10.ハートキャッチ摂政
「どうかお助けください」
首を垂れて、悲痛な叫びが通りに響く。
誰もが女性を注視している。
そんな脇に男爵を乗せた駕籠が近づいてくる。
「姫様、そんな一人の民衆の意見など聞かなくても...」
「下がりなさい」
「...」
私の一言に、サック男爵は口をモゴモゴと何か言いたげだが無視。
私は馬を下りると、陳情に来た女性のもとへと向かう。
彼女の顔を見て
「どうかされたのですか?随分とお疲れのようですが...」
女性の顔はやつれている。
母親なのだろう、背後には子供が隠れていた。
子供もまた、やせ細っている。
「聞いてください。最近の値上がりはひどいんです! 特にこの商人どもは私たちから不当にモノを高く売りつけてくるのです!」
「なっ!?」
女性の発言に、たじろぐ男爵。
そうだそうだ、と周りの者も同調して声を荒げる。
だが、男爵も言われるだけの男ではない。
「男爵、反論したそうにしているわね。発言を許可する」
「はっ、ありがとうございます。必ず身の潔白を証明します」
頑張ってちょうだい
私は期待してないわけだけど...
男爵は息を吸って、通りに住む民衆に向かって声を投げかける。
「皆様、誤解です。私が不当にモノを高く売っているなど!」
手を大きく広げた男爵は、自らの身の潔白を訴えた。
隔離政策によって、市場が閉鎖されて以降、食糧供給は商人に任せている。
国が農村から食料を税として調達、
余った食糧を国から商人に卸し、
商人は市民に食糧を売る。
そこに多少の利益を乗せても構わない。
それが商売というやつだからだ。
だが、今回はその利益を不当に多くとりすぎでは...という問題だ。
「うるせえ!お前のお腹が何よりの証明だろ」
男爵の声に耳を傾けるものはいない。
男爵の肥え太った身体が、民衆の怒りの琴線に触れたらしい。
民衆を鎮めるどころか、火に油を注ぐ結果になっている。
「不味いわね」
隔離政策による不満はいつ噴出してもおかしくない。
今は怒りの矛先が商人に向いているだけで、いつか王家に対しても怒りの矛先が向くかもしれない。
元はと言えば、私が言い始めたことなのだから。
革命ルート。
ゲームにそんなルートは存在しないのだけど、他のゲームだと民衆の怒りを買って、革命がおこり、そのままギロチンコースだなんて...
私が欲しいのはルカのフルコースよ。
愛しい弟がギロチン台にかけられるのは嫌…
ララは一歩前へ踏み出す。
「あなた、もう少し詳しく私に教えて!」
指をさしたのは陳情に出た女性。
先程までの勇気は何処へ行ったのやら、はひっと情けない返事をしながらも、言葉を返す。
「具体的にどれほど値上がりしたのかしら?」
まず知りたかったのは、値段の上り幅だ。
「えっと... 家族一カ月分の麦が今までが400エリーだったのが、最近は700エリーでしょ。それで今回値上がりしたのが1000エリー」
だいたい元の値段から2倍以上。
そのうえ、隔離中のため稼ぎがほぼ0に等しい中での、食費高騰は死ねと言われているようなものだ。
1万エリーが大人一人の年収入だから、麦を買うだけで年収入と同じ。
それに待ったをかける男爵。
「1000ではない。999エリーだ!」
「ほとんど同じでしょ!」
民衆も馬鹿ではない。
こんな端数を使って額を小さく見せようという、姑息な手には引っかからないのだ。
市民にとっては1000エリーも999エリーも生活を圧迫することに変わりはない。
ただこの国では、1000エリーで一枚の金貨と交換できる。
そのため、1000という数字には妙な心理的な壁がある。
999エリー。
一枚の金貨には届かない。
けれど、実質的にはほとんど同じだ。
商人にとっては、この一エリーが大きい。
露骨に暴利を貪ろうとする男爵の悪意が見え隠れする。
チラチラ
男爵が頻繁に私の顔を覗き込む。
助けてくれと、言いたいのだろうか…
「男爵、私はあなたに300エリーで売ってるのだけど、999エリーで売った差額分はあなたのお腹に隠れているのでしょうか?」
「ち... 違います。断じて違うのです、姫様。」
残念ながら、暴利を貪られていい気分はしない。
