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「緊張するねぇ!」
「ワクワクすっぞ、みたいな言い方すな」
俺たちは今、危機的状況にある。
俺は当然、緊張感マックス。
だが、ヴェロニカは緊張を感じさせないくらいの、最高の笑みを浮かべていた。
―――遡ること数時間前。
「よし、これでいけるかな」
「サイズの測定も問題なく終わりましたし、あとは完成を待つだけです」
装備の依頼を取り付けた翌朝、市場で集合した俺たちは、マーベルさんの取引先の仕立て屋に向かった。
仕立て屋の店長は女性だったんだが、今まで無かった依頼に困惑していた。
だが、ベルトとリグの詳細な説明と、最適な素材の指定をすることで、無理な物ではないと分かってくれたらしく、体の寸法を測り終わってすぐに装備の制作を始めてくれた。
寧ろ、今までやったことがないことや、無理と言いたくないというプライドで意欲が湧いたらしい。
最終的にはノリノリだった。
「あの様子だと、期限の五日で完成させるどころか、完璧以上の仕上がりにしてしまうかもしれません」
「いや、オーダーどおりでいいんだけど・・・」
早く完成されても困るが、完璧以上の仕上がりとは・・・?
まあ、使いやすく頑丈にしてくれればそれでもいいけど、あまり余計なことまでしなくていい面もある。
この辺りは、あの店主とマーベルさんを信頼するしかないよなぁ。
「武器も揃いましたね」
仕立て屋でオーダーを済ませた足で、とある武器屋に向かった。
そこはマーベルさんが取引をしている店ではないものの、商売仲間が開いた店らしく、マーベルさんのお仲間というだけあって品揃えは抜群で、ほとんどのジョブの武器や防具を取り揃えていた。
グレードも様々で、言うならピンキリ。
ボルドウィン界隈で最高級品もあれば、どこの町でも買える初心者向きの物もあった。
俺が選んだのは中の下の鞭と、高めのナイフ。
初心者向きの物の一つ上のミドルウィップと、バトルナイフだ。
ミドルウィップは初心者向けの物よりも頑丈で、攻撃力が少し高い。操作性も多少良いらしいが、その辺りは使ってみないと分からない。
バトルナイフは頑丈なのはもちろん、切れ味が相当良くて、野生の獲物を捌ける面が良かった。バトニングもできるし、出来も結構イイ。
防具はあえて揃えなかった。
どうやらモンスターも出るらしいし、それなりに揃えたほうがいいとも思ったが、身軽でいたいというのが優先された。俺はヴェロニカを抱えたり負ぶったり、荷物も背負わなきゃいけない。防具を身に着ける余裕がない。
というより、ヴェロニカが魔法をぶっ放したら全て解決できるんじゃなかろうか・・・そんな思いが生まれたっていうのもある。
ジョブとスキルでもっと楽ができたと後悔したことを忘れちゃいないが、そういうバトル面において不安要素が無いのが不思議だ。
こっちには赤ん坊の姿をした大砲がいる・・・この安心感はすさまじい。
「それでは、また五日後にあの仕立て屋で」
「はい、また」
俺は用事を終わらせることができて満足した。
一方のマーベルさんも非常に満足そうにしていた。
仕立て屋だけだが、二人で話をしていた時間があった。こそこそ話をしていたところを見ると、俺に聞かれるとマズい話だってことは分かった。
商売の話だってことも間違いはないんだろうが、俺が脂汗を掻くようなことだけはやめてほしい。
とりあえず別れて拠点に戻った。
ヴェロニカのミルクを作って飲ませた後、俺は弁当を食って一段落・・・と思った矢先。
俺の危険感知が黄色信号を発した。
―――そして今、夜の明かりだけ入ってくる薄暗い空間で、俺とヴェロニカは緊張感に包まれている。
