の明智兵であったとしても、現在向こうの兵は大いに動揺している事であろう。
「それに勝三郎(池田)以外の摂津衆、ありゃ結構怪しかったぞ……
ま、自覚あるからこそ、積極的に先鋒を申し出たんじゃろうがの」
実際問題、摂津国は信長の統治時代も武将の離合集散が激しい地域で、つい数年前も
摂津の旗頭で重臣の一人に数えられていた荒木村重が謀反を起こしたばかりである。
だからこそ信長も自分の部下で最も信頼できる家臣の一人である乳兄弟である池田恒興を
旗頭として配置したわけなのだが、実際本能寺の変後も摂津衆は秀吉が来るまでは恒興の
命に従わず時世を観望するばかりであった。
「……そなたの本軍が本調子でないならば、休養して兵の回復を待つか?」
「そうしたい所ではあるんじゃがの、日向がそれを許さんじゃろ」




