05.私が摂政なのですが?
「もう、お兄ちゃんのバカバカ!僕が摂政になるっ!」
「うるさいわねえ。私が摂政よ!」
玉座の間
国王が諸外国の使者を迎え、戴冠式を執り行い、幾度となく国の命運を決めてきた場所。巨木の幹ほどもある石柱が天井を支え、深紅のカーペットが黄金の玉座へ伸びている。
本来なら、この王国で最も厳粛な場所だ。
そんな厳粛な場所で、兄弟喧嘩を始める奴らが二人。
いい年して、やることが兄弟喧嘩かよ
何でこんなことに…
話は二人を王宮に呼び出したところからだ。
12歳の小娘に呼び出されるなんて気に食わない、なんて言って王城への招集に呼び出しを拒否するかと思ったが、意外なことに二人はすんなりと応じた。
私は、玉座の隣に立つ。
目の前には中年の男、二人。
小太りな体に、つぶらな瞳を持つケーツ伯爵。
髭の生えた姿はなにか、チグハグなものを感じる。
細身で、唇の朱がやけに濃いエレベスト公爵。
顔面も厚い化粧に包まれていることから、そういう趣味があるのかな。
「あら、私たちを呼び出して、何か話したいことがあるのかしら。ララちゃん」
気安く話しかける、エレベスト公爵。
その口ぶりは、国の役職を担う者同士ではない。
叔父が姪に話しかけるときの口ぶりだ。
だが、ここは公的な場。
ララちゃんと呼ぶのは、摂政を認めないというメッセージなのだろうか。
「なんで、12歳の小娘が摂政なの!?」
ぷんすか怒るケーツ伯爵。
こちらはもっと露骨だ。
頑なに、私が摂政だと認めない。
「それに一段上にいるのはおかしいよ。摂政じゃないのに、そこにいるのはダメだよ!」
そこを指摘してくるか。
私が位置しているのは玉座の隣。
幼少の人間を補佐するという役職柄、摂政というのは玉座の隣に立つのがセオリーだ。
そもそも摂政じゃないやつがそこに立つな。
ケーツ伯爵の言葉は子供じみているが、ここで反論しなければ暗に認めていると解釈されかねない。
私は口を開く。
「私が摂政であること。これは父の遺言です。」
断言する。
父から、摂政としてルカを支えてほしいと死に際に発言した。
周りの人も、このことについては聞いてるし、父は事前に己が死ぬことを予想して、対策を打っていた。
私が摂政であることは間違いない。
「それにケーツ伯爵、私はこの難局を乗り越えるために努力しました。」
ケーツ伯爵が摂政になりたいと言い始めたのは、ここ1カ月の話だ。
私が摂政になってから3カ月間、感染症対策を頑張ってきた。
感染症も収束し始めた最近になって、摂政になりたい、なんてうまいところだけ欲しいのだろう。
盗人猛々しいにもほどがある。
頑張ってたわたし。
何もしてないケーツ伯爵。
「私の方が摂政として相応しいとは思いませんか?」
さすがに煽りすぎたかしら。
ふくよかな二重顎をプルプルと震わせるケーツ伯爵。
若干、後悔したのも束の間。
「やだやだ、摂政になりたい!」
寝転び、ジタバタと手足を動かすケーツ伯爵。
いい年した大人が何をしてんの?
思わず、ケーツ伯爵から離れたい一心から一歩後ずさる。
摂政どころか、役職全般に向いていない気がする。
すぐ感情的になるし、気に食わなければ駄々をこねる。
そのくせ、求めるものが過大だったりする。
父と、エレベスト公爵、ケーツ伯爵は兄弟だ。
長男が父、次男のエレベスト公爵はしっかりしているのに、なぜケーツ伯爵はこんなになったのだろうか…
ドン引きしている私がおかしかったのか、エレベスト公爵はコロコロと笑いながら、ケーツ伯爵を咎める。
「もう、ケーツちゃんたら駄々こねちゃって」
ダメよ、と指をケーツ伯爵の口に付ける。
どうやって弟を甘やかすから、そんな性格になったのかしらと思っていると、ふとエレベスト公爵の顔に影が差す。
「やっぱりケーツちゃんには、摂政無理だわ。」
「えっ」
表情からは笑顔だけが消える。
明るく突き放す言葉に、ケーツ伯爵は思わず嗚咽を吐く。
「だってすぐ感情的になるし、気に食わなければ駄々をこねる。そのくせ、求めるものが過大じゃない。摂政の器じゃないわ。」
私が言えないこと、全部言っちゃったよ。
先程までの陽気さはどこに行ったのか、エレベスト公爵の瞳は冷たく光る。
エレベスト公爵。
父にも重用され、貴族や軍隊からもその手腕を認められている、この国の重鎮。お姉口調からは想像できないほど有能なのだ。
あまりの言われっぷりに堪えかねたのか、ケーツ伯爵は声を荒げる。
「もう、お兄ちゃんのバカバカ!僕が摂政になるっ!」
「うるさいわねえ。私が摂政よ!」
それでも摂政になるのかと、諦めながらも摂政になると宣言するエレベスト公爵。
こうして冒頭に戻るわけだ。
なんだろう、私が取り残されている感が否めない。
私がこの場を取り仕切るはずなんだけどな。
私は、ゴホンと咳払いすると
「二人とも静まりなさい。」
声を張って発言する。
ひとまず加熱した二人を冷やさなければ。
二人の叔父は、私に顔を向ける。
よしよし、二人の注目が私に移った。
