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「結局、どこの誰だったんでしょうね?」

「ホントそれよな」


 ―――結局、黒魔術師と盗賊のコンビには逃げられた。


 駆け付けたボーマンたち協会スタッフと、メリコに配備されている警備隊の連中。

 総勢三十人くらいだったが、捜索したものの、それらしい人物を見つけることができなかったらしい。

 手を抜いたとかじゃなく、逃げ隠れするのが上手かったんだろう。何せ、相手の片方は盗賊だ。それらしいスキルもあるだろうし、そういう経験値もあったはず。

 警備隊はまだしも、協会スタッフはあくまでも予備の人員だって話で、正面から戦うだけの能力は無いらしい。

 そういうところも計算のうちだったのかもしれないな・・・


「捕まえられず、申し訳ない」

 次の日、解体を依頼したモンスターの処理が終わったっていう連絡を受けて、協会に出向いた。

 建屋に入ってすぐにボーマンと会ったが、すぐにそういう話になってしまい、

「まあ・・・しょうがないだろ」

「だがなぁ」

「終わったことだ。気にするなよ」

 今更ほじくり返したところでどうしようもないし、

「あんたらもあのテの連中の相手をするのは専門外だろ?追っかけるのもそうだろうし、俺も気にしちゃいないから、この話はもうやめようぜ」

 昨日、嫌になるくらい謝罪はされてるし、俺も追い込むような性格じゃあない。

「そう言ってもらえると助かる」

「おうおう。そうしとくんな」

「しかし、どういった連中なのかは調べる必要はあるな」

 寧ろ、やってほしいのはそっちのほうだ。

「先日話したとおり、連中はこの町の人間じゃないと思う。ならば他所だが、それもどこだかは分からん」

「そりゃまあ、そうなるよなぁ」

 宿屋に泊まる時、名前と住所と電話番号を書くが、ラヴィリアにはそういう習慣がないらしい。

 俺たちも色んな宿屋に泊まったが、書いたことは一度もない。寧ろ、書くことになったら焦っていただろう。

 そもそも、住民票みたいな概念もなさそうだし、宿屋もお金さえ出せば基本的に泊めてくれる。

 そういうところから辿るのは難しい・・・というより、困難だろう。

「調べたところで、たぶん町から出てるだろうな」

「キリヤくんもそう思うか?」

「まあ、少なくとも俺ならそうする」

 町で何かしらトラブルを起こした場合・・・特にトラブルを起こしたら、何をしようにも人目につく。酔っ払いとケンカをしたって大概そうなるだろうに、カフェを壊したり、人通りの多い道端で魔法やらナイフやらでドンパチ、チャンバラ・・・一般的に居られないだろ。

