雅人自身に起こる違和感
「我が社はあなた達を全力でサポートします」
「ありがとうございます」
受賞金二百万を受け取り鞄にしまった。
「所であなた達は何故こんな所に」
「まあ色々ありまして私達は旅をしながら小説を描いています」
「それは凄い、まるで松尾芭蕉みたいな方達みたいですね」
そこで靖子さんが「出きればこの小説にも目を通して欲しいんですけれども」
私がノートに書いた小説を見せる。
「靖子さんそれは・・・」
「まあ、良いじゃない」
「ほうこれは」
私が書いた小説のノートをパラパラとめくりながら言う。
編集者の前原さんはノートをじっくりと見つめている。
靖子さんは『どうだ』と言うように胸を張っているが私は緊張して息を飲んでいる。
リリンはらしくもなく真剣に私達の会話を聞いていた。
そして編集者の前原さんは私が書いた小説のノートを見て、「これも次作に考慮いたしましょう」
「ありがとうございます」
「それと雅人さんでしたっけ」
「はい」
「もしよろしければ、これからはこのポメラで書いてみてはいかがですか?」
四角いノート型のパソコンのような物を私に差し出してきた。ポメラと言うらしい。
「それは私が小説を書くために使っていたのですが、僕には才能がなく、持っていても仕方がないものですから雅人さんに差し上げます」
ポメラを受け取ると、黒い長方形の形をして折り畳み式で開いてみると画面がありパソコンのキーボードのように並んでいる。
編集者の前原さんに使い方を教わり、小説家にとってこれほど便利な物はないと思った。
「ありがとうございます前原さん」
「雅人さん達とは長いつき合いをしていきたいと思います。それでは選考で選んだ小説を本にしてクローズアップしていきます」
「お願いします」
「あなた達はこれからも旅に出られるのですか?」
「はい」
「それでは名詞に連絡先が書いてありますので何かありましたら、こちらに連絡してください」
「分かりました」
「お話はこれぐらいですかね」
「そうですね」
「それでは私は東京の本社に戻りますので、これからもよろしくお願いします」
握手を求めてきた。
私と靖子さん、それにリリンと握手を交わして編集者の前原さんは去っていった。
靖子さんが「前原さん良い人だったね」
「うん。リリンさっきから表情が優れないけれど、どうしたの?」
「いや雅人達の小説が公になっても大丈夫かと思ってな」
「やっぱりアケミが何か仕掛けてくるのか?」
「それも否めない。何かきな臭い」
「きな臭い?あの前原さんに何かあるんじゃないかと?」
「いやあの男にはそういったやましい魂は感じられなかった」
「じゃあ、いったい?」
「今の我には分からぬが、でも用心に越したことはない」
リリンの言葉により一層気が引き締まる。
****** ******
店を出て北行きの列車に乗った。
これから暑くなるから北の方が無難だ。
次に目指すのは盛岡だ。
電車に乗りながら私と靖子さんは相変わらず、創作活動に打ち込んでいる。
「このポメラって以外に便利だな」
「良かったじゃないですか?手書きだと、ちょっとうつろんじゃいますからね」
その時、リリンの表情が優れない感じだ。
「どうしたリリン。具合でも悪いのか?」
「感じる。アケミの憎しみを餌にしてさらに憎しみを重ねる人のエネルギーをリリスが吸収して力を蓄えている」
「リリン」
リリンの手に触れると、『どうして私だけがこんな目に』『私だって才能がない訳じゃない』『どうして私の懇親の小説が賞を取れなかったの?』等々。
リリンから伝わる声は妬みや僻みばかりのものだ。
アケミはそれを利用して今度こそ私達を地獄に送るつもりだと分かった。
アケミは悲しい人間だ。
そうまでして私の幸せを奪おうとするのだ。
だから私はリリンに言った。
「そんな事ほおっておいても大丈夫だよ」
「雅人よ。何を根拠にそんな事を、アケミだけの憎しみを浴びただけで、リリスの力はあれだけ増大したのだぞ。それが何十人と集まれば、我々に味方してくれる、読者の力でもどうにもならなくなるのだぞ」
そこで靖子さんが「そうだよ。そんなのほおっておいて大丈夫だよ。雅人さんの言う通りだよ」
「じゃがもう我にはお前達を助ける事は出来ないかもしれない」
リリンが悔しそうに涙を拭いながら言う。
しばしの沈黙。
私たちは今までリリンに助けられてきた。
そんなリリンが私たちを助ける事が出来なくなるなんて不安に思ったが私はリリンに言った。
だから私は言った。
「これからはリリンは私が守る」
「雅人」
泣くのを止め私の顔を見る。
「もちろん私もだよリリンちゃん」
靖子さん。
「靖子」
「何じゃ、この得体の知れないパワーは?体の奥底からパワーがみなぎってくる。
これならこれからも雅人達を助ける事が出来そうな気がしてきた」
そんなリリンを見つめて、私と靖子さんは見合って微笑み会うんだった。
「私達も戦うよ。アケミに対して」
私が言う。
何だろう?この胸の高鳴りは?
