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前回とは違う宿屋に入った俺たち。
とりあえず、適当な部屋を手配して、風呂でさっぱりした。
ヴェロニカといくつかの道具だけだと、警備隊に通報される可能性も無くはない。
まあ、最早見当違いの人物を探していると分かったわけだし、そこまで気にする必要はないかもしれないが、一応警戒するところはしておく。
適当な裏路地で荷物を召喚してもらい、今街に来た風を装った。
いい感じで汚いし、その辺りで店主が疑う様子はなかった。
しかし、風呂はイイわ!
廃工場で生活していた間は、風呂に入るなんてことはできなかった。
ヴェロニカは体のサイズが小さいから桶で問題ないにしても、俺はさすがにそれで収まらない。
シンクで入るわけにもいかないし、我慢するしかない現実・・・
それを一気に解放してくれる、備え付けの風呂のありがたさよ。
それを言い始めると、ベッドも言えること。
俺は木箱の上でも寝られる。まあ、しっかり休めるかどうかと尋ねられたら、そうでもない・・・ってところだが、キャンプの経験値が入っている分、楽は楽。
ベッドのほうが面積が広いし、伸び伸び寝られる。これはキャンプや野営じゃどうしようもない。
結局のところ、文化的な生活は利便性もあるし、慣れればそっちのほうが楽・・・
キャンパーを自称しちゃいるが、悲しいことに俺も現代っ子というのが現実らしい。
「で、今日はどうするんだい?」
一晩ゆっくりした後、俺たちは宿屋を出てとある場所に向かっていた。
「生活者協会に行ってみようかと思ってな」
仕立て屋が仕上げるまで、残り四日。
四日は動けないが、逆にこの四日を自由に使えると捉えることもできる。
そこで、生活者協会に行ってみようと思った。
理由はいくつかあるが、大きな理由としては、ヴェロニカが把握していないボルドウィン周辺の環境を知っておきたいことだ。
今はまだ尋ねることができていないが、森の中だけで生きてきた割に、ヴェロニカはラヴィリアの知識はそこそこある。一般常識くらいのことは知っているって感じか。
ただ、この辺り全土・・・いや、もっと広く、ラヴィリア全土のことを知っているというわけじゃないはず。
ボルドウィンを出た後のことは、しっかり計画を立てておきたい。そのためには、ボルドウィン周辺の土地や地形を知っておく必要がある。
地図に関しては店で手に入るが、細かな情報までは分からない。行き当たりばったりっていう旅のやり方もあるはあるが、ある程度の文明で整った土地を観光するわけじゃないし、想定されるストレスは回避、もしくは軽減できる対策は考えておきたい。
生活者協会は基本的なことは教えてくれるはず。
「いらっしゃいませ」
初回以降、全く用事が無かった生活者協会。
屋敷の扉を開けて、相談カウンターに向かうと、
「・・・あら」
相談カウンターにいる女性スタッフ。
俺を見るなり、雰囲気が重くした。
いいんだよ、そういうのは・・・
「ども。ちょっと相談というか、色々確認したいことがあるんで、いいですか?」
「もちろん、構いません」
「絶対構ってないよねぇ」
嫌なムード薄っすら出してんじゃないよ・・・
こっちは歩く盗聴器がいるんだぞ。すぐバレるし、この盗聴器のすごいところは大砲をぶっ放せるところだ。アパートの一部屋くらい、簡単に吹っ飛ばす。
ここが更地になるようなことだけはするなよ。機嫌を損ねるな。
「そっちが理解してるように、俺はこっちの世界じゃ何も分からない転移者だ。この世界のことをなるべく詳しく教えてほしいんですよ」
とりあえず、ちょっと噛みつくくらいはしてもいいだろ。軽くジャブを入れてみると、
「・・・何をお伝えすればよろしいですか?」
あっ。ちょっと効いたっぽい。
どこまで効いたか分からんけど。
「ボルドウィンだけじゃなく、ラヴィリア全体のことが知りたいんです。世界地図って言えばいいのかな?」