ヴェロニカはそうでもないかもしれないが。
「ワクワク!」
「いいから、こっち来い!」
木箱の上に座らせているヴェロニカを抱え上げて、部屋の隅へ。
「どうして隅っこなの?」
「侵入してくるかもしれない。そいつに対して警戒するためだ」
ここは二階。侵入口は階段の一ヶ所しかない。
つまり、俺たちを狙っているかもしれない奴が工場に入ってきたとして、二階に上がってくるのはそこしかない。
俺たちはそこに対して警戒をすればいい。
それに加えて、壁に背を向けるような立ち位置にしていおくことで、背後からの攻撃を防ぐ。侵入口に対して広い視野を確保する。
攻撃してくる個所を絞ることで、敵はこっちの索敵から始めなければいけないが、こっちは姿を捉えた瞬間に撃ち込める。敵かもしれない存在に警戒する、もしくは攻撃すると分かっている場合はこれのほうが手っ取り早い。
こういう閉所での戦闘において押さえておきたい要素というわけだ。
「よし、これでいい」
壁を背にしてしゃがみ、ヴェロニカを階段の降り口に向くように抱えて、こっちの準備は一旦完了だ。
「わたしを盾にしているね?」
「違うわ」
場合によっちゃあそう見えるだろうが、これの場合は砲口を向けているが正しい。
アパートの一室を軽々吹っ飛ばせるくらいだ。赤ん坊の形をした大砲と言っても過言じゃない。
「いいか、ヴェロニカ。これからテレパシーで周辺の気配を察知してもらう。俺が感知しているヤツが、俺たちに敵意を持っているかどうかを確認してくれ」
「分かった。敵意があるって分かったらどうしたらいいんだい?」
「静かにやり過ごす。こっちに侵入してくるようならぶっ放せ」
敵意があるなら、攻撃してくる可能性が高い。
実際に攻撃してくるかどうかは分からないが、敵意があるって分かってるわけだし、容赦することもないだろう。
容赦なく、ヴェロニカの魔法を受けてもらう。
「倒してもいいの?」
「・・・死なない程度で」
こんなところで余計な十字架を背負いたくはないしなぁ。
「風魔法限定?」
・・・なんかやたら確認してくるな。
「風以外で・・・使いたいのがあるのか?」
一応確認してみると、
「炎魔法が得意だよ」
「知っとるわ。ダメダメダメ」
拠点周辺も燃やす気か!
アパート爆破でこっちは苦労してるってことを分かってないな、コイツ。
「うう~ん。しょうがないね」
「分かったら感知してくれ」
「うん、じゃあ、やるよ」
スッと、ヴェロニカの雰囲気が変わった。
普段のわんぱくなイメージから、研ぎ澄まされたみたいな雰囲気に。
「・・・キリ、面白いお知らせと残念なお知らせがあるんだけど、どっちから聞きたい?」
なに、その感じ。
面白いお知らせと残念なお知らせ、だと?
「・・・残念なお知らせから聞こうかな?」
良い知らせと悪い知らせのヴェロニカバージョン。
気分にもよるが、俺の場合、おいしい物は最後に食べたい派なんで、とりあえず残念なほうから聞いておきたい。
「キリが感知している人、わたしたちに敵意があるね」
「・・・ううん」
危険感知の性質上、敵意があるから検知するわけで。
分かっていたことだが、知らされるとやっぱりしんどい。
「正確に言えばキリに敵意があるんだけど」
「俺かい」
何でピンポイントで俺かな?
ここで何かやったか?俺・・・
思い当たる節がないわけでもないが、基本、ヴェロニカがやったことのはずで、俺が狙われる意味が分からないんだよなぁ。
「・・・面白いお知らせってのは?」
「ここにいるのが分かってきてるみたいだってことかな」
「おい」
それのどこが面白いんだよ!
俺に敵意があるヤツがここを特定しかけてるこの状況で、どうして面白いになるんだ?