うちでは適正価格を400エリーを目安に、市場価格を抑える目的で安価に麦を商人に卸している。
それなのに、倍以上の価格は誰から見ても不当に利益を上げていると言っていい。
ここまでは、あくまで私の言い分。
男爵の言い分も聞かないとね。
私は男爵にそうなった背景を語るよう促すと、男爵は饒舌に語りだす。
「国家から供給されている麦は、市場に出回っているほんの一部なのです。」
「そうなの?」
私が問いかけると、汗を拭きながら男爵は応える。
「はい、出回っている麦の大半が農家から直接仕入れたもので、我々共は皆様に食糧を供給すべく麦を買い集めているのです。そのせいで一時は麦の仕入れ額が600エリーにまで価格が高騰しているのです!」
「なるほどね」
私が相槌を打つ。
男爵はここが攻め時と見たのか、さらに声を張り上げる。
「さらに、最近では輸送費も高騰しているのです。馬の干し草代も馬鹿にならないし、人件費も増している。」
そして、男爵は肥え太った下顎を震わせて
「私どもも苦しいのです…」
大の大人が悲痛な面持ちで泣くその姿は、どちらが被害者なのか分からないほどだ。
「全ては私どもが提出した帳簿通りで御座います。国から頂いた麦と民間から買い上げた平均単価が500エリーなのです。」
男爵が提出した帳簿には、平均で500で仕入れて、700で売ったということになっている。
常識の範囲内の商売。
男爵の言い分も分かった。
「帳簿帳では700エリーだけど、実際は999エリーに価格を改定したそうじゃない?」
「...申し訳ありません。最近の費用上昇での価格改定を帳簿に記載するのを忘れまして...」
まあ、帳簿はここ1週間で提出させたもの。
なので帳簿に記載がされてないのは無理もないのだが
「最近の麦の卸売価格は400エリーちょっとだけど...?」
「ゆぇ、姫様 よ...よく、御存じで」
一時は600エリーに届く勢いではあった。
だが、一時的に価格統制を行って以降は麦の価格は落ち着きを取り戻した。
皮肉なことに、病による死者と、市民の流出が食糧そのものの需要を押し下げる要因にもなった。
その結果、今は400エリーにまで下落した。
市場価格に関しては、日頃から情報を集めているからよく知っている。
世間を知らない王女様なら、騙せると思ったのだろう。
「素人の見識だから間違っているかもだけど、行商において仕入価格が7割、諸々の費用が2割、利益が1割と聞いているんだけど... 」
私は、顔の前で両手を組む。
そして男爵の顔を覗き込んで、尋ねた。
「あなたは何倍の利益をいただいているのかしら?」
「ゆゆゆゆゆ... ゆぇ?」
こちとら、合計中身37歳のガールだから
騙せるものも、騙せませんわよ
男爵のふくよかな下顎が震える。
「仕入れが400。輸送費と人件費を合わせても、せいぜい100程度でしょう?」
なら、500エリー近くが儲けになる。
通常ではありえない利益だ。
「ひ...姫様、商人によってマチマチなんですよ。費用が掛かるところもあれば、かからないところもあるのです」
「あら、では私は費用のかかる商人に任せてしまったということかしら?」
私の言葉に、男爵は釈明する。
必死の言い訳
正直これでは埒が明かない。
私は執事に声をかける
「エドガー、あれを持ってきて」
「はっ」
短い返事とともに渡されたのは一つのノート。
「そ... それは!」
男爵が分かりやすい反応をしてくれた。
これを見れば一発で、不正をしているか分かる。
「テッテレー、帳簿帳!」
商人が商いをする時に記載する帳簿帳。
商人の命ともいわれるこれには、過去の商売履歴やら原価の詳細などが分かる。
ライバル商人に渡れば、一気に不利になるため厳重に保管される。
ホンモノの秘密道具だ。
「ッー! まさか最初から分かって...」
男爵は苦虫を嚙み潰したような表情で私を睨む。
「あら、なんのことかしら」
私が最初から、男爵を狙ってなんかいませんよ。
狙っているのは通りに住まう市民たち。
悪徳商人を成敗して、市民のハートをキャッチするぞ(⋈◍>◡<◍)。✧♡
群衆の断罪の声が上がる。
市民も、不正の証拠が押さえれていると聞いて期待の眼差しを向ける。
これを見れば、イチコロ!