 警備隊に捕まったらタダじゃ済まないわけだし、逃げる一択だろう。この場合。

「ま、何にせよ、こっから探し当てるのは無理だし、この件は一旦終わりにしよう」

 俺たちからわざわざ追うことはしない。

 行く先で会えば、その場で考える。それくらいでいいだろう。

「さて、本題に入ろうか」

 本来の目的を果たさないとな。

「ああ、そうだな。解体が済んだから、受け渡しをしよう。裏の工場へ」

 工場に入ると、山積みされている素材が出迎えてくれた。

「こいつは大量だなぁ」

 ランドリザード二頭分の、採れるだけの肉、臓器。肉はいいけど、臓器はどうだ・・・?あんまり見たくなかった。

 更に骨、爪、鱗、牙。

 ポイズンスパイダーの甲殻、体毛、爪。

 脇に置いている瓶は・・・糸とかか?たぶん、体液っていう感じだろう。体液っていうと生々しいから嫌だよなぁ。

「素材として使えない・・・例えば砕けて商品価値の無い物は除外している」

「それでこんだけ採れるのかい?」

「ランドリザードは大型モンスターだし、ポイズンスパイダーは数が多かったし、これくらいは出るだろう。寧ろ、たくさん採れたほうだよ」

 トカゲはともかく、クモはヴェロニカが一撃で倒していたしな・・・

「オーケー、これだけあるのは分かった。で、これをどうするか、だな」

「もちろん、うちで引き取りますよね」

 ここぞとばかりにマーベルさんが俺の顔を覗き込んでくる・・・

 今日が楽しみで仕方がなかったろう、あんた・・・

「それはそれでいいけど」

「では、早速回収を」

「ちょっと待ってくれないか」

 ボーマンが回収しようとしているマーベルさんを止め、

「何か?」

「協会に卸してほしい物がいくつかあるんだ。考えてくれないか?」


 そういえば、協会も素材の買取をしてるって話だったな。


 というより、大抵はその場で買い取ってもらうらしい。

 協会で発行している依頼だとか、道中で遭遇して倒した場合だとか、大体は協会に持って行って解体を依頼する。

 俺たちみたいな旅人、カッコをつけて言うなら冒険者ってやつだろうが、そういう連中の目的の大半は討伐で得られる金銭で、素材の大半は不要らしい。

 中には高価な素材だけ、使える素材だけを引き取るってこともあるって話だが、大半はその場で売却する。その理由が、高値で引き取ってくれる商人を見つけるのが難しい、面倒だってことらしい。

 商人なんか市場に行けばたくさんいるが、高値で取引してくれるって条件を付けるとなかなか難しい。商人だって儲けが必要なわけだし、多少は値切ることはあるだろうし、素直に交渉に応じない連中もいるだろう。

 探すのも一苦労するだろうし、その場で売ったほうが楽で確実・・・そう思えば、確かにそうするかもしれない。

 たまたま、俺たちには商魂が服を着て歩いているような人がいるからいいものの・・・

「どの素材をご希望で、提示する値段は?」

「お、おう」

 いきなりスイッチを入れるな、怖い。マジで。ボーマンも若干引いてるだろ。

「ランドリザードの骨と、ポイズンスパイダーの甲殻、体液だ。いずれも可能な限り欲しい」

「・・・ふぅん」

 まあ、大して使い道もないし、全部売っても構わないんだが。

「それぞれの提示額は?」

「ランドリザードの骨は大きい物を五万フォドル、小さい物を五千フォドル。ポイズンスパイダーの甲殻は一点につき三千フォドル。体液は一瓶当たり一万フォドルでどうだろう」

 ・・・結構イイ額出すなぁ。

「ふむ・・・」

 マーベルさんはシンキングタイムか?

「なあ、今言った素材は何に使うんだ?」

「骨や甲殻は荷車の素材にする。体液は接着剤だ」

 なるほど。そういう目的か。

「破損が見られる荷車が何台かあってね。それの補修をしなくてはいけないんだが、代替えができる素材がなかなか手に入らなくて悩んでいたところに、君たちが狩ってきてくれたところだったんだ」

 素材としても、タイミングとしても丁度良かったってことか。

 それならそれでいいが、

「もう少し出せませんか?」

 そこで素直に頷かないのがこの人だよなぁ。

「む、ううん」

「私が他のルートで売却すれば、もっと高値が付きます。今のままであれば、協会に卸すのは難しいですね」

「この人、攻めるねぇ」

 ホント、たくましいなぁ。羨ましいかって尋ねられたら返答に困るけど。

「・・・よし、分かった。小さい物は見逃してほしいが、大きい骨は七万フォドル。甲殻は五千、体液は一万五千フォドルでどうだ?これ以上は無理だ」

 相当値段を上げたなぁ。これって税金だろ?大丈夫なのか?