まず、ざっくりとした土地の把握から。
「少々お待ちください」
スタッフが備え付けのタブレットを操作して、俺の前へ。
「ラヴィリアはこのような形になっております」
「この形は・・・」
ざっくり言うと、英文字のUに似ている。
大きい大陸が三つあって、その周りに大小様々の島が浮かんでいる感じ。その三つの大陸の存在感が大きいから、Uのように見えるわけだな。
「ボルドウィンは左側の大陸であるノーラの下寄りに位置しています」
指の操作で拡大して、ノーラ大陸を中央に表示。
なるほど、俺が飛ばされたここはノーラ大陸で、Uでいうところの左側の縦長の棒の部分だったのか。
ボルドウィンはこの大陸の下側に位置している。
「反対側の大陸がポーラ大陸です」
向かい側の、Uで言うところの右側の棒の部分がポーラで、
「ノーラ、ポーラ大陸の南側に隣接するような位置にあるのがビューラ大陸になります」
Uの底の部分がビューラ大陸、と。
基本的な構成はノーラ、ポーラ、ビューラで、その周りにいくつも島があるわけか。
「じゃあ、この辺りにあるのがコトンとベズン?」
「そうなります」
位置からして、ヴェロニカがいた森って結構下寄りだったんだなぁ。
コトン、ベズンと経由してボルドウィンにたどり着いたが、北側に行こうってなると相当遠いな。
ノーラ大陸がどれくらいの面積か分からないから、比較しにくい。
「キリ、世界地図を把握してどうするんだい?」
「う~ん・・・こっちの世界で、大陸間移動の手段って何なんです?」
ヴェロニカに受け答えしてやりたいが、一旦置いておいて・・・
「大陸間の移動は船になりますね」
「船かぁ・・・」
まあ、そうなるわなぁ。
こっちに来て、それらしい交通手段を見たことがない。
よく分からない動物に荷台を付けた、簡単に言うところの馬車くらいは見たことがある。けど、飛行機や車はもちろん、チャリすら見たことがない。
こっちの世界の文明の利器は、テレビや洗濯機といった家電とか、車やチャリといった移動に特化した道具とかではなく、水道とか街灯といったインフラ設備と、今操作してもらっているタブレットみたいな情報機器に全振りしているのかもしれないな。
それでも船がある辺り、大陸間の移動はしたい、もしくは用事がある・・・っていう認識はあると見える。
「例えば、最寄りのビューラ大陸に移動したいってなった場合、どこに行けばいいですか?もっと南?」
「キリ、別の大陸に行こうと思ってるんだねぇ」
ヴェロニカさん、それは違いますよ。
俺はノーラ大陸から出るかもしれない、となった時のことを考えている。
コトンからボルドウィンまでがノーラ大陸の全てじゃないし、北に向かえばまだまだ町はあるわけだから、そこを調べる必要はあると思う。無論、ノーラ大陸にヴェロニカの両親がいて、突き止められればそれが一番いいし、そういう心配はノーラを調べ切ってからだということも分かっている。
ただ、そうならなかった場合、他の土地を探すということになる。
いきなり探し出すのも難しいし、大陸間移動をするとなると今以上の準備が必要になる。
言ってしまえば、予備知識を付けておくとか、心構えをしておく・・・って感じかな。
悪く言うなら、考えすぎ・・・とも言える。
「ビューラ大陸に向かいたいのであれば、コトンよりも更に南下すれば港町があり、そこから出る船に乗れば行けますが・・・」
「・・・が?」
なんか雲行きが怪しい。
「現在、南からの船は全便、欠航しているんです」
「・・・なんで?」
全便欠航って、相当なことがないとそうはならないぞ。
「それが、ノーラとビューラの間に原因不明の嵐が発生しておりまして」
「嵐?」
なるほど、台風みたいなものか・・・
「でも、それって一時的なモンでしょ?そのうち収まるだろうし」
「それがですね・・・かれこれ十数年くらいでしょうか?嵐が続いているんです」
十数年も・・・嵐が発生してんの?
