エピローグ─急転─
「──よく頑張った」
そう言って俺は、眠るリゼから手を離した。
すぐさま天を仰いで、怒りを鎮める為に深く深呼吸をする。
「やってくれたな」
ベルタが有している拠点の一室に、鎮めきれない怒りが滲んだ声が溶けていく。
これは彼女をこうまでした転生者へ向けてなのか、無茶を押し通してしまった彼女へ向けてなのか、はたまたコレを見越していたらしい聖女へ向けてなのかは自分としても判然としない。
そして、仰いでいた視線を戻してリゼを直視する。
──全身に重度の火傷や骨折、裂傷を負った瀕死の彼女を。
先程は手を握り、読心を使ってアルフォンソらからの報告の裏付けと詳細を読み取っていた。
握ったその手は、指が幾つか欠けていた。
もう一度、深呼吸をする。
いつまでも俺が表に居て良い場合ではない。
意識を切り替えて、身体の主導権をライへと明け渡す。
変わった瞬間、ライは苦悶の表情を浮かべて口元を真一文字に引き結ぶ。
リゼの全身に巻かれた包帯は、各部が滲み出た湿潤液て塗れている。
とても見れたモノじゃない筈のその姿を、ライは瞳に焼き付けたのち彼女に背を向ける。
「後は任せろ」
昏睡している彼女へそう告げると、ライは部屋を後にする。
扉の外では、アルフォンソが待ち構えていた。
「少し休め」
腕を組み背を廊下の壁に預けた彼は、開口一番にそう言った。
「早馬を三頭も使い潰して来たんだろ?仮眠ぐらい取れ」
間で馬を変えては一昼夜ぶっ通しで駆けて来たライの疲労は察して余りある。
「今すぐ動きたい気持ちはわかるが、その状態で戦えないだろ」
しかしその真っ当な指摘は、ライの内に渦巻く激情を逆撫でする。
「──ッ、何を」
「わかるよ」
小さく憤りの声を上げたライを、短い言葉でアルフォンソは遮る。
改めて彼はアルフォンソを見る。
彼の眉間に深く刻まれた皺と爛々と燃える瞳を。
「腑が煮えくり返ってるのはお前だけじゃない。第一、アイツを最初に見つけたのは俺だぜ?」
「ありがとうございます」
「いや、この段階でしか助けられなかった」
苦悶の表情を浮かべて、力なくアルフォンソは壁に拳を打ち付ける。
「──俺の責任だ」
そんな訳がない。
リゼはリゼなりの判断と行動で最善を尽くした結果だろう。
それを悔やむのはアルフォンソの筋違いであり、甘さで侮辱だ。
だが、ライはその言葉を言うことは出来なかった。
リゼの惨状が彼女の自業自得だとは、思いたくなかったのだ。
「リゼの容体は?」
「あとは当人の体力次第、との事だ」
しかし、仮に一命を取り留めたとしても彼女は騎士として復帰出来ないだろう。
アルフォンソはガシガシと後頭部を掻いて窓の外、遠くに輝く一等星を睨みつける。
「ここは聖教会の信徒らしく、女神に祈るしかねーよ」
「だが、祈るだけが我々の仕事では無い」
カツカツと靴音を廊下に響かせ、報告書の束を片手にしたベルタがやってきた。
彼もまたあの日から不眠不休で彼なりの戦いに身を投じていた。
「ベルタ様」
「様付けは要らない。それより、裏付けが取れた」
そう言って彼は、筒状に丸めた報告書をライへ向かって投げ渡す。
ライはすぐさま報告書を開き、内容に目を通す。
報告書には、修練場改修時の施工──あの竜を安置する為の地下室を作らせた責任者が記されていた。
「敵は三剣レジー・グレイヴ。奴自身が転生者かは不明だが、少なくとも二人以上の転生者が奴についていると見て間違いは無い」
美しい顔を顰めて、ベルタは決定事項を二人へ伝える。
「二人以上という根拠は?」
腕を組んだまま、アルフォンソは言う。
裏に竜王が居るのは確定しているとはいえ、この現場にいる人数に関しては未だ不明瞭の筈だ。
「一人とは先日会敵した。ライへはまた後で詳しく情報共有をするが、あの程度の転生者相手に聖女ステラがアルフォンソを寄越す訳が無い」
「つまり、俺が相手する相応の奴が居ると見ているのか」
ベルタが無言て首肯する。
アルフォンソが思い切り拳を叩いて見せる。
ようやく自分の出番が来たと、自然と口角が上がる。
報告書に目を通し終えたライが顔を上げる。
燃える怒りがその目に宿る。
気力に溢れる二人を見て、ベルタは改めて宣言した。
「竜の一件から、およそ30時間が経過した。逃亡の可能性を考慮し、これ以上待つ事は出来ない」
「──行きましょう」
「奴らに、目にモノを見せてやろうぜ!!」