「・・・少し物足りませんが、良しとしましょう」

「・・・ふぅ」

 ボーマン、分かる。分かるよぉ。

 疲れるだろ、この人。本当に疲れるんだよ。何かとつけて金、金、金だ。ヴェロニカが脅してなかったら今頃どれだけぼったくられていたことか・・・

「よし、必要な本数を先に分けさせてもらおう」

 工場のスタッフが必要な素材を取っていくと、

「大骨が三本、小骨が三十本、甲殻が十五本、瓶が五本、と」

 勘定をしている商人が一人・・・

「これからこういうやり取りを見続けないといけないんだねぇ」

「言うなよ、気が滅入る・・・」

 考えないようにしていたのに、周りに聞こえない声で言われるとそこそこキツイ。

「これだけ必要だ。後は回収してもらって構わない」

 いくつか残るものだと思ったが、ほとんど持っていかれた。

 まあ、目の前の修理に必要な数だけじゃなく、ストックとして置いておきたいんだろう。俺だってそうする。

「では、あとはこちらで引き取ります」

 マーベルさんが転送でどこかに素材を送った。

「あとでわたしたちも確認しておかないと、どうなるか分からないねぇ」

 裏でどうなっているか分かったもんじゃないよな。

 まあ、ヴェロニカの脅しはまあまあ効いてるはずだし、下手なことはしないとは思うが・・・

「それじゃ、世話になったね」

 ここでやるべきことは終わった。

 別の町へ向かうとしますか。

「こちらこそ、助かったよ。ありがとう」

 ボーマンをはじめ、他のスタッフが見送りに出てくれている。

「俺たちはクモ退治をしただけだ。大勢に送ってもらうような活躍はしてないぞ」

「そのクモに困っていたのは事実だ。素材も分けてもらえたし、君たちには感謝している。これくらいはさせてくれないか」

 大半はヴェロニカに始末してもらったわけだし、本当に大したことじゃないんだが。いや、俺とドッシュの命が危なかったか。

 そう考えたら大したことだわ。盛大に見送ってくれ。

「君たちの目的が達成できることを祈っているよ」

「おう、そっちもな」

「ボーマンさん、これを」

「ああ、そういえば、渡す物があったな」

 ボーマンは大きな巾着袋と石ころを女性スタッフから受け取って、

「これを君たちに」

 巾着袋と石ころを受け取ったが・・・

「こいつは?」

 巾着の封を解いてみると、結構な量の金貨が入っていた。

「君たちが倒してくれたランドリザードの大きい個体・・・あれの被害を確認しに、君たちが教えてくれた場所へ部下を派遣したんだが」

 そういえば、えらいことになってるかもしれない、と伝えておいたが。

「連絡のとおり、大変なことになっていたよ。部隊は全滅していた」

「・・・そうか」

 あの大きい個体・・・相当やってるとは思っていたが、まさかその通りだったとはな・・・

「生き残りはいらっしゃらなかったのですか?」

「ああ、いなかった。いや、正確に言うと」

「食べ残しがあったくらいで、ほとんどはヤツの腹の中・・・ってところか」

 ボーマンは静かに頷いて、

「凄惨な現場だった。護衛も必死に戦って、商人たちは走って逃げようとしたんだろうが、ひとたまりもなかったんだろう」

 攻撃力も防御力も高い。思いの外機敏に動く。食欲も旺盛。それでいてあの巨体・・・倒すのも一苦労。

 こっちにはヴェロニカがいるから何とかなったが、いなかったら俺もトールもジャンも、マーベルさんをはじめとした商人たちも仲良くトカゲの腹の中、だな。

 トカゲに食われた連中は残念なことだが、これも一種の生存競争のようなもの・・・

「わたしがいてよかったねぇ、キリさん」

 ・・・全くだよ。

 異世界、甘くないな。何回言うんだってくらい思うけど。

「ランドリザードの討伐と、被害報告の礼だと思ってくれ」

「それにしちゃ、結構な量じゃないか?」

「この町の住人の感謝の気持ちだよ」

「・・・それにしては、随分な金額になりますよ?この金貨・・・それに、この石は・・・」

 そんな高額なの?この金貨。

 それに、この石は一体なんだ?