「え・・・こっちの嵐ってそんな長期間発生するモンなの?」
台風でさえ、一日もあれば通過していく。
「ラヴィリアでも類を見ない現象なんです。現在、学者が原因の究明に努めておりますが、何分、嵐の規模や勢力が広くて強い分、進んでいないのが実情です・・・」
地球と違って、ラヴィリアの大陸は不思議な配置関係になっている。
大陸同士の位置関係とか、空気や海の成分とかの違いがあって、そういう状態になっているのか?
それにしても、十数年くらい続いている・・・ってことは、十数年前は発生していなかったということでもある。
何が原因でそういうことが起こっているんだ?
あいにく、天気予報士でもない俺が分かるわけがないんだが・・・
「ということですので、南からビューラに向かうのは不可能です。嵐が収まれば向かうことができますが、こればかりはいつになればとお答えできませんので」
「そりゃそうだわ」
となれば、
「北に向かえば、ポーラとかに行けます?」
残るはポーラ大陸という選択だが、
「それは可能です」
ポーラは問題ないらしい。
「北にノマドという港町があります」
スタッフがタブレットで地図を操作しつつ、
「ここから出る船で、ポーラの北側にある港町、ラムドに行くことができますよ」
大陸間移動をするなら、ノマドからラムドにっていうルートしかなさそうだ。
「船の料金とかって分かります?」
「少々お待ちください」
分かるのかよ。すげぇな、生活者協会・・・
パスポートの発行だけだと市役所っていうイメージで済んだだろうが、船の料金まで分かるとなると、観光案内所もいけるってことだろ?
この世界・・・日本、ないし地球とは別のすごさがやっぱりあるなぁ。
「ノマドからラムド行であれば、大人一人当たり二万七千フォドルからです。お子様は無料ですね」
「二万七千フォドルかぁ・・・」
結構高いなぁ。
「これ、最安値でしょ?もっといい部屋ならもっとするでしょ?」
ヴェロニカの指摘通り、スタッフが言ったのは二万七千フォドルから・・・つまり、もっと上のグレードがあるわけだ。
今行くかどうかは定かじゃないにしても、この船代は結構キツイなぁ。
「お値段は仕方がありません。ビューラに向かうよりもポーラのほうが遠く、安定性を求めるため船の設備も豪華にせざるを得ないので」
そう、スタッフさんが言うこともごもっとも。
この辺りは目を瞑るしかないが、高いものは高い。
だが、北からポーラに向かうことができるのは分かった。
「他に何かお調べすることはありますか?」
「ああ、そうだ。これも聞きたかったんだ」
前々から気になっていたことも聞いておきたい。
「ボルドウィンから北に行くってなれば、モンスターも出るって聞いたんですけど・・・やっぱ出ます?」
「出ますね」
即答かよ!
居住区で会った奥さん二人もそうだし、朝市でやり取りした行商たちもそうだが、みんな口を揃えてモンスターが出ると言う。
一通り武器を揃えたのもその対策なわけだから、それに対して今更ビビる必要はないし、ヴェロニカがいる以上そうそう簡単にやられることはないっていう安心感もあるんだが、嫌なモンは嫌だろう?