「・・・どうもヴェロニカの面白いとか残念の価値観が分からんが、まあ、俺にとっちゃ面白くないってのが分かった」
「えー?なんで?バトルできるのに」
目的はそれかよ。
「余計なバトルはしないほうがいいんだよ」
森とか丘とかでやるならまだしも、都市部でやるもんじゃないんだよ。
特にフレアバレットみたいな魔法で応酬するようなドンパチ系は。
森でならいいように聞こえるかもしれないが、基本的に平和主義者な俺は余計な争いは行わない男。
たとえ緊急時であったとしても、話し合いで解決できるならそこに賭けたいし、無理なら無理でシカトして終了が望ましいわけだ。
「余計なバトルをしないほうがいいのはいいとしても、近づいてはきているわけだし、警戒はしておいたほうがいいと思うよ」
「そりゃそうだ」
俺もまだ見ぬそいつが近づいてきていることは承知済み。
「位置からして工場周辺をうろうろしてる感じだな・・・」
距離感が間違えてなければ、工場を特定しているようではあるが、侵入まで至っていないみたいだ。
特定しているならさっさと入ってくるように思うが、慎重になってるんだろうか?
「キリが怖くて入れないっていうなら、怖がることってそんなに無いよね」
「ナメてんのか?」
ぐうの音も出んところが悲しいところだが。
ただ、ヴェロニカが言うように、俺にビビることがある要素があるなら一つしかない。
「フレアバレットが怖いらしいな」
俺たちが堂々と世間に披露したのはフレアバレットだけだ。
「あれ・・・一応、わたしが撃ったんだけどなぁ」
「そこはあれだ・・・一般的にしょうがないところではあるな」
誰も赤ん坊が魔法を使うなんて思えないだろう。しかも、アパートの一階を爆破するレベルの強いヤツなんか想像もしない。
そりゃあ、俺が撃ったってことになるよなぁ。
「じゃあアレか?表にいるヤツって警備隊の連中か?」
俺を狙う理由なんて、アパート爆破くらいしかない。
となれば、警備隊の連中が追ってきているっていうのが想像しやすいが・・・
「いや、そうじゃないみたい。警備隊なら、複数で活動してるだろうし」
「ああ、そうか」
警備隊でないとしたら、やっぱり拠点付近で検知した例の反応か。
「・・・例の反応がそうだったとして、気になることがあるな」
「なんだい?」
「ここにいるようなヤツが、アパートの爆破を目撃しているのかってことだよ」
夜中にここにいるようなヤツは、家も持たず、帰る場所もなく、表を素直に歩けないようなヤツのはず。
それは俺たちも含まれるが、そんなヤツが朝の居住区の公園付近をうろうろしているんだろうか?
「じゃあ、あの件を見ていないとすれば?」
「・・・やっぱり、俺がこの界隈を歩いたことで目についたヤツかなぁ」
危険感知の試運転で引っ掛けた反応・・・あれだと仮定すれば自然だよなぁ。
「なら、何で侵入してこないんだろうねぇ?」
気になるのはそこだ。
明らかに敵意があるなら、さっさと仕掛けたほうがいいに決まってる。
特に、今は夜になって視界も限られている。奇襲するのならもっと夜更けの、寝ている時間を狙うほうがいいが、高校生と赤ん坊を襲うなら十分な状況のはず。
それでも来ないのは、単純に石橋を叩いているだけなのか、他の何かがあるのか・・・
「来ないのかぁ。つまんないなぁ」
こいつ・・・憂さ晴らしに表のヤツを使おうってんじゃないだろうな?
こっちは正当防衛を主張できる・・・範囲に収めてもらえればどうとでもなるが、それにしても自称美少女十八歳の思考じゃないと思うのは俺だけか?
それとも、こっちの同じくらいの歳の女子はみんなこうなのか?
「・・・ヴェロニカ、監視を続けてくれ」
一旦ヴェロニカから離れて、荷物をいじる。
「表の人はまだ大丈夫そうだけれど、何をしてるんだい?」
「逃げる準備だよ」
来ないなら、こっちから動いて逃げる!