「これは有志で集めた物だ。遠慮せずに受け取ってくれ」

「・・・まあ、せっかく集めてくれたモンだ。ありがたく受け取っておくよ。だが」

 何枚入っているか分からないし、一枚当たりの金額が分からない。それにこの石の正体も分からない。でも、高価な物だってことは確定事項なわけで。

「こいつはあんたに預けるよ」

 金貨を五枚、ボーマンに渡した。

「これは?」

「喫茶店とか、色んなところに被害が出たろ?そこそこの修理費のはずだ。そこに当ててやってくれないか?」

 窓が一つ全損。壁も焦げて、やり直すか、塗装しなおすかの手直しが必要。

 黒魔術師の男が一発、空に向けて撃ったフレアバレットも、どこかに落ちて被害を出しているかもしれない。

「あれはキリヤくんの責任ではないだろう。こんなに受け取れない」

「そりゃあそうだろうけど、何故か俺が狙われた結果だ。弁償する義務もないけど、申し訳ない気持ちもなくもないし・・・」

 俺たちがあそこにいなければ、被害はもっと少なく済んだかも・・・っていう、結果論ではある。言っちまえば「たられば」ってやつだ。

 それを言い始めると収拾がつかない。つかないから、

「ま、素直に受け取ってくんな。俺たちはこんだけあればしばらくいけるし、助け合いってことで」

「・・・そうか。なら、厚意に甘えよう」

 ボーマンは金貨をジャケットのポケットに入れて、

「では、良い旅を。何かあれば、相談してくれ。協会の連絡網を使えば、私に手紙を出すこともできる」

「おう、そうさせてもらうわ。またな」

 軽く手を振って、協会を後にした。

「良い人たちだったねぇ。わたしにお茶は出なかったけれど」

「余計なことを言うんじゃないよ」

 ミルクが出なかったことはともかく、ボーマンは割と話が分かる男だったとは思う。

 クモ退治の件はまた別として、マーベルさんの無茶振りにもある程度は譲歩していたし、金貨と石ころの特別報酬はうますぎる。

 ・・・裏がなければいいんだけどな。

「キリ、あれは裏なんかないよ」

 またテレパシーで読まれた。

「素直な感謝の気持ちだよ。素直に受け取ってよかったんだ」

「・・・だったらいいけどな」

 別に疑いたいわけじゃないんだが、いくら何でもうますぎるだろ。

 それが完全な善意なら、疑うのも申し訳ないが。

「結局、金貨はいくついただいたんです?」

「さあ?」

 あの場できっちり数えるほど、俺は野暮じゃない。

 宿屋とか野営地とかでじっくり数えることにしよう。

「それより、あの石ころは何だ?」


 金貨より気になるのは、あの石ころの存在だ。


 金貨は分かる。通貨か、ある種の資産かのどっちかだ。

 だけど、石ころはさすがに分からん。

 何かしら価値のある物じゃないと渡さないと思うんだが・・・

「あれはマナタイト鉱石の原石では?」

「・・・マナタイト?」

 また知らない名前が・・・

「マナタイトというのは、魔力を秘めた鉱石の一種です。主に武器の強化に使いますね」

「武器の強化とかできるのか・・・」

「できますよ。武器だけでなく、防具や装飾品にも」

「合成で使うんだよ、キリ」


 合成、とな?


 確か、複製の側にそういうスキルがあったような、なかったような・・・

「マナタイト単体でも十分に強い武器ができますが、この鉱石の魅力は合成素材にすることで、武器に特別な付加価値を与えることでしょう」

「例えば?」

 例えば、とマーベルさんは俺のベルトパッドからミドルウィップを取り外して、

「このミドルウィップは革製です。金属と比べると耐久性は落ちますね」

 そういえば、女盗賊のナイフでミドルウィップにダメージが入ったな。

 ちょっとした切れ込みだからまだ使えるとは思うんだが、また強いモンスターを相手にできるんだろうか?途中で千切れたりするとヤバいな・・・

「そういった革製品の弱点である耐久性を、皮製品特有の柔軟性を失わずに、重量を増加させずに強靭にすることができる。それが合成であり、それに使用するのがマナタイト鉱石というわけです」

「なるほど・・・」

 要は接着剤ってことか。鉱石だからそう思えないだけで、ざっくりとした内容は一緒だな。

 ただ、

「合成ってのはそんなに便利なのか?」

 革の鞭を金属製レベルまで強靭にしながら、革の使い勝手をそのままに、重量もそのまま・・・そんなうまい話があるのか?

「まあ、疑わしいかもしれないけれど、合成ってそういうものだからねぇ」

 それに関しちゃ考えても仕方がない・・・ってやつか。複製だってそうだもんな。

「原石ですから、研磨して鉱石だけにしないといけませんね」

「すぐ使えないか・・・まあ、その辺は別にいいかな。急ぐ話じゃないし」

 そもそも、使う用事もないしなぁ。

「キリの鞭だって、強化できるでしょ?ランドリザードの鱗と爪を使えば、相当攻撃力は上がると思うよ」

 それはそれでありがたいな。これから先のモンスターにも対処しやすくなるだろうし。

 ただ、追々の課題ってことは変わりないな、これは・・・

「さて・・・じゃあ、行きますか」

 旅を再開しないとな。

「次はどこに行くんだい?結局、情報は得られなかったし・・・」

 そんな上手く情報なんて手に入らないよなぁ。

「まあ・・・なるようになるさ。いや、していかないとどうしようもない、が正解か」

「なかなかしんどいところですね」

「ホントにな」

 それでも行かなきゃいけない。

 明日が見えない。


 それでも、行かなくちゃ。

 前に進まなくちゃ、何も見つからない。分からないままだ。


「どうやって進む?」

「まずはそこからだな」

「旅らしくて、いいですね」

 目的は定まってないけど、また始めますか。

 手探りの旅を。

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