08.公爵のその先へ
エレベスト公爵の館は二重の癖で守られている。
一つ、ここに来るものは、お姉口調かつ、淑女としての嗜みを持つものに限る。
二つ、男性は例外なく女装させられる。
もちろん、二重の壁にも覆われている。
彼が認めたもの以外は、この壁を超えることは出来ない。
「本日は1名の淑女が参られました」
この館の執事が、主に向けて言葉を放つ。
「ここに連れてきてちょうだい」
館の主、エレベスト公爵が執事に伝えると、彼は間もなく黒いフードを被った男を連れてきた。
「お世話になっております」
黒フードの男はエレベスト公爵に一礼すると、公爵の隣に用意されていた椅子に座り、ともに鏡台に向き合う。
鏡台にはパフ、大小さまざまなブラシ、色豊かなメイクセット。
公爵の趣向がここに反映されている。
ここは公爵の館。
その財力と、変態パワーを惜しみもなく注がれている。
それは化粧品とて例外ではない。
「あら、いい女装ね。黒いフードを被ってもあなたの魅力が伝わってくるわ」
「お褒め戴き、ありがとうございます」
「そんな堅苦しい挨拶はよしてよ。あなたと私の仲じゃない」
「・・・」
公爵が黒フードの中を覗く。
公爵は少し圧をかけたつもりだが、黒フードの男は動じない。
動じないと分かれば、公爵は退屈そうに元の席に戻る。
「もう、あなたはいつも硬い顔をしてるわね」
この館のルールは二つ。
女装すること、それから淑女としての嗜み、お姉口調を強制させられるのだ。 だが、目の前の黒フードの男は例外。
彼の根の真面目は、公爵も知るところだからだ。
公爵は知っている。
この男が、本当に嫌ならば、そもそもここには来ない。
来るということは、そういうことだ。
公爵はニンマリと笑う。
「ララ王女に謁見した話、したかしら?」
わずかに黒フードの男が動いたのを公爵は見逃さない。
「さすが、お兄様の娘。手ごわかったわ~」
公爵とララの関係は、叔父と姪っ子。
亡き王を挟んだ関係になっている。
公爵はパフを手に取って、顔に当てる。
「12歳の癖にはっきりとした物言い、わずかな期間での活躍。多くの貴族は認めないでしょうけど、その手腕は本当よ。評価してやってもいいわ」
手の動きが止まる。
「でもダメね。盲目すぎるわ」
公爵の硬直に、黒フードの男もまた手を止める。
どういうことだと、疑問を思っているのだろう。
公爵は、彼の疑問に答えるべく、口を開く。
「人の弱みを知るためには、挑発することが一番手っ取り早い。強い反応を示したのがその人の弱点よ」
「殿下… ルカ王子が弱点だと…」
すると、公爵は大きく腕を開いて、男に向きを変える。
「正解~! 私がルカ殿下に近づいたら、ララちゃん激おこ。もう、怖くなって私、帰っちゃったわ」
「はあ…」
身体をうねって、身悶えする公爵
その大袈裟な反応に、男は困惑気味た様子で公爵を眺める。
ふと、公爵の動きが止まる。
「さて、なんで王子が弱点なのか」
公爵は座ると、再びメイク作業に戻る。
アイラインは目をの縁に沿うように、描く。
黒フードも、それに倣いアイラインへと着手した。
ララ姫の弱点
黒フードの男は常識的なことを述べる。
「ララ姫は、ルカ殿下のことをかなり可愛がっております。王父、王母が亡くなって以降は、唯一の家族なので大切にしているのではないですか?」
ララ姫が弟を溺愛しているのは周知の事実だ。
王宮で彼女の姿を見れば、いつもルカ王子を膝にのせて、顔を押し当てている。さながら猫の懐いた様のようで、周りからも微笑ましく映ったことだろう。
だが、その発想に公爵は若干の違和感を覚える。
「姉と弟の関係… 以上?」
黒フードの男は、頭に疑問符を浮かべる。
「姉と弟の関係以上、ということは母性愛ということでしょうか?」
姉なら可愛い弟に母性愛を感じることだってあるはずだ。
なんら珍しくない、至って普通の回答だ。