不要な衝突は避けて、余計な体力を使わず、とんずらを決めるが勝ちだ。
「えーっ、面白くなぁい!」
「そこに面白さは必要ないんだよ。ってか、警戒してろって」
とことんバトルしたいんだな・・・
そんなに溜まってるんですか?鬱憤とかストレスとか色々・・・
そりゃあまあ・・・見ず知らずの他人と共同生活、しかも言葉にしにくいことを散々やってきているわけだし、溜まるこた溜まるだろうが、今の状況で晴らそうとするのはやめとくれよ。
「とにかく詰めるだけ詰めて」
今はパッキングがどうとか言ってられない。極力身軽になるようにしたいから、詰めるだけ詰める。
「あとは必要な物だけを出して」
今必要な物は限られている。
それらを残して、
「終了!」
荷物の整理を終えて、
「ヴェロニカ、荷物を転送してくれ」
「逃げるの?戦わないの?」
「必要になれば戦うけど、今はまだその時じゃないんだよ!早く」
むーっ。
そんな擬音がしっくりくる表情で、ヴェロニカは荷物を転送してこの場から消した。
俺はその隙に自分の準備を済ませる。
「それが必要な物なのかい?」
俺が残したのは鞭とバトルナイフ、ロープの三種類のみ。
鞭とバトルナイフは最悪の戦闘に備えて。
ロープは脱出のために使う物だ。
武器は言うまでもないが、ロープは便利に使える。
この廃工場の周辺は相当密集しているから、隣の工場に飛び移ることも簡単だ。多少離れていても、投げ縄の要領でターザンロープを作れば、安全に移動できる。
他にも使い方はあるが、現状で想定しているのはシンプルにロープとしての機能だけだ。
「近づいてきてるか?」
「ううん、まだ表でいるよ」
なら、ささっと動いてしまいますか。
できたら可能な限り粘って、向こうに帰ってもらいたいところだが、動かれても面倒だ。
「裏通りは・・・」
表は当然、敵が待ち構えている。安全に出るためには裏しかない。
窓を少し開けて、人通りがないことを確認。
正直、夜目がきっちり利いてないから何とも言えないが、少し顔を出して危険感知が作動してないところから察して、裏は誰もいない。
「ねぇ、キリ?ここで迎え撃ったほうが良くないかなぁ?相手は一人だし、わたしの魔法一発で仕留めることも難しくはないと思うし」
こいつ・・・とことんバトルしたいんだな。
ただまあ、ヴェロニカが言うことも一理ある面も否定はしない。
懸念することがあるとすれば、ヴェロニカが加減を間違えてこの工場を吹っ飛ばしてしまうかもしれないってところだ。
ジョブを黒魔術師に設定してもいないのに、アパートの一室を吹っ飛ばせるんだ。風系の魔法であろうと、加減を上手くしようとも、それと同じくらいの威力が出るに決まってる。
仮に表のヤツと戦うことになって、ヴェロニカの餌食になってもらうとして・・・廃工場が無事である可能性は低いと思っている。
やり合った後、この工場に留まれるならそれでもいいが、盛大に吹っ飛ばして警備隊が来ることになれば、結局は出ていかないといけなくなるわけで。
その未来を想像すると、どっちにしても出ていかなきゃいけないと悟るのに時間は掛からないだろう。
「戦うのは無しだ、行くぞ」
「えーっ」
短い安地だったなぁ。風呂に入れない以外は悪くなかったんだが・・・
まあ、言っても仕方がない。言いたいこた言いたいけど、仕方がないんだよ。
「まずは複製!」
逃げる準備を整える。
初手はロープの複製だ。
「ロープを増やしてどうするんだい?」
「こうするんだよ」
ヴェロニカを負ぶって、俺としっかり固定できるようにベースのロープで結ぶ。
抱っこ紐って言えば分かりやすいか。
「ちょっとキツイですなぁ、キリさん」
「贅沢言うなって・・・」
こうなることを想定してなかったから、イイ感じの抱っこ紐を買ってないんだよ。
切り抜けたらイイ物見つけて買いましょうよ!
「よし、行くぞ」
複製したロープは簡単に腰に巻き付けておいて、窓を開けて右足を縁に掛けつつ、向かいの建屋のベランダに視線を移す。
距離からして、二メートルもないくらい。
「ほっ」
右足に力を込めながら、一気にベランダへ飛び移る。
「おお~、やるねぇ!」
「これくらいはな・・・」
と言いつつ、自分一人だけならまだしも、赤ん坊を背負って飛ぶのは緊張感があった・・・ということは内緒にしておこう。
「とか言いながら、内心ドキドキしてるのにねぇ」
こいつ・・・テレパシーで読みやがったな?
