09.スマイル摂政
「だいぶ閑散としてるわね」
城下の大通り。
そこは数多の人が行き交い、道の脇には屋台が広がる。
本来であれば…
「隔離政策によって外に出歩く人がいませんから、仕方のないことです」
脇に控えていた執事が語る。
放置された屋台は屋根が傾き、廃墟同然。
市場が機能してないのだ。
「隔離が長引いているようだけど、その間の食料供給はどうなっているのかしら?」
「食糧供給は、商人に任せております。」
訪問販売方式で食糧を行き渡らせているようだ。
これなら皆が出歩くよりも、感染リスクが少なくて済む。
ただ、商人を介して感染が広がらないか心配だ。
「ご安心を。商人の体調を記憶して、不調である場合はその日の商売を中止しております。」
検査キットなんてものはない。
ので、商人本人の自己申告に頼るしかない。
完璧とは程遠いけれど、何もしないよりはマシね。
嘘をついて感染を広げれば処罰される。
それなら商人たちも、そう簡単には誤魔化さないだろう。
噂をすれば…
前から馬車が現れると、中年の男性が出てくる。
まさに平身低頭で、あからさまに胡麻を擦っている。
「姫様、お久しぶりです」
「え… ええ、お久しぶりね」
ここら一帯の食糧供給を任せているのは目の前の男、なのだが...
彼が商人であることには疑いない。
以前会ったときは、骨と皮しかないような男だった。
それが今ではどうだ。
「だいぶ、その… お太りになられたのですね。ミート・サック男爵」
「だいぶ色々ありまして...」
面目なさそうに頭を下げるが、その頭を下げる行為さえ肉が邪魔をしている。
この3カ月で何があった…
「ま、まあ… あなたから聞きたいことは色々とありますし、馬に乗りながら会話でもしませんか?」
今日は視察ということで、馬に乗っている。
一応、共に馬で視察に向かいましょうと声をかけたわけだが、サック男爵の馬具ベルトは今にもはち切れんばかりに悲鳴を上げている。
第一、馬に乗ったら背骨が折れそうだ。
「あー、やっぱり馬車で視察に向かいたい気分ですわ」
こんな肉袋が馬車に入ったら、狭すぎ、暑すぎ、臭いすぎだ。
男爵の脂肪の狭間から汗が止めどなく流れている。
どう考えても快適ではない車内環境に、前言撤回。
「今日はいい天気ですし、歩いて向かいましょう」
言ってることが二転三転。
自分でも馬鹿らしいと思っているが、これも気遣いってやつ。
さすがに私が馬で、男爵が徒歩だと不満があるだろうからね。
私の提案に、男爵もはいというしかない。
私たちはそのまま街の中心まで歩くことにした。
「以前、あなたが送ってくれた品、とても良かったわ」
「お褒め戴き、ありがとうございます」
「特にお菓子。あれは確か休業中だった有名お菓子店をわざわざ稼働させてまでして作ってくれたのよね?」
「ぜえ… はい、材料の仕入れが特に大変で…」
「ルカが喜んでいたわ。あの子ったら、朝食にお菓子を食べて、お昼時にもつまみ食い、眠る前にもお菓子を食べようとしたくらいで、私がダメって言ったんだけどね。」
「はぁ… ぜえ… 」
「それでもお腹がすいて仕方がないんだって、やっぱり成長期かしらね。大人になったルカも凛々しくてかっこいいんだけど、線の細さとあどけない顔だけが残っているのよね」
「ぜぇ…ぜぇ… はい、その通りです…」
「よね!太らないか心配だけども、きっとルカのことだから逞しい姿になると思うわ。」
「ぜぇ… ぜぇ…」
「そういえば、先日ルカに読み聞かせをしていた時なんだけども...」
「ララ姫様 たんま... たんま!」
何よ、私が熱弁している時に
と思って振り返ると、そこには干からびそうな男爵がいました。
「休憩を、お願いします」
男爵の要請で、一度休憩タイムを挟むことになった。
街の中でそこまで歩いてないのだけども、太った男爵にとっては千里の道を行くに等しかったらしい。