そこまで考える必要もないのではないか。
黒フードの男は考えたが、公爵は違うらしい。
公爵は自らの思考を纏めると、ニヤリ嗤う。
「少なくとも、あの場で発露させた感情は独占欲。」
思い出すのは、あの王宮の間での出来事。
ルカ王子へ近づいたとき、ララが見せた酷く顰めた表情と、鋭い目つき。
公爵は知っている
乙女心を
「恋の予感がするわ」
ぞわぞわと背中を駆け上がる絶頂感を噛み締めながら、公爵は立つ。
そして、それ以上の快感を得たいなら、答えは一つしかない。
「つまり、ルカ王子を取っちゃえばいいってことね!」
「はぁ…」
公爵の言葉が、男は理解できなかった。
行き過ぎた兄弟愛では、と心では思いつつも、適当に相槌を打つ。
「あなたには分かるかしら?」
公爵は視線を向ける。
「ララちゃんのことは、あなたの方が詳しいと思うんだけど」
それはララ姫の情報が欲しいということなのだろうか。
「ええ、ずっと見てきたので」
男の眼光が光る。
「ねえ、ララ姫をもう少し知りたいわ」
公爵の食指が、太腿に触れると、首筋をなぞってメイクで仕上がった彼の顔面に至る。
「今日のあなたも素敵よ。王宮のあなたはもっと素敵だけどね」
その言葉が示しているのは勧誘の言葉。
情報を渡して、こちらに来い。
その意図は黒フードの男に正しく伝わった。
一息吐いて、しばらくした後、男は口を動かす。
「私はララ姫を見てきました。これからもです」
「そう」
淡白な返事 公爵から返ってきた返事には、落胆の気持ちが伝わる。
「まあ、あなたがこちら側に来るなんて思ってなかったんだけどね。ただあなたもこの国に無くてはならない存在。突き崩せたら大きいと思っただけよ」
そう言って、公爵は男に背を向ける。
その背中は僅かに震えていた。
黒フードの男は黙っている。
ここで断りを入れることは実に命知らずな選択だということは、彼も理解している。
ここは公爵の館。
存在が消されても、真実は館の奥に仕舞われるだろう。
唾を飲み込む、喉がうるさい。
黒フードは緊張を和らげるべく、 声を放とうとしていたその時だった。
「も~~、フラれちゃったわ。 こんなの四半世紀ぶりかしら☆」
公爵はプルプルと体を左右に振って、悲しいわー、と大袈裟にリアクションをする。
男はほっと息を吐いた。
ここで公爵の癇癪を誘発するような事態は避けられた。
あとは無難にお断りをするだけだ。
「申し訳ありません。もう熱くなれるほど若くはないので」
「あら、そうなの。残念だわ。ただ最後に一つだけ…」
公爵は男に手を差し出す。
「お手を取っても?」
仕上がったメイク 。
淡いピンクのドレスで着飾り
段上のステージへ、二人駆けだす。
音楽が鳴る。
心が躍る。
「王宮で真面目なあなたも、こうして息抜きするのもいいでしょ?」
「はい。いつもお世話になっておりますから」
男の口元が、ほんの少しだけ緩んだ。
だが男の表情は、公爵にしか見えない。
軽やかなステップと、優雅な踊りは音楽が終わりに向かうほど、より激しくなる。
男は公爵の腕を強く引く。
「公爵、どこまで本気なのですか?」
「何のことかしら?」
公爵は男の頬にそっと手を添える。
男は少しの間をおいて、問いただす。
「あなたの目指す先は...」
男には確認すべきことがあった。
気づいていたことだが、公爵には秘めた野望があることを、男は知っている。
あとは何処まで行くのか、確かめる必要があった。
公爵は笑った
「ふふ、あなたらしくない愚問ね」
溢れる音色。
音楽は最後の締めとばかりに、派手な音を奏でる。
ここでは公爵こそが指揮者、こぶしを強く握りしめて踊りの終わりを指揮する。
そして、そのままこぶしを空へと突き出した。
「私が目指すのは、摂政のその先よ」
男の眼光は誰にも知られず、再び鋭く光った。
投稿遅れました。
申し訳ございません!!




