清州会議、前日の会話①(秀吉、秀長)
羽柴秀吉は尾張清州に向かう途上であった。
馬上の上で、のんびりと欠伸をしながら暖かい日差しの中、道中を過ごしている。
同行者としては弟の羽柴秀長を連れてきている。
毛利との国境には蜂須賀小六、黒田官兵衛を残し、現在は細かい国境の領地を
毛利家の小早川隆景と安国寺恵瓊と交渉している所であろう。
久しぶりの尾張の故郷で、久方ぶりののんびりした時間をこの兄弟は過ごしていた。
「兄者、気が抜けておりますな」
秀長が兄に声をかける。
ん~?と言いながら背伸びをして秀吉は答える。
「別にお前以外誰がいるわけでもなし、
構わんじゃろ。
明日は会議で気疲れるんじゃから、
今ぐらいえーじゃろ」
そう言って秀吉は欠伸をする。
確かに、本能寺の変以降ずっと激務続きだったのは間違いない。
警護の兵はいるのですが、と言いかけた秀長は口をつぐむ事にした。
「兄者、一つお伺いしてもよいですか?」
「ん~?なんじゃー?」
「今回の会議の参加者を知りたいのですが」
「そんなん知りたいんか?」
ほれ。
そう言って、書状の紙を秀長に投げ渡す。
宛名は家臣筆頭の柴田修理亮勝家様より、織田家の主だった家臣は今後の織田家の方向性を
決めるため、織田家本拠の清州上に集まるべしとの内容が書かれている。
そのほか、参加者として集まるべき人員についても書かれており、
「参加者は兄者の他は柴田様、丹羽様、池田様……後織田家から数名ですか。皆、織田家の残りの宿老ですな」
「今までは上様が全て決めてなさったからのー。
上様がおらんようになって、織田家の事を決めるのが初めてだで……ま、どうなることやら」
基本的には織田家の運営は信長の考えと判断で運営されていた。
終盤になり、各方面の軍団長に委任されるようにはなっていたが、
「そうは言っても基本上様のお考え通りに動かにゃど叱られるでのー、かといって言われた事だけ
やっとっても怠慢じゃと怒られるし……塩梅が難しいのよ」
佐久間はそれで上様の怒りを買って追放されたし、明智は段々上様の事が分からんようになって
たびたび叱責されておったし……と、秀吉はこともなげに言う。
「兄者は、問題なかったので?」
「わし?んーー……別に、悩んだ事はなかったの。なにせ、上様の草履取りの頃からずーっと上様のお考えばっかり考えておったからのー。何時に起きられて馬を走らせるから準備せねばならんのーとか、
何時に腹が減るから食事の準備とかから……考えとか習慣をなんとか先読みできんかばっか考えとっとら、
なんとなーく、上様のやりたい事が分かるようになったもんで、別に苦ではなかったのー」
この兄にとって、信長様の事を考えるのは日常を超えて呼吸のような、
自然にいつもするものになっていたのだな、と秀長は思った。
「わしには柴田の親父殿のような武勇があるわけでもなし、明智のような教養もない。上様の
お考えに忠実に動くことしかできんからの」
「……その割には、勝手に動いて何度も叱責されていたように思いますが」
そして、結構怒られていたような気がする。
周囲の者としては、どうなる事かいつも冷や冷やしていたのだが、
「だから、そこが塩梅よ。上様から御下知がくるじゃろ?そしたら、『あー、こんな御考えで、
こーゆーとるんじゃな』って考えるじゃろ?ただ、上様は現地に来とるわけじゃないから、少し
手直しした方がええかなーって思うじゃろ?頭で考えるより先に、手足は違う動きする事あるじゃろ、
それと同じよ」
「……同じですかな」
なにか違うような気はするが、兄にとってはそれは同じ事らしい。
「現に、謝って事情話したら、全部許されとるしの」
「……確かに、そうですな」
若干きわどかった事は何度かあったが、結果的にこの兄は確かに全て許されている。
「お考えの根本に背くような事しとったら、今わしはここにおらんで、そん時に首切られとるよ」
命令違反は特に厳しかった信長が秀吉には異様に甘かったのはそんな事情があったらしい。
自分には絶対できない綱渡りをこの兄者は平然としていたのだな、と秀長は改めて思った。