不正を知っているんだから、さあ覚悟しなさい。
ページをめくって、確認する。
そして行き詰る。
「どう見ればいいのかしら」
執事の落胆とも言えるため息
ほっと胸を撫でおろす男爵。
私は商人じゃないんだから、帳簿の見方なんて分かんないじゃない。
帳簿に記載された数字と、記号の羅列に困惑する。
こういうのは執事に任せようと思い、帳簿帳を執事に渡す。
執事は一瞥する。
帳簿帳には膨大な取引があるため、先程の一品あたりの原価計算はできないと補足しつつ、
執事は簡単にまとめる。
「サック男爵の帳簿上では700エリーで販売と書かれてありますが、実際の売り上げ記録は999エリーです。
さらに、帳簿では500エリーで仕入れたことになっていますが、実際の仕入れ価格と諸経費を合わせても400エリーです。つまり……」
「599エリーの儲け... すごい儲けですわね」
分かっていたことではあったが、改めての暴利に唖然とする。
こういう行商は、売上の1割が利益であればいいところだが売上の6割近くが利益になるのは、なかなか存在しない。
それこそ存在するなら貴族向けの商売くらいだろう。
市民も私と同じような感想を抱いたようで、一瞬の静寂の後、大きな声で騒ぎ立てる。
「俺たちがこんな苦しい生活をしてるっていうのに…!」
「天誅を!」
隔離下において、食糧を届けていたのは認可を得た一部の限られた商人だ。
そのため、価格が上昇しても受け入れざるを得なかった。
今まで暴利を貪っていた罰を求める声。
そして、市民の苦しさを背景に甘い汁を吸ってきた商人に対する怒り。
その声は誰にも止められないほどの勢いとなっていた。
ただ一人、この状況に我慢できない男がいた。
「うるさい、弱者共が! 俺がどれだけ苦労してこの地位に就けたと思っているんだ。俺が利益を得るのは当然の対価なんだ!」
サック男爵は駕籠から降りて、絶叫する。
だがその声も、群衆の怒りに搔き消される。
その中で、執事が私に耳打ちする。
「帳簿上では200エリーの利益。実際には599エリーの利益。差額399エリーが申告されていません」
ここで問題になるのは暴利を得たこと... よりも税金の話だ。
儲けた利益に対して税金が課せられる。
提出された帳簿をもとに計算するため、どうしても帳簿をいじくり回して利益を実際よりも少なくする商人もいる。
だが、今回はあまりに飛びぬけすぎている。
多少の誤差なら見逃してあげてもよかったけど、さすがにここで裁かないのは倫理的にも、法律的にもアウトだろう。
「男爵、私があなたたち、商人に訪問販売を許可する際、二つのことを約束しましたよね。」
私は一歩更に踏み出して、男爵に近づく。
「一つは、任せた区域の食糧供給の義務を果たすこと」
一歩踏み出す。
「もう一つは、価格の安定に努めること。あなたはこれに違反しているのではなくて?」
「...」
男爵はたじろぎ、俯く。
市民からは罰を求める声が大きくなる。
その声を無視する訳にはいかない。
「サック男爵」
「はひっ」
「私は儲けたことは罪だと思っていません。約束もあくまで努力義務で罰則を設けていません」
「では...」
最後の希望に縋るように、
男爵は私の顔を見て、天を仰ぎ見る。
「しかし、あなたは実際より利益を少なく帳簿に記載し、納めるべき税を逃れていた。これは立派な脱税です」
私の足元まで来て、足に縋りつこうとした男爵を蹴り飛ばす。
「投獄しなさい」
私が合図を送ると、衛兵が男爵を取り押さえる。
離せ、話せば分かると男爵がのたまっているが、知ったことではない。
連行される姿を見て、市民は歓喜
男爵は石を浴びながら退場、私は通りの中央で喝采を浴びる。
「姫様、ありがとうございます」
「摂政様、万歳!」
「俺も蹴られたい!!」
そうでしょ、そうでしょ
私がいる限り、悪意ある奴は排除して見せますわ。
「あ、最後に発言した方も投獄で」
私の言葉に護衛がすぐに動く。
「はっ」
「ゆぇ?」
護衛にボカボカと蹴られながらも男爵と一緒に連行される。
心なしか嬉しそうにしているのは、私のおかげだろう。
これで一件落着。
そして、今回のMVPを称えなければ
「良くやったわ、エドガー。よく帳簿帳を手に入れましたわね」
「はっ。買収するとすんなりと、渡してくれました」
どうやら、困っている市民に高値で売りつけることに疑義を持っていた従業員もいたらしく、金と退職した後の雇用先を斡旋するよと誘えば、すんなり裏切ったらしい。
「改めて礼を言うわ」
ウィンク♡
「はあ…」
歓声に埋もれた通りの中では話しずらい。
私は執事の耳元まで近づくと、思う感想を吐露する。
「やはり、対策が必要ですわね」
対策と聞いて、執事は困惑気味な顔を真面目なものに変える。
「はい、備蓄を放出することに関しては、従来通りの方法でありますと、今回のように商人に利益を渡すだけに終わるかと」
暴利を貪っているのはサック男爵だけではない。
おそらく他の商人も、大きく利益を上げているのだろう、と執事は語る。
「今回の件は、いい見せしめになったのではないでしょうか?」
執事の意見には同意見だ。
ミート・サック男爵を火あぶりにすれば、他の商人も安易に価格を上げづらくはなるだろう。
だが、根本的な解決には至らない。
「今回の原因の最大の要因は、独占よ」
安く商人に卸せば、その分だけ安く市民に行き渡る。
そんな性善説的な考え方は、金を信仰に掲げる者の前には無力だ。
特に今回は、少人数の商人に任せたのが間違いだった。
感染リスクを減らすために数を絞って、担当地区を割り当てて許認可を出していたのだが、それが結果的に独占状態を作り出していた。
商人が価格を上昇しても、対抗する商人がいない。
市民は買う場所が、そこしかないため安い商品を選べない。
商人にとってはライバルのいない夢のディ〇ニー・ランドだったことに違いない。市民にとっては悪夢だが...