私たちは家族だ。
さあ私たちはまた、一つの物語を作る作業に移らなくてはいけない。
ミルミルインスピレーションが沸いてくる。
やってやろうじゃないか。
私は芥川竜之介を越えるような小説家になってやる。
そして靖子さんもリリンも幸せにしてみせる。
そういき込んだ時に終点の盛岡の駅にたどり着いた。
「どこか喫茶店で作業しないか?」
私の提案に靖子さんもリリンも賛同してくれた。
早速盛岡の駅の喫茶店に入り、靖子さんと私はそれぞれの作業に移り、リリンは相変わらず私たちが創作作業の魂を感じて心地よさそうに目を閉じて寄り添っていた。
喫茶店には私たちしかいないさすがにこう長い時間お暇するのは良くないと思って、ディナーも扱っているみたいなのでそれを頼もうとしたところ靖子さんは「ちょっと待ってよ。晩ご飯は私が作るよ」
「いやーたまには良いんじゃないかな?お金もこうして入った事だし」
「そうやって癖になるといけないからお金は最低限節約します。ほら貸しなさい」
「貸しなさいって?」
「さっき雅人さんが受け取った二百万円よ」
「どうして?」
「男の人はお金使いが荒いから私が生計を立てるために私が預かっておきます」
そんな事はないと反論しようとしたが、今の今まで靖子さんに助けられてばかりだからぐうの根も出ず渡す事にした。
「よろしい。さて今日の寝床をどこにするか探しに行きましょう」
そして私たちは店を出た。
空はもう暗く、川から火のような物が燃え上がっていた。
「灯籠流しね」
靖子さんが言う。
「灯籠流し?」
「まさかこのタイミングで拝めるなんて私たちは運が良いかもしれないね」
「へえ」
「先祖の霊を送り無病息災を祈る盛岡市の伝統行事よ」
「私たちも言ってみようか?」
「その前に寝床を探しに行きましょう」
のりが悪い靖子さんだった。
「あっそれとこれ」
「これは靖子さんが生計を立てると言って渡したお金じゃないか」
「半分雅人さんに渡しておくよ。この旅で何が起こるか分からないからね」
「分かった。ざっと百万はあるだろう」
とある公園にたどり着きホームレスの人が何人かいた。
「こんな所で今日は過ごすの?」
「仕方がないでしょ。何事も節約よ」
テントを張ると「おおい、お若いのにあんた方もホームレスかい?」
「まあ、そんな所です」
のんきに挨拶をする靖子さん。
この人には危機感という物がないのか?