「俺が思ってるそれと一緒だったら嫌だなってんで一応確認なんですが・・・肉食?」
「種類によりますが、肉食もいます」
「人を襲う?」
「もちろん」
何がもちろんなんだよ・・・
「ですが、人に対してある程度馴れる種類もいます。例えばファッファというモンスターがそうなのですが、とても大きな体で四足歩行の、毛並みの長い動物をご覧になったことはありますか?」
「・・・んん?」
そんなざっくり話されても、パッと思い浮かばん・・・
「こちらです」
タブレットで操作して、画像を一枚出してくれた。
「・・・ああ、これかぁ」
具体的に言うなら、地球で言うところのサイだろう。それに長い体毛があると言えば分かりやすいか。
「こちらは非常に温厚なモンスターで、人に馴れるケースが非常に多く、力も強いので農家や運送業でよく使われているのです」
確かに、このモンスターは見たことがある。ロープを使って荷台を固定していたが、スタッフが言うような仕事で使われているんだろう。
人に馴れるっていうのがイマイチ実感が湧かないんだが・・・
「このモンスターってのがよく分からないんですけど、モンスターと動物って何が違うんです?」
俺の中で、モンスターは獰猛かつ人や生態系に対して害を出すもの、動物は犬とか猫とか、人がペットとして扱えるレベルのもの、だと思っている。
だから、今の説明で言うところのファッファは家畜に当たるはずだから、モンスターではない。
だが、モンスターだって話だから、この定義がよく分からないわけだ。
「あなたの世界とラヴィリアとで定義が違うかもしれませんが、この世界で言うところのモンスターは、人以外の動物のことを言います」
「・・・ということは、例えばさっきの話で出たファッファとかいうのも、屋台とかでも出てるケアルバードもモンスターってこと?」
「そういうことになります」
「・・・なるほど」
野生だろうとペットだろうと食用だろうと、人以外の動物は全てモンスターっていう認識か。
そういう話だったら単純で助かる。とりあえず、出てきたヤツは全部モンスターって思えばいい。
「先ほども説明させていただきましたが、人を襲うモンスターもいます。中には非常に強力で、生態系を脅かすモンスターもいます。旅をしていくのであれば、注意しなければいけないのはそういう存在です」
生態系を脅かすくらいの強力なモンスター、だと・・・?
「そういうモンスターは人になつくことはありませんし、人だろうと他のモンスターだろうと、獲物として捕食に掛かります」
「お、おう」
「武器も揃えられたようですが、戦闘経験はある程度積みましたか?あまり経験が無いようであれば、挑まずに逃げるほうがよろしいでしょう」
武器を揃えたところで、簡単にやられることもあるというわけか。
別に挑む予定も、戦うつもりもないからその点は心配していないけども、そういう存在がいるってことが怖い。
居住区で出会った奥さん二人が、剣士の旦那に活動許可が下りていないって話をしていたが、もしかすると、レベルの低い戦闘要員を使って死傷者が出ることを恐れた結果なんじゃないだろうか?
生態系を脅かすって相当だぞ。それこそ、ゲームとかで言うところの中ボスクラスとかじゃないか?
二人の奥さんの旦那さんたちがレベル低いって言いたいわけじゃないんだが、そういうのと戦うのって現実だと難しいだろう。
ゲームならレベルアップして能力が上がるとか、強い武器とか防具とか魔法とかの力で倒すとか、そういうことになる。こっちもパスポートでスキルや魔法を覚えて強くなれるし、強い道具があれば倒すこともできるかもしれないが、実際に肉体を持った人間が動くわけだから、限界はある。
人の戦闘能力が中ボスなりラスボスクラスのモンスターに対してどこまでやれるのか分からないが、ろくなことにはならないだろうな、と思える。
「相手によるけど、大体いけるんじゃないかな?」
・・・そういえば、俺の側にはチート級の大砲があったなぁ。
やってみないと分からないにしても、案外どうにかなるかもしれんな。
「北へ向かうようであれば、気を付けて行かれたほうがよろしいかと思います」
「ああ、そりゃそうだ」
となれば、北へ向かうことになれば、安全に移動するための対策が必要になるな。
「安全に移動できる対策とか分かります?例えば、ノマドに向かうとして」
「そうですね・・・」
スタッフは少し黙って、
「個人でできる対策としては、やはり移動の足を確保することでしょう。例えばこちらのドードを購入、もしくはチャーターするとか」