日頃の運動不足が祟ったらしいのか、筋肉痛の節さえある。
さすがにこれ以上、男爵に歩かせるのは無理だわね。
「男爵、私は馬に切り替えようと思います。男爵もお好きな乗り物に切り替ええてはいかがでしょう?」
男爵に救いの手を差し伸べる。
話しながら視察するという当初のコンセプトを壊すようではあるが、男爵の息の根を止めるようであっては意味がない。
何でもいいから好きなに乗って、移動してほしい。
「では、お言葉に甘えて」
そう言って、男爵が出したのが駕籠。
人が乗るように考え出された、この駕籠はどう見ても男爵には小さすぎると感じたが、男爵はすっぽりと入って、取り付けられた窓から顔を覗かせる。
御者を務めるのは、異国から連れてこられた奴隷らしき男が二人。
荒れ地の魔女かよ。
あとはドーピングとして、勢いよく香水を嗅げば立派な魔女になれるだろう。
よっこいせ、の合図とともに持ち上がった駕籠は馬に乗った私と並走する。
「姫様、ここから失礼します」
「ええ」
男爵が私を見上げる形で挨拶をする。
これなら話しながら視察もできそうね。
「感染症もそろそろ落ち着きを見せ始めたわね。」
「ええ、そのせいで... おかげで私の商売も新たな場へと挑戦できそうです」
男爵からしてみれば、感染症は廃業の危機と同時に、ビッグチャンスだっただろう。
感染症によって市場が閉鎖され、卸した商品が売れないピンチ。
だが、ライバルのいない訪問商売で市場を切り開くことができる。
私としても、危険な業務を委託することができる。
ウィンーウィンだわ。
「最近はかなり麦が値上がりしているわね」
「ええ そのせいで私どもも原材料費高騰に苦しんでおります」
「随分と巨利を得たじゃない?」
「へへぇ...」
申し訳なさそうに手を後頭部に回して、頭を下げる男爵。
「あら、利益を大きく上げるのは商人にとって誇らしいことじゃない。もっと胸を張ってもいいじゃない?」
食糧庫に眠っている備蓄を放出することに決まったが、その発表はまだだ。
多少なりとも価格低下に貢献したいのだが、一つ確認が必要だ。
視界の端に、列が見える。
馬車には食糧が積まれて、受け取るための行列ができていた。
「あれは、あなたの商会のものかしら?」
「ええ、サック商会と書かれているのがそれです」
なかなかの繁盛具合。
ソーシャルディスタンスなんてガン無視の行列に、隣のサック男爵も苦笑い。
「民衆には、距離を保てとの命が分からないのでしょうね」
「そうね、少し近づいてみましょう」
ガヤガヤとした喧騒は、3カ月前の大通りを思い出す。
まだ病が広がっていないときは、こうした喧騒が市場の至る所にあった。
「おい、また値上がりしてるじゃないか!」
「麦の値段も一般庶民じゃあ、買えない値段だわ!」
「買取価格が下がってるじゃないか! 内職しててもこれじゃあ食えねえよ」
民衆が不満を言うと、商人は言い放つ。
「うるせぇ! 原材料費高騰だよ、原材料費! 文句言うなら買わなければいいだろ」
うーん、不穏な喧騒だった。
暴動とも言いかねないほどの騒ぎ。
私がさらに近づこうと踏み出すも、流石の護衛も止めにかかる。
「姫様!」
護衛の騎士が私に声をかける。
どこか緊張した面持ちで周囲を警戒している。
「殺気立っているわね」
窓々から覗き込む人の目。
市民の隔離が続いているためか、その不満が大きい。
先程、押し問答をしていた民衆も私たちの存在に気づいたのか、こちらを凝視している。
一人の女性が勢いよく前に出る。
もちろん、護衛に阻まれて私の進路を妨害することは能わないわけだが...
「姫様、どうかお助けください!」
最近は物価高だからね~
遅ればせながら投稿時間を0時にしようと思います。
なんか17:30に投稿するよりも、PVが稼げるんですよね、不思議です。
皆さんどの時間が見やすいんでしょう? ♡




