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転生したら本能寺で織田信忠だった・・・・あれ、詰んでない?  作者: ハルラララ
幕間:本能寺前後の周辺状況

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幕間:織田信孝の野望①

ーーー生まれた頃から、自分の運命は決まっているのだなと思った。


ほぼ同時期に生まれた兄弟3人の中で、序列は生まれた頃から決まっていた。

前年に生まれた兄で嫡男の奇妙丸、同時期に生まれた次男の茶筅丸と、

三男の私、三七の順である。

茶筅と私の生まれは私の方が早く生まれたらしいが、母の貴賤の差で私が三男とされたらしい。


自分でいうのもあれではあるが、幼少の頃より自分は賢い子供であったと思う。

同年代という事もあり、私達三兄弟は小さい頃は同じ机を並べて、

同じような教育を受けて育てられた。


今になって振り返って見れば、その頃から能力と言うか、

性格に違いは出ていたのように思う。


ーーーじっくりと問いを考え、時間をかけて解いていく長兄、奇妙丸。

ーーーあまり集中力がなく、解ける問題を解いたらいつの間にかいなくなる次兄、茶筅丸。

ーーーそして、一番早く問題を解き、余暇の時間で他の学びをしていた自分。


奇妙の兄上の事はそんなに嫌いではなかった。

時間はかかるが一生懸命に勉学に向かう所は好感が持てたし、分からないところは素直に

こちらに聞いてきて、教えてあげると「やっぱり三七は頭が良くて凄いなあ」と純粋な

笑顔で褒めてくれたものだった。


ーーー後になって思い返せば、素直に純粋に自分の自尊心を満たしてくれていたのは、

奇妙の兄であったのだろう。


茶筅の兄上の事ははっきり言えば、嫌いであった。

与えられた課題もまともにこなそうともしないし、気が付けば好き勝手に出歩く始末。

菓子や食事も好き嫌いが多いかと思えば、勝手に人の物も持っていく。

自分勝手で自己中心的。


なんだ、この生き物は、と何度思った事であろう。このような育ちにならなかった事を

神様かなにかに感謝した事もあるくらいだ。


ーーー後になって思い返せば、自分の暗い自尊心の満たしてくれていたのは、

茶筅の兄であったのだろう。


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そこから数年たち、奇妙の兄だけ別の教育がなされる事になった。

奇妙丸は嫡男として父上の後継者としての教育を。


私と茶筅丸は織田家の連枝として、本家を支える教育を。

それには特段なんとも思わなかった。周囲の話からなんとなしにそうなるものと思って

いたし、自分こそ一番奇妙の兄上を支える有能な人物になろうと思ったくらいだ。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


10の年になった頃、これまた同時期の頃に私と茶筅の兄上は養子に出される事になった。


兄は北畠氏の養子になった。

北畠家と言えば南北朝の時代の北畠親房、北畠顕家を代表とする名門の家柄だ。


そんな家に、歴史を欠片も知らないであろう茶筅の兄が行く事になり、

私は神戸家の養子になった。

神戸家も伊勢では名家の一つではあるが、知名度も勢力も何段も北畠の家には劣る。


ーーーどうしてあの茶筅が北畠の養子で、自分は神戸の養子なのだろう。

ーーーなぜ、彼よりも自分は下の立場であるのだろう。


そのような疑問はその頃から少しづつ、自分の心の中に不満となって蓄積していった。

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