別のモンスターの画像を表示してくれた。
今度はダチョウみたいな大きい鳥だったが、足は思いの外ゴツイ。大きいトカゲの足くらい太くてがっしりしている。
「ドードってのがこっちの世界で一般的な移動用のモンスターってことですか」
「一般的にそうですね。他にもドッシュという・・・」
画像を別のモンスターのものに切替えて、
「走るスピードがあり、走れる距離も非常に長く、走力が非常に高いモンスターもおります」
今度もダチョウみたいな風貌のモンスターだが、今度はゴツイというよりもスタイリッシュな印象。鷹とか鷲みたいな猛禽類をダチョウにした感じ。
「すごいかっこいいな、これ」
チャーターのルールがよく分かってないから何とも言えないが、どうせ買わなきゃいけないならレベルの高いモンスターのほうがいいだろう。
走力が高いなら、断然こっちのほうがいい。
「ですが、高価な上、人馴れに時間が掛かるのが欠点でして」
「・・・えっ?」
「ブリーダーも育成には苦労があるようですし、野生なら馴れるのに時間が掛かります。ブリーダーから購入しても、馴れるのに時間が掛かるでしょう」
そんなにうまい話はないってことな・・・
大体、ゲームでもそうだしな。序盤でそんな高価な乗り物が使えるわけじゃない。主人公がチャリを手に入れるのに時間が掛かるとかもあるしなぁ。
「モンスターを自分で構えないのであれば、集団で移動するという手段もありますね」
「集団で?」
「例えば行商の方々は、同じ目的地同士で集まり、お金を出し合って護衛の剣士や黒魔術師を雇うようです。こういった方々に混ぜてもらえれば、ある程度の安全性は確保できるかと」
モンスターが出たとしても、雇った傭兵に任せればいいっていう感じか。
その代わり、こっちは賃金を出さなきゃいけないが、それは契約上仕方がないし、安全を買うと思えば妥当だろう。
こっちも傭兵もウィンウィン。素晴らしい関係性。
ただ、懸念が無いわけじゃない。
こっちにはヴェロニカがいる。
俺も最近はそれなりに演技ができるようになってきた・・・と思いたいが、目的地に着くまで他人と共同生活しなければいけないってのは結構ハードだ。
安全だと言われればそうだし、間違いないわけだが、ヴェロニカの存在をずっと伏せたまま活動するのは結構しんどい。
仮に俺は問題ないとしても、ヴェロニカが我慢できないこともあるはずだ。
ただでさえ俺相手でも何とも言えない感情を抱えているわけだし、余計な人間を加えたらどういうことが起こるか分からない。
別の意味で危険が増す・・・それはそれで怖い。
「・・・赤ちゃんがいると迷惑掛かりそうだし、他に方法は?」
「・・・他に現実的な手段があるとするなら、スキルで解決する・・・でしょうか?」
「・・・ほう」
スキルで解決できるのか?
そういえば、転送とかもあったな。ああいう系統ってこと?
「浮遊というスキルがあるんですが」
ドッシュの画像を消して、スキル画面を開いて俺の前に置いてくれた。
「これはある程度空中に浮かぶことができるというスキルなんですが」
そういえば、ヴェロニカも浮いて移動していたな・・・
「これ、わたしもできるよ」
・・・ということは、廃工場から脱出する時、わざわざ抱っこ紐みたいなことをしておんぶしなくてもよかったんじゃないのか?
「このスキルの先に飛行というスキルがありまして、これを取得すれば、空を飛ぶことができるようになります」
「・・・おおお」
いいじゃん!
空を飛ぶとか、誰でも一回は夢見ることだろ?
いかにも異世界って感じでイイね!
それに、ドードなりドッシュなりを買うとかチャーターするとか、見ず知らずの行商たちと一緒に旅をする必要もない。お金の心配もいらない。
「ですが、スキルポイントもある程度必要ですし、本当に飛行するのであれば、ある程度の経験が必要になります。いきなり使うのは難しいかと・・・」
「・・・んんん」
危険感知の件で、いきなり使うことが難しいってことは分かった。そりゃあ、飛行もそうだろう。しかも、飛行に関しては落下して死ぬことだってあり得る、そこが難点って言いたいのかもしれない。
ただ、俺が気にするのはスキルポイントなんだよなぁ。
確認してみたが、浮遊が15ポイントで、飛行が30ポイント・・・超高級スキルだ。
でも、移動手段としてはかなり優秀だし、高い消費ポイントに見合うスキルだってことは間違いない。
「キリ、わたしができるから飛行は要らないと思うよ。ただ、実際にみんなの前で披露してもいいかどうかが謎だけれど」
もうできたっけ?
