幕間:丹羽長秀と織田信孝の会合(後編)
「…………私が、織田家を」
「そうです!その可能性のある御立場の方が、なにを呆とされているのか!」
丹羽長秀の言葉は半分は激励の意味の言葉であったが、客観的な事実でもあった。
信長、信忠の生死が現状不明である以上、むしろあの明智の謀反であるがゆえに
既に両名共に討ち取られている可能性が高い以上、
それを前提に動かなければならないのが戦国の世の習いである。
その状況を考えた際に、信孝が後継者になる可能性は十分にありえる。
むしろ、そうなる可能性の方が高いとも言えるだろう。
通常ならば嫡男の信忠が亡くなった場合、信忠の次の席次である三介信雄が継ぐのが
筋目からいえば正道ではある。
ただ、彼は織田家内でも著しく評判が悪い。
なにせ臣下の言に耳を傾ける事はほとんどなく、武芸や政務を家臣任せに疎かにし、
自身は芸事ばかりしている始末。
かと思えばあの織田信長の指示さえ何度も無視して急に独断で兵を動かし、
挙句の果てに大敗して信長の戦略を狂わせる事もあった問題児である。
そのような者が織田家を継いで権力を持ってしまった際には、どうなる事か分かったものではない。
なにせ父で絶対的権力者の信長の命すら無視する男である。
少なくとも、自分達重臣達の諫言や忠言に耳を貸さない事は容易に想像がつくわけで、
さらにそれを良い方向に向かわせるほどの能力も実績もないときている。
そのような彼に織田家の惣領が務まるかと聞けば、恐らく彼の直臣たちでさえ、
本心で頷く者はいないであろう。
太平の世で当主の能力が大きく問わる事のない世ならいざ知らず、今は戦国真っただ中である。
部下に当主が討ち取られた今の織田家にこのような跡取りを後継者にする余裕は、流石にない。
他に候補としては信長の弟である信包が挙げられるが、彼はどちらかと言えば
信長の弟とは思えないほど温和な性格で、現在は長秀の義父である信長の長兄である信広が
長島征伐の際に討死した後、織田家連枝衆の年長者として取りまとめを行っている人物である。
適当な人物がいない際の中継ぎ的な意味では候補としてこれ以上ない人物であるが、
現状当主の成人している息子達を押しのけて継ぐほどのもの立場ではないし、
本人の性格上、周囲満場で頼まれでもしない限りは、彼もそれを望まないであろう。
成人している織田家の貴公子で、織田の連枝衆の上位にいる信長の息子。
信忠以外で唯一織田家の方面司令官の大将に任じられているその立場。
十二分に、その立場になる可能性はありえると言えた。
だからこそ、早く立ち直って現状の問題に向き合ってほしかったのだが、
「……ふふふ」
「はははははっ!そうか、そうかっ!!私、いや、私がなあっ!!」
空虚さはなくなったものの、明らかに常軌を逸した笑い声をあげる。
心底愉快そうに高笑いを続ける信孝。
ーーーーもしかして自分は、かける言葉を致命的に間違えてしまったのではないか。
まだ沈んでいて貰った方がマシな、余計な事をしてしまったのではないか。
その笑い声をきいて、不安を拭い去れない丹羽長秀であった。




