天王山の合戦①
羽柴秀吉と丹羽長秀は天王寺の近くの富田にて合流し、
設営された天幕の中で今後について話し合うためにきていた。
「筑前、息災であったか」
「五郎左殿も、無事で何よりじゃ」
両者笑顔で握手をし肩を叩きあい、まずは共に健在を称えあった。
「そなた、にしてもようここまで無事に戻ってこれたの」
「博打続きよ。もーいっぺんやってみい、って言われても無理だで。二度とできるかいこんなもん」
そう言いながら悪態をつく秀吉の表情は、疲労困憊の中にも達成感がみられた。
前代未聞の状況の中、敵中孤立の中から全軍撤退を見事に成功させた充足感が、そこにはあるのだろう。
書状で簡易的に内容は聞き及んでいたが、改めて本人の口からここ数日について話を聞く。
後に中国大返しと呼ばれることになる撤退劇は、
まさに劇的でか細い成功の糸を掴んだようなものであった。
少なくとも、自分には不可能だ、と長秀は思った。
「上様が来る事が決まってたもんで、道中の道の整備や軍の兵糧の準備もしとったからの。
毛利と和睦さえできれば、姫路まで戻る算段はついていたのよ」
「……その和睦自体が、一番困難なのだがな」
いくら信長が来る前に事前に打診があり交渉に入っていたとしても、それを本能寺の変の情報が
入ってから一両日でまとめ上げ、相手に悟られずに終わらせれた事が見事にすぎる。
後からならば何とでも言えようが、和睦後に本能寺の変を聞いた毛利家の諸将は
狐につままれた思いであっただろう。
「兵も、よくこれだけついてきたものだ」
「そりゃあ?上様の敵討ちだで、皆一丸となってもらわにゃ困るからの」
そうこともなげにいう秀吉だが、彼の兵もほとんどは彼が中国征伐に向かってからの現地兵であり、
元々織田家に従っていた兵はそれほど多いわけではない。
実際、秀吉も当初は何度も現地の兵の離反で窮地に陥っており、苦労をしていたのを長秀は
知っている。
だからこそ、約2万という留守役を残した全兵力といっていいこれだけの戦力を、
この強行軍でここまで離脱なしに連れてこれたのは、見事というしかない。
この数年で、これだけ秀吉への忠誠心が高い軍団をまとめ上げたのだなと、
長秀は感嘆する思いであった。
「……ま、金ヶ崎の退き口よりは、なんとかなる気はしたしの。あれよりはマシじゃ」
「そう言えばそなた、その時も殿部隊であったの」
思えば、逆境でこそ輝く男であったの、と長秀は思う。
「…………そん時一緒に上様をお守りするため轡を共にした、あの日向がの……」
ただ、それだけの強行軍でここまで来たことによる懸念点が、長秀にはあった。
「筑前、ちなみにそなたの兵、どの程度働ける」