いや、それはいいとして、公衆の面前で披露するのはやめよう!
「この辺りも課題だな・・・」
ノマドからラムドに向かうことになったとして、その移動手段も課題になるとは・・・
「以上が私どもから提案できる移動手段になりますが、他にご質問はありますか?」
「・・・色々あり過ぎて困るなぁ」
すでに課題が二つもできている。
あまり問題を増やしたくないのはあるが、直視しないといけないっていう現実よなぁ・・・
「じゃあ、最後の質問ね」
ふと気づくと、相談カウンターに行列ができていた。
そんなに長い間相談してました・・・?
とりあえず、また来ればいいわけだし、一旦最後にしておくけど、
「仮に旅をしていくとして、道中で稼ぐ手段ってあります?」
「わたしの運送業で稼げばいいんじゃないかな?」
あれ?まだ続いてるのか?ヴェロニカ運送・・・
動物たち、もといモンスターとお別れしたから、もう解散したもんだと思ってたんだが?
「道中でお金を稼ぐというのは、商売、もしくは傭兵という形が多いと思います」
「だよなぁ」
集団で移動するの件で大体想像できたが、現実は厳しいな。
「他にあるとすれば、歌を歌って稼ぐ・・・でしょうか」
「・・・ええ?」
何?全く想定してなかったんだけど・・・
「ジョブに吟遊詩人というものがあるのですが」
初めて聞いたジョブだ。
パスポートを隅々まで見てないし、そもそも職業系を省いていった結果、見ることすらなかったっていうジョブだろう。他にも色々ありそうだ。
「このジョブは歌うことに特化したものになります。歌を歌って披露することを生業とし、観客からお金をいただく・・・非常に単純ですね」
客からお金をもらうって、チップってこと?それとも昭和ではよくあったらしい流しの歌手?
どっちにしても、儲かるイメージが湧かないんだが・・・
「そこまで多くはないと思いますが、行商の集団の中に混じって活動している方もいます。中には熱心に活動している方も、多くのファンを持つ方もいらっしゃるようです。稼ぐこともできると思いますよ」
「・・・その逆もまた然り、かな?」
「・・・まあ、はい」
歌とか画家とか、そういうのって才能が物を言う世界だ。
どれだけ頑張っても、熱心に活動していても、下手だったりセンスがなかったら受け入れてもらえない。それは日本でも一緒だ。
俺はそういうセンスなんてものは欠片もないからどうしようもないし、この手段を実行することはないが、いくらくらい稼げるもんなのか?
仮に十人の商人と二人の護衛で合計十二人の団体に混ざったとして、そこで一曲披露するとしよう。
一曲千円として、十二人から回収できたとしたら一万二千フォドル。二曲、三曲と続けられたら更に倍。
そう考えたらそこそこ旨い気がするけど、今の想定金額は金額を固定しているし、披露したら必ずもらえるとした場合だ。
もらえる金額がピンキリだったら、高く出してくれるならいいが、千フォドルどころか百フォドルっていうことだってあるだろう。出すことすらしないヤツもいるかもしれない。
そもそも同行することも断られるケースだって想定できる。
実際はどうかは分からないけど、シビアな世界だぞ、たぶん・・・
「まあ・・・例えばジョブを活かすならそういう方法もある、というお話ですね。一般的にはモンスターを狩って換金する、という方法が簡単で分かりやすいですね」
真っ先に思い浮かんだのはそれだ。
モンスターの素材が人間の生活に使えるとしたら、当然狩るだろう。拠点を定めるより、移動しながらのほうが活動範囲が広がる分、遭遇する確率も高いし、狩ったらそれなりにお金になるというのなら、狩らない手はない。
ただ、この場合はモンスターに挑まないといけない。これを良しとするかどうか、だな。
「私どもからの提案は以上です」
