ACT.106 都市心中の蟲(Ⅱ)
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落涙の聖泉を一目見ようと集まって観光客たちの中に、ひとり不審な男がいた。
周囲に家族や恋人といった親しげに見える間柄の人物は居らず、俯きがちにしながらもしきりにギョロリとした眼球を右往左往と動かし続けている。
観光地の中にいて、まるでソレ以上に周囲の人の動きを気にしているかのようであった。
工作員としてはあまりにお粗末と言わざるを得ないその男を、ノアが見逃す筈はなかった。
「──練度が足りないねぇ」
彼はそう小さく呟くと、静かに行動を開始する。
自然な人の流れに逆らわずそれとなく男に接近する。
気配を消すのではなく、周囲に馴染ませることで存在感を希釈するような特殊な脚運び。
ノア・ローは、直接的な戦闘能力でいえば粛清騎士たちの中では最弱に位置する。
正面きっての戦闘では新入りであるリゼにすら劣るだろう。
──だが、搦手を含めれば最弱の評価は覆る。
異端審問部から引き抜かれた彼の真価は、戦闘以外でも存分に発揮される。
人に添いながら例の男の背後を取った彼は、服の袖から細い針を指の動きのみで取り出す。
そして手首のスナップだけを活かして、男の手元に向けて投擲した。
「あ、痛っ!」
唐突に虫に刺されたような痛みを感じ、反射的に左手を上げて刺されたであろう箇所を見ようとした男は。
「──は、ぇ?」
突如視界がグラリと揺れるのを感じた。
まるで強い風邪を引いた時のような、酷い眩暈だ。
立っていられなくなり倒れそうになった男であったが、崩れるその身体を支えてくれた人物がいた。
「大丈夫ですか?」
何食わぬ顔で接触してきた、ノアである。
「どうしました、具合悪いですか?」
「い、いえ大丈夫です!」
さも親切そうに心から心配するかのように接するノア。
それに対して、男はしどろもどろになりながらもノアの助けを拒否しようとする──が。
「まぁ、そんなこと言わずに」
すっと身体を支える為に肩に腕を回して、その隙に二本目の針を首筋に刺した。
するとより酷い眩暈と酩酊感が男に襲いかかり、言葉を発することすら彼はままならなくなった。
ノアはニコリと笑って、そのまま男に肩を貸しながら人集りを抜ける。
こうして、何かを起こそうとしてた男にもその周囲の一般人たちにも気取られず、ノアはひとつの脅威を排除することに成功した。