そんな事を平然としていたらいつか偉い目に・・・遭っているんだよね。
靖子さんは私と出会ってアケミにひどい目に遭わされてきた。
この人とリリンを守るのは私しかいない。
「さてこんな物かな?」
私が考えている間に靖子さんはテントを仕上げてしまった。
夏なのになぜか突然冷たい風が吹いてきた。
何か邪悪な物を感じさせられる。
その風と共に現れたのがアケミとリリスであった。
靖子さんは私の後ろに回り、リリンが構えている。
「アケミ、何をしに来た!」
「あんた達小説の受賞をとったみたいねえ」
「それがどうした。お前には関係のないことだ」
「リリス」
アケミがそういうと、リリスは黒い波動のような物を放ってきた。
「そうはさせぬぞ」
リリンが黒い衝撃派を受け止めている。
「なんたる憎しみのオーラだ。さてはお主、賞に落選した者達の憎しみを得たな」
「リリンよ。憎しみに勝る物はない」
するとアケミが拳銃を出し、私めがけて撃ってきたが「危ない雅人さん」私を庇い靖子さんが犠牲になった。
「靖子さん。靖子さん」
靖子さんは悲鳴をあげ撃たれた肩から血が吹き出ていた。
「うわあああああああああああああ」
「今度こそ息の根を」
アケミが私めがけて撃とうとしたが、私はアケミに威圧的な視線を向けると、何が起こっているのか?その銃口を自分に向けている。
「何?何が起こっているの」
「引き金を引けええええええええええ」
私にも分からないがアケミに自分の頭をめがけて引き金を引かそうとした。
「やめろ雅人」
リリンが叫ぶ。
リリンの叫びに理性を取り戻して、ハッと我に返って自分に起こった妙な違和感から解放された。
「引くわよリリス」
アケミがそういってリリスと共に消えていなくなった。
いったい何だ今のは?
それよりも靖子さんを病院に連れていかないと。
リリン?
リリンが靖子さんの肩に手を添えて、靖子さんは痛みから解放されたかのように眠ってしまった。
「何をしたのリリン」
「我にも治癒能力はある。でもこれは思い切り魂の負担になることじゃがな」
リリンは力を使い果たして眠ってしまったみたいだ。
とにかく二人ともテントの中に入れ靖子さんのリュックから寝袋を取り出して、二人に入って貰った。
靖子さんの鉄砲で貫通した肩を見てみると、銃こんの痕が会ったがリリンの治癒能力のおかげで完治されたみたいだ。
何とか大丈夫のようだ。
ホッとしたつかの間に私は二人を巻き込んでしまった事に罪悪感でいっぱいだった。
それよりも先ほどの事は何だろう?
無意識にアケミが憎く、アケミを殺したいと思った瞬間に、アケミは血迷ったのか?自分に銃を向けてその引き金を引こうとした。
だがその時にリリンがなぜか私を止めに入った。
いったい私は何なのか分からなくなる。
自分の手のひらを見つめて、恐怖を感じていた。
私はリリンや靖子さんを巻き込んでしまった。
その場から一人で去ろうとした時、リリンが私の腕を掴んだ。
「どこへ行こうと言うのじゃ」
「これ以上私に関わるとみんなを巻き込んでしまう」
「そんな事をしたら奴らの思うつぼじゃ。安心せい。我らはソウルメイトで家族と同じじゃ」
「でも・・・」
そこで靖子さんが「昨日の結婚式の誓いは嘘だったんですか?」
「靖子さん・・・」
「そんな顔をしないでください。何より雅人さんは笑っていた方が良いです」
「はい」
「それよりもお腹が空いてしまいましたね。ここ盛岡は冷麺で有名な町です。これから買い出しに・・・」
靖子さんは立ち上がろうとするとおぼつかない足取りに「ダメですよ。まだ寝ていなければ、病み上がりでしょ。今日は私が買い出しに行って作りますよ」
「じゃあ、お願いしましょうかしら」
****** ******
冷麺は出来なかったけれども、お粥を作ることに成功した。
それに梅風味に梅干しを入れてある。
「リリンも靖子さんも私が食べさせてあげますから」
そこで靖子さんは「良いですよ。リリンちゃんを優先させてあげて雅人さん」
「でも」
「でも雅人さんは一人しかいません」
「分かりました。じゃあリリン」
お粥をスプーンですくってリリンの口元に運んだ。
「おいひいぞ雅人」
「そうか良かった」
ここで聞いておくべきか私の中で葛藤した。
アケミに引き金を弾かせようとした時、リリンは止めに入った。
でも今は雰囲気的にそういう空気じゃない。
焦る気持ちもある。
あの時引き金を弾かせた方が良いんじゃないかと。
するとリリンが「何を戯けた事を考えている。あの時引き金を引かせたら・・・」
「引かせたら?」
「・・・もう良い我も一人で食べられる」
スプーンとお粥を横取りされてしゃくしゃくと食べ終えて「ごちそうさま」と言って寝袋に入ってしまった。
リリンははぐらかしている。
私は何者なのか?
でももしあの時、拳銃を撃ったアケミが靖子さんの急所をついていたらと思うと恐ろしくなる。




