閑話:王子さまと異常者
青空には、あなたの瞳が良く似合う。
碧い瞳は、遠くの空を眺めている。
ひと吹きの風が丘を駆け抜ければ、あなたの長いまつ毛も、短くまとめられた髪も風下へと流れる。
あなたは耳にかかった髪を指で梳く。
ただそれだけ。
それだけなのに、様になっている。
王子様だからだろうか。
それとも、あなたがあなたであるからだろうか。
丘の頂上。
あなたが座っていて、望む視線の先には、農地と牧草地が広がっている。
綺麗だった。
風に揺れる緑。
遠くに見える家々。
そして、その向こうに広がる青空。
まさか城下町のすぐ近くに、こんな場所があったなんて。
私はあなたを追いかけて、ここまで来た。
いつか、この場所を思い出す日が来るのだろうか。
あなたを追いかけていた日々を。
あなたの成長を、すぐ隣で見つめていた日々を。
短くて、長い。
そんな記憶を、いつか私は懐かしむのだろう。
いつか見た、あなたを奪る夢を見て
いつか、結ばれると信じて
いま、私はあなたを見つけたの。
「ルカ、見~つけた。」
「わっ!」
抱きつく。
清涼感のある金木犀の香り、馴染みある匂いが鼻孔を燻る。
あなた、ルカはいきなりの私の重さに驚き、圧し潰されながらも反発して、お姉さまやめてくださいと、いつものじゃれあいを始める。
私の大好きな弟。
ずっと一緒に育ってきた。
だから――幼馴染みたいなものだよね。
高鳴る胸の鼓動は隠せない。
ルカにとっては、ただの姉弟の遊び。
でも、私にとっては。
この鼓動を、あなたは知らない。
知らなくていい。
「お姉さま、重いです。重いです!」
「乙女に対して、重いとはどういうことかしら?」
教育がなってないわねと、さらに重量をかける。
すると重心が崩れて、私たちは丘を転がる。
勢いが止まったときには、視界は青空一色だった。
「さすがにふざけすぎたわね。」
私は9歳、あなたは5歳
まだじゃれ合って遊べる年齢。
「そうですよ。お姉さまが覆いかぶさってくるから。」
頬を膨らませて抗議するルカ。
「あなたが可愛すぎるからよ。」
その可愛さがいつか仇になる日がくる。
私はその日を知っているのだから。
「それはどれくらいですか?」
可愛さに、尺度をつけることは難しすぎだと、クスリと笑う。
それでも誠実なルカには真面目に向き合わないとね。
「そうね。あなたを取り合って死人が出るくらいかしら。」
傾国の美女ならぬ、傾国の王子かな。
「それは... 恐ろしいですね」
若干、引いているルカ。
「本当よ。」
だって、あなたはゲームの中でもそうだったじゃない。
数多の女性が、あなたを奪い合って、その中で勝利して初めてあなたの一番になれるのだから、私は何も嘘を言ってない。
私もその一人だったのだから。
風が吹く。
言葉のない時間を、風だけが運んでいく。
雲が青空に一筆を引くように、ゆっくりと流れていった。
少し間が空いたあと、ルカはぽつり、口を開く。
「でも、僕は怖くありません。」
ルカの顔を見る。
その顔は少し微笑んでいる。
「あら、なんでかしら?」
ルカは昔から少し気弱なところがある。
そんなルカが強気でいられるからには何か理由があるのだろう。
「僕にはお姉さまがいますから。」
守りたい、この笑顔。
そこに可愛さがある。
そこに美しさがある。
だから、欲しい。
しかし、ここに庇護欲が勝った。弟を守りたいという庇護欲。
口に出す言葉は一つだった。
「お姉ちゃんに任せないさい!」
頼りになるお姉ちゃんでいたい。
姉としてあなたを守りたい。
あなたの一番になりたい。
私は立ち上がり、草を払いのける。
そして、ルカの顔を上から覗き込む。
「ただし、ずっと私のすぐ近くにいること。」
じゃないと守れないでしょ?私は足りない言葉に理由を足す。
叶わぬ欲望を、言葉に乗せる。
「あなたが大人になるまでは、私が一番のお姫様よ。」
いつかあなたにも好きな人ができて、婚約して、結婚するのだろう。
あなたの幸せを誰よりも願う私でも、私だけ取り残されるのは悲しい。
あなたの一番に成れないのは、悔しい。
だから…あなたが成人するまでは...
「約束よ。」
私は、小指を差し出した。
ルカは少し不思議そうに首を傾げる。
それでも、私の小指に自分の小指を絡めた。
「はい。約束です」
小指と小指を結ぶ。
私は小指に力を入れると、つながった小指からルカの身体を起こす。
体重が小指にのしかかる。
すぐにほどけそうだった。
だが、その結びは強く、痛みを伴いながらもルカの身体を持ち上げた。
ルカが痛がって、俯いている。
私はルカの手を離す。
そして、その身体にちょん、と触れた。
一目散に丘を下る。
「次はルカが鬼よ。」
「あ、ちょっと。 待ってお姉さま。」
二人の影が、長く伸びていく。
青空の下。
草原の上。
私とルカの交わした約束だ。