「対応策としては、担当地区の設定を廃止して商人同士での価格競争を促すことかしら」
それくらいしか思いつかばない。
あまり地区間での人の往来を少なくした方が感染リスクは減らせるのだが仕方がない。
「食糧の供給と、感染リスクを意識しすぎたがための失敗ね」
食糧供給は商人にかなり念押しした。
最も恐れたことが食糧なくなっての大暴動を恐れたわけだが、結果的に食糧供給を優先しすぎたがあまり、価格が高騰しても食糧供給を果たしましたという見方もできる。
全ては私の責任だ。
「いずれにせよ、隔離は一刻も早い解除が必要ですわ。」
根本原因はやはり感染症。
収束に向かいつつあるとはいえ、未だに死者は絶えない。
解除したいけども、解除したときに感染拡大したら今までの努力が水の泡だ。
かといって、封鎖を続けると今度は市民の不満が上がるし...
「姫様、そこまで焦らなくても大丈夫ではないでしょうか? 今のところ、市民の姫様やルカ殿下に対しての感情は好意的ですから」
今回の視察で感じたことだが、商人へのヘイトは大きい一方、
私に対してはそこまでの悪感情を向けられたことはなかった。
「市民は、姫様やルカ殿下に憐みの情を抱いているのでしょう」
執事が語るには、幼くして感染症で父母を亡くしたことへの憐み。
その状況の中でも、懸命に王族としての責務を果たそうとする姿に、市民は同情と期待の目を向けているそうだ。
ならば乗るしかない、このビッグウェーブに。
出来る限り、か細い声で
「皆さん、聞いてください」
透き通った声は、喧騒の中でも唄声のように響く。
誰の耳にも残る聲に、騒いでいた声も次第に落ち着きを取り戻し、最後には沈黙へと変わっていった。
ララは静まるタイミングを見計らって口を開く。
「私たちは難局に立たされています。病が流行って3カ月、未だ出口が見えず...」
「身近な人々から旅立っていく悲しみを背負い」
「明日の生活への不安を拭えないながらも、私たちは歩いています」
共感して頷くもの。
心当たりか、天をあえぐもの。
ララの発言は、今まさに抱えている不安を言い当てるものだった。
「中には、将来への絶望から自ら命を絶つものがいます」
「皆さん、それでも生きるのを諦めないでください」
ララは皆に優しく微笑みかける。
市民は、そこに亡き父母の面影を感じ取ったことだろう。
ララは人差し指を掲げる。
「あと1カ月、1カ月の辛抱です!」
人は吸い込まれるように、その人差し指を見つめる。
「1カ月過ぎれば、明日への路銀を稼ぐことができます」
それは明日に困窮するものに刺さった
「1カ月過ぎれば、愛する者に会うことができます」
それは人を愛するものに刺さった
「1カ月過ぎれば、元の生活に戻ります」
誰もが昔を懐かしむ。
もし、病がなければ明日の食事に困ることはなかったはずだ。
愛する人にも会えたはずだ。
「だから、それまでの辛抱なのです!」
12歳の小柄から放つ華奢な声は、夢物語を必死で語る少女だ。
だが、その夢物語に、どこか叶わないだろうなという諦めと、それでも諦めきれない夢があった。
1カ月
別に何か根拠があったわけではないけど、朧気ながら浮かんできたんですね。
1カ月という数字が
「姫様、まだ決まってもいない事を語るのは...」
執事が私の耳に手を当てる。
「あら、じゃあ1か月後に解除、決定事項ね」
何の根拠もなしに決めるのはいかがなことかと、執事は小言を言って、頭を抱える。
何も根拠がないわけではない。
人は具体的な数字を欲しがるもの
特に将来の見通しが分からないときほど、その傾向は強くなる、と個人的に思っている。
1カ月という数字は、3カ月の隔離時間に比べれば耐えられる期間でありながら、経過観察するには丁度いい数字と言える。
もう少し、時間を延ばして2カ月なんて言ったら、市民は長く感じただろう。
「だとしても、根回しが必要で御座います。姫様。」
この国は摂政や、国王だけの権限で動いているわけではない。
例えば、在庫を放出するときだって財務担当の貴族と協議して、決定した。
軍を動かすときだって、そう。
何かと貴族への根回しが必要なのだ。
ただ...
「貴族は、私の味方ではないわ」
ルカにとっても同じだ。
だからこそ、市民のハートを掴む必要があるの