生活に必要だから仕方がない面はあるにしても、厄介なスキルだよ・・・本音を隠せないからな。
「ふぅぅぅぅ・・・行こう行こう」
切り替え、切り替え。
ベランダに移ったから、次の移動先を探さんと。
「窓は開いてないか・・・」
なら、上か。
であれば、
「ここでこいつが活きるのよ」
ここで複製したロープの出番。
腰から外して、ロープワークで大きな輪っかを作る。
「おお・・・そういうことができるのかぁ」
「本来はこんな使い方をするもんじゃないと思うけどなぁ」
―――ロープワーク。
ざっくり言うなら、ロープで物と物を固定する技術だ。
例えば、テントを固定するために木と結んだり、タープと木を結んだりする時に利用できる。
今は簡単に結びつける道具が売っていたりするから、複雑な手順を踏むロープワークを覚える必要が薄くなってきているが、道具を極力排したキャンプスタイルのブッシュクラフトが好きだったり、道具を減らしたいといった目的から多用するキャンパーも少なくない。
俺もタープと木を結んだりする時に使うが、正直面倒な時もある。だが、これが一つできるとキャンプが面白くなる一面もあるし、いくつか覚えておいて損はない技術だ。
・・・とまあ、俺の考えはさて置き、これを使うことで強度がある輪っかを作ることができる。
「これを・・・あれを目掛けて投げる!」
今いる建屋の屋根の、しっかり固定されていそうな金具に向かって輪っかを投げつける。
「おお、やるねぇ!」
一発で引っ掛かってくれた。
手元の縄を引っ張って輪を小さくしていって、キッチリ固定。
「上へ行くぞ」
ベランダの手すりと、屋根の縁、それから落下防止としてロープを上手く使って屋根へ上る。
ロープ無しでも上れる自信はあるんだが、俺だけならまだしも、ヴェロニカもいる。一緒に落下はさすがに無い。
「よし・・・これでだいぶ見通しがよくなったな」
この辺りの工場は二階建てが多いことは承知済み。
あとは屋根を伝って安全圏へ移動するのみ!
「あっ」
屋根へ上るために使ったロープが消滅した。
「複製ってそんなに長く維持できないんだねぇ」
「・・・らしいな」
時間にして五分か、ちょい長いくらいか?
正確に測定してないから分からないが、使う目的にもよるが、割と短い気はしている。
「長いに越したことはないけど、悪いことばかりじゃないけどな」
考え方次第だろうが、これに関してはメリットもある。
「とにかく今は移動する。考えはしてるけど、揺れることは許しとくれな」
「分かった!」
「行くぞ!」
屋根を走って、程よく安全そうな場所を目指せ!
「ところで、キリは複製で増やした物が短くてもいいみたいなことを言っていたけれど、それはなんで?」
「いい質問をするねぇ」
複製で増やした物の消滅時間が短くてもいい理由。
それは、回収や後始末をしなくてもいいことだと俺は思う。
そりゃあ、一度増やせば一時間や二時間保ってくれるなら、それはそれでありがたい。それは間違いない。
だが、それは後先を考えずに済む、安全な状況下での話。
今みたく、得体の知れない何かに追われるような状況だと、極力痕跡を残したくはない。
今回の場合だと、屋根へ上るために複製してロープを増やしたが、このロープがしばらく存在し続けるのであれば、これを使って上へ逃げたと追っ手側は気付く。
だから、消滅するのに仮に一時間掛かる場合だと、ロープを回収したり処分したりして、痕跡を残さないようにする必要がある。
五分くらいの場合、よっぽど近くまで接近されていない限り、放っておけばいい感じに消滅してくれる。後始末をしなくてもいい。
後始末に掛ける時間を、逃げる時間に当てることができる。高々十数メートルくらいだとしても、この差は大きい。ヴェロニカのようにフレアバレットで攻撃してくる相手であれば、距離を取れば取るほど俺たちは避けやすくなるわけだし。
そういう意味で、短くてもいいな、と俺は思ったわけだ。
「結構離れたねぇ!」
「おう!」
拠点の側まで接近してきたヤツが追って来る気配がない。
このまま逃げ切れそう・・・と思ったが。
「・・・あん?」
―――ちらほら、危険感知が黄色信号を発した。
「・・・案外、わたしたちのお仲間はいるみたいだねぇ」
「・・・ですねぇ」
屋根もしっかりしている物も、弱ってボロボロになっている物もある。
その上を走っていれば、大なり小なり音もするし、振動も発生する。
危険感知が拾っている反応は、俺たちみたくワケ有りで、騒がしいと警戒している連中ということだろう。
「とにかく無視だ、無視」
そんなに多くはないが、そんなにまばらでもなさそう・・・?