「あなた方がどのような意図で摂政になりたいのかは分かりませんが、父の遺言には私が摂政だと決まっております。ケーツ伯爵、エレベスト公爵の二人には叔父として、私を支えてほしいのです。」
恭しく頭を下げる。
ここは協力してもらわないと、国がまとまらないし、なによりも私が摂政であることはルカを守るためにも必要なことだ。
特に、4人の婚約者候補の婚約ルートを潰すためにも、権力は持っておきたい。
こんな可愛い12歳の姪っ子がお願いしてるのだから、多少は怯んでくれても…
「嫌だ!」
「嫌よ☆」
ですよねー(;^ω^)
予想はしていたが、断固拒否らしい。
逆にそこまでの覚悟があるからこそ、王城に乗り込むことができたのだろう。
そこまでの理由があるのだろうか。
私は二人に質問する。
「では、どういった理由を根拠に、摂政の位を求めているのでしょうか。」
二人が私を舐めているのは自明。
私が摂政であることも、お飾りでしかないとの認識なのだろう。
しかし、今こうして実権があるのは私。
一声すれば、近衛兵に命じて二人をここで排除することだって物理的には可能だ。
可能なだけで実際には、難しいわけだが。
「お小遣い…」
「は?」
「今のままじゃ、お小遣いが少ないよ。一か月で100万エリーじゃ、好きなもの買えないじゃん!摂政になって、お小遣い欲しい!!」
「ええ...」
ヴェルサイユじゃねえんだよ、ここは。
要は私欲のために、権力が欲しいって言ってるよ。
100万エリーは100世帯の年収入と同じ、かなりの額だ。
それに摂政はお小遣い制ではない。まさか国庫から出した金を、お小遣いと称して豪遊するつもりだろうか。
あまりの愚弄っぷりに立ち眩みがするが、そこはなんとか踏みとどまる。
今まで摂政として苦労してきた私が馬鹿みたいだ。
ここは仏の精神。
顔の表情を一度殺して、そこに優しい微笑みを浮かべる。
「200万エリーにお小遣い増額するから、我慢しなさい。」
すると、ケーツ伯爵の顔は花が咲いたように笑顔になる。
「やったー!」
「その代わり、摂政の位を諦めなさい。」
「うん、やめる!」
ちょろいな。
そして、200万エリーを稼ぐのがどれだけ大変か、分かっていないだろうケーツ伯爵に一瞬殺意が湧くも、これで摂政レースを脱落してくれたことに安堵する。
諦めと、殺意と、安堵がトライヤル反復横跳びだ。
はあ、これで言質は取った。
次にまた駄々こねようが、前言ったでしょ、我慢しなさいの一点張りで断ろう。
さて、残りは一人。
「あら、ケーツちゃん。摂政を諦めるなんて、つまらないわね。」
詰まらなそうに話すエレベスト公爵。
「まあ、ケーツちゃんには豚に真珠だから、摂政を諦めて正解だわ。」
散々な言われよう。
また癇癪を起さないかと、ケーツ伯爵を見るとお小遣いが増えて、ご満悦の様子。貶されたことに気づいていない。
それでいいのか。
「あなたはどうなんですか?」
摂政を諦めるのか、それとも…
私は問いかける。エレベスト公爵の瞳は再び冷たく光る、それでいて笑みを絶やすことはない。
「当り前じゃない。摂政を諦めたりはしないわ。」
腰にぶら下げている公爵杖を手に取ると、
カツン、地面を叩く。
公爵家の当主が正式な宣戦を示すときに使う、公爵杖。
私は息を吸った。
「宣戦布告と解釈してもよろしいかしら。」
その冷たい瞳、淡い青の瞳を睨む。
「あら、あなたたちのために摂政になるのよ。」
なるほど、幼い私たちを守る。
これがあなたの正当性なのね。
「今、この国は未曽有の危機に瀕しているわ。疫病に、兄の死による政治的混乱、財政問題、魔族の侵入、外国は虎視眈々と我が国を狙っているわ。」
私を挑発するように覗き込む。
「12歳のあなたにできるかしら?」
出来ないでしょ、そんな言葉が言外に伝わる物言い。
確かに、この難局を乗り越えるにはエレベスト公爵の力が必要だ。
それでも、私は乗り越えて、ルカを守る必要がある。
ここで引き下がるわけにはいかない。
「できます。現に疫病対策で成果を上げて…」
「それだけでしょ?」
覆いかぶさるように発言、すぐ言い返そうとしたが言葉が出ない。
冷や汗が、額に滲む。
「私は王である兄に仕えた。何十年もこの国を守ってきたわ。」
その実績は誰もが認めるところだ。
将軍として幾度となく勝利を収めている。
父が国外へ出た時は、国王代理として国政を取り仕切った。
貴族の調整役として、貴族の権益と国益のバランスをとるのもうまい。
おそらく、彼の能力を一番知っているのは私だ。
だからこそ、渡せない。
この人に摂政の権限を渡したら、私はルカの隣から追い出されるかもしれない。
「それに12歳の娘が国を取り仕切るのに、不安がる人も多いじゃない。あなたが素晴らしい功績を挙げたのは分かるわ。
でも、これは能力の問題ではなくて、周囲の人の評価の問題なのよ。だから…」
彼が国王代理として働いていた時期、何人かの貴族が不審死を遂げている。
事故かもしれない。
そうでないかもしれない。
でも、ルカの命を預けるには怖い。
だから…
「摂政、譲ってちょうだい。」
「断ります。」