「・・・ども、ありがとうございました~」
最後って自分から言った以上、粘り辛い。
カウンターから離れると、待っている連中にめちゃくちゃ睨まれた。
こういうところも日本と一緒だなぁ・・・どうでもいいが。
「キリ、外の空気を吸いに行こうよ」
そういえば、ヴェロニカとやり取りをしていなかったな。
「そうだな。あ、無料の飲み物みっけ」
生活者協会って割と設備が揃ってるな。
無料の飲み物もそうだし、空調も結構いい感じで効いてる。備え付けのデスクとか椅子、トレイもキレイだし、きっちり手入れはされている。タブレットで情報収集もできる。スタッフの対応が良ければ文句は無いんだけどなぁ。
「二階にバルコニーがあるみたいだよ。そこはどうかな?」
「ヴェロニカのミルクが作れん」
「水とかお茶でも大丈夫だよ。冷え冷えじゃなければ」
「・・・そうなの?だったらアレで済ませるか・・・」
赤ん坊の育て方の知識が無いから、本当にこういう時に困る。
*
「一服すっかぁ」
無料の飲み物コーナーでお茶をもらって、二階のバルコニーに向かった。
使い捨てのカップがあって、水とかお茶とかを入れてあるケトルがある。好きな物を入れて好きに飲め、という見慣れたスタイルだ。
これ、地味にありがたい。
水かお茶の二択だけど、その場でお金を掛けずに水分をいただける。お金に気を遣うのも面倒だが、店に行くのも億劫だって時がある。そういう時はこういうのでいいってなるんだよな。
「飲めるか?」
「ちょっとずつもらえたら飲めるよ」
スプーンを持って来てないから、上手いこと飲ませないとこぼれるな。
「しかし・・・問題が山積みだなぁ」
調査の件もそうだが、長距離移動の件も、移動手段も、稼ぐ手段も考えないといけない。
まあ、大抵答えは出てるんだが、いざやるとなると自信が無くなるっていう現象に陥ってる。
「キリなら何とかなるんじゃないかなぁ」
ちょっとずつお茶を飲んでいるヴェロニカが、簡単にそういうことを言う。
「根拠は何だよ、根拠は」
「昨日の廃工場の件・・・あれは今までで一番危なかったよね」
確かに、逃げることもそうだが、警備隊に出くわした時はヤバかったな。
「何とか切り抜けただけかもしれないし、運が良かったのかもしれないけれど、土壇場でアイデアを出せて実戦できるっていうのは、なかなかできることじゃないよ」
「え・・・そこまで評価してくれてんの?」
俺の中じゃあ、苦し紛れの対応なわけだし、そこまでイケてることはしてなかったんだが。
ヴェロニカは思いの外、前向きに評価してくれている。
元々前向きだってのもあるんだろうが、それを加味しても謎に評価が高いな。
「これは素直な感想だよ」
「ほお」
「わたしだとこう上手くいかないかもしれないし、魔法でねじ伏せるっていうことも思い浮かんじゃう」
浮かんだ末にアパート爆破ってことかい。
こいつ・・・魔法使いのくせして脳筋か?
「キリみたいに一歩引いたところから見てくれる人は大切だよ」
「・・・そうかい?」
ヴェロニカは小さく頷き、
「森で出会った時はどうなるのかって不安があったんだ。見ず知らずの、しかも別の世界の子だからね。その辺りは当然だと思うけれど」
「そりゃあ俺も同じだよ。寧ろ、俺のほうがドキドキしたわ。いきなり赤ちゃんが喋るんだからな」
「お互い様だねぇ。でも、今は不思議とやっていける気がしているんだ」
こういうと調子に乗るかもしれないから言わないが、俺も何となく同じ気持ちだったりする。
圧倒的な火力と感知能力に加えて、この世界の知識もある程度保有してくれている。そういうことだけでも安心感は強い。
だが、たぶん一番心強いと思えるのは、この前向きさかもしれないな。
「・・・魔法でねじ伏せようとしなければ、もっと信頼できるんだけどなぁ」
「それは言わない約束だよ、キリさん」