案外多かったらしい。
だが、もうここに戻ることはないし、気付いた連中が追ってきたり、攻撃してくることもないし、無視でいいだろう。
「もうすぐ通りだねぇ」
そろそろ、工場地区でも機能している辺りに入る。
「よし・・・この辺りで下りるぞ」
「どうやって?」
「さっきと同じ要領だ。複製!」
ヴェロニカの抱っこ紐と化しているロープを再度複製。
体に巻き付くような形で複製されたロープを解いて、もう一度ロープワークで輪っかを作る。
今度は頑丈そうな煙突に巻き付けて、
「下りるぞ。じたばたするなよ?」
「さすがにしないよ。何もないもん」
ロープを使って地上へ。
ロープワークはできても、レスキュー隊や山岳救助隊みたいな技術は俺には無いから、見様見真似。しっかりロープを握って、壁に足を付けて徐々に下へ。壁を蹴ってその勢いで下りていけたら早いしイケてるんだが。
カッコ悪いが、落ちなきゃ何でもいい。けど、機会があれば練習してもいいかもしれん。
「よし、行こう!」
地上に下りたら、複製ロープはそのまま捨てて、裏路地を小走りで進む。
「かくれんぼが上手く作用してれば、表をさっさと走っていけるんだが・・・」
一応、かくれんぼは習得している。
これを使えば、表でも違和感なく歩けるはずではあるんだが、イマイチこれの効果を感じられない。
まあ、今はこれを気にしても仕方がないから、とにかく急ぐが・・・
「おお!もうすぐだね!」
あと少しでいつもの大通りだ。出たら、宿屋に真っ直ぐ進むだけ。
「よし、出―――」
「おい、貴様」
―――ゾッ!
声がした方へ顔を向けると、そこに警備隊がいた。
ヤバい。完全に見つかった・・・!
「こんな時間に工業地区で何をしている?」
工業地区から離れることを優先していて、警戒を怠った。
まさか、出た先で警備隊がいたとは・・・
「子供連れか」
剣を腰に携えた男が二人と、
「こんな時間に?」
「何やってんの?」
木製の杖を持った黒いローブの女性と、金属製の杖を持った白いローブの女性が一人ずつ。
合計四人のワンチーム。
「いや、あー、まあ、アレっす」
「アレ?どれだよ?」
ヤバいヤバいヤバい!
言葉が出ない!
脂汗が止まらねぇ!!
「怪しいなぁ」
だろ?怪しいだろ?
こんだけ脂汗掻けば怪しいだろうよ!
「キリ、吹っ飛ばそうか?」
・・・え?吹っ飛ばす?
「わたしなら四人くらい楽勝だよ」
・・・いやいやいや。
今ので冷静になれたわ。
「いやー、田舎から上がってきたばっかりなんですけど、道に迷っちまいましてェ」
廃工場近くにいるワケ有り連中を吹っ飛ばすのも大概だが、警備隊を吹っ飛ばすのはヤバすぎる。
あまりにも重い十字架・・・そんなのを背負うのは嫌だ。
「道に迷うって・・・」
黒魔術師かな?黒いローブの女性は首をかしげて、
「こんなところに泊まる場所はないわよ。商業地区近くの宿屋街に行かないと」
「あー、そうですよねぇ。何分、方向音痴なもんで、商業地区がどっちなのか分からなくなっちまって」
「ボルドウィンに来たばかりか?それにしちゃあ、随分軽装だぞ」
そりゃそうだろ。荷物は森のどこかにある穴の中だ。
「しかも、鞭とナイフだけ?探検家か?お前」
剣士二人に続けざまに指摘をもらうが、
「一応、探検家でね。宿屋に荷物を預けて散策してたら、こんなことになったんですわ」
上手く辻褄を合わせながら、それっぽい話で逃げていく。
「そうか・・・ならしょうがないか」
おっ、しょうがない感じ?
