プロローグ─直下─
三剣レジー・グレイヴの屋敷にて、当主本人であるその男はらしくもなく慌てふためいていた。
「まずい、マズイ、不味い!」
彼は独り言を喚き散らしながら、自らの執務室を全てひっくり返すように荒らして──否、これから先に必要な物を片っ端から掘り出し掻き集めて大きなトランクへ詰め込んでいた。
その姿は、とてもじゃないが交易都市シャウラ屈指の有権者には見えない。
しかし、それもその筈だ。
彼は今、自分に与えられた役割を放棄している最中なのだから。
先日起こった事故により、市民やお得意様たちに不安や不満が広がっている。
何より解せないのは、ウィリアム・グラディウスが都市の閉鎖を行った事がソレに拍車をかけているという事実だ。
「何考えてやがるあのジジイ!」
怒りに任せて重い机を蹴るレジー。
その姿を見た二人は悲しげにため息を吐いて見せた。
「うるさい!」
「全く、普段の礼儀正しさはどうしたのさ」
「こう言う時に易々と化けの皮が剥がれるのはどうかと思うよ」
妖艶な女性──分身の転生者と西洋人形のような美少女──貴金の転生者にそう苦言を呈されて、表情が更に歪む。
「お前らこそ何を余裕かましているんだ?竜王はこういう時に助けてくれるタイプか!?」
レジーが焦る理由はそこだ。
竜王という男は単身で完成された力を持つ超人だ。
それ故に配下の失敗や失態に対してかなり寛容であるのだが、それは適当さと表裏一体だ。
例え誰がどんな失態を犯しても、もし裏切りをやらかしたとしても彼は怒りもしなければ見せしめに殺そうともしないだろう。
レジーたち三人が彼の元へ逃げ帰ったとて、何も不味いことは起こらない。
だが、逆に言えば竜王はレジーたちを助けにはこない。
わざわざ助けてやろうとすら思われていないだろう。
それもそうだ。
彼にとっては例え同胞といえど、路傍の石程度の認識しかない。
その辺の石が馬に踏まれそうになったとて拾い上げる奴はいないだろう。
それと同じだ。
「それは無いけど」
「だったらお前らもさっさと逃げる準備を!」
叫びながら今後必要そうな物、見られちゃ不味い物、竜王への連絡手段となる蛇の置物をトランクにしったかめっちゃかに詰め込むレジー。
ここまで彼が慌てるのは、既に粛清騎士がこの街にいることを把握しているからだ。
加えて、レジーは自分の異能を過信していない。
粛清騎士と戦うなんて真っ平だった。
焦るレジーとは対照的に、アンナは冷静に考えを巡らしていた。
自分の異能はレジーと違って逃走向きでは無い。
分身という異能は万能に思えるだろうが、実際は致命的な縛りがある。
追われる立場に立とうモノなら間違いなく殺されるだろう。
なら、自分が生き残るには追ってくる粛清騎士を殺すしかない。
それがまぁ、レジーの逃げる隙にも繋がってくれるなら──と震える腕を抱きながら覚悟を決める。
「あ」
不意に、窓際に立って外を見ているカリンが呟く。
その遠く視線の先には屋敷の正門。
「──時間切れっぽいよ」
レジーが雇った警備兵たちが、正門へ次々と集まっては次々と薙ぎ払われていく。
その中心に立つ黒づくめの騎士の姿は、まるで前世で彼女が好きだった無双系ゲームの様であった。