ならそれでこっちは問題無し!解散しようぜ!
「・・・ちょっと待って」
白いローブの女性が、
「若い男と、赤ちゃん・・・居住区で爆破騒ぎを起こした親子の特徴と一致してるわね」
オイ!!
余計なこと思い出してんじゃねぇよ!!
ってか、やっぱ警備隊連中も知ってるじゃねぇかよ!
「・・・確かに、若いけどなぁ」
マズい・・・いよいよヤバい!
どうにかして逃げないと捕まるかもしれん!
「ちょっと明るくして人相確認するわ。シャイン」
白ローブの女性が魔法を使って光の弾を一つ、空中に浮かべた。
辺りも真っ暗になっていて、薄明かりの街灯くらいしかない空間に強い光が加わって、少し目がくらむ。
「どれどれ・・・」
剣士が懐からノートくらいの面積の紙を取り出して、俺の顔をまじまじ見つめてくる。
よせ、俺にそんな趣味は無い。
というか、マジでヤバい。
攻撃するか・・・?いや、二対四で勝てるのか?
いくらヴェロニカの魔法が強いって言っても、四人を一気に相手できるくらいやれるのかが分からん。
「今後こそフレアバレットだねぇ」
・・・こっちはこっちでやる気満々だと・・・?
・・・どっちに転んでも嫌な未来しかねぇ。
「どうなの?」
「いや、違うみたいだ」
・・・は?
「例の男じゃないだろう」
・・・いや、俺だよ。
いやいや、正確に言えば俺たちで合ってるんだよ。何で違う?
いやいやいや、スルーでいいけどね!
「すまんな、疑って」
「じゃあ、シャインを消すわ」
発動元の女性が光の弾を消滅させた。
一気に辺りが暗くなる。
「・・・何があったんです?」
一応、探りを入れてみると、
「いやあな、居住区のアパートをフレアバレットを使って爆破した親子がいるらしくて、その犯人を捜すように言われているんだが」
「赤ん坊連れの男だってことは分かってるんだが、思いの外見つからなくて」
・・・うん、あんたたちの目の前にいるんだが?
「すまんな、疑って」
「いや、まあ、それはいいんですけど」
「一応、あなたも赤ちゃんを連れているし、該当しているから調べたけど・・・この辺りをウロウロしないほうが身のためよ。夜はこの辺り、治安悪いからね。間違えられても仕方がないんだから」
警備隊も夜の工業地区の治安は悪いっていう認識ではある、と。
それはまあいいんだが、
「ちなみに、その男ってどんな人相なんです?」
気になったから尋ねてみると、
「見てみるか?」
「参考までに」
その人相書きを見せてもらうことができた。
そして、驚愕する。
「・・・ほおぉぉぉ・・・」
逆立った髪の毛と、掘りの深い顔つき、まるで悪人を絵に描いたような悪い目つき・・・
「全く別人だねぇ」
誰だよ・・・こんな全く似てない似顔絵描いたやつ・・・
情報発信源はあの芋二人なんだろうが、それにしても酷すぎる。感情優先の情報で作ったんじゃないのか、これ・・・?
「とにかく、早く宿屋に戻ることね」
「赤ちゃんにも悪影響よ。早く寝かせてあげなさい」
「ど、どうも・・・」
警備隊のメンツが去っていった。
俺たちは立ち尽くし、
「・・・今までビクビクしていて損だったねぇ」
「・・・だよなぁ・・・」
俺の今までの緊張感と廃工場で費やした時間を返してくれ・・・




