静かな夜は終わらない
「行くって言っても情報がないんじゃどうすることも出来ないわよ」
なゆたは俯きジッと一点を見つめる。
「確かにそうだね。もう少し、情報を集めて…」
言葉が詰まる。
「なゆた?」
ヤマトが覗き込む。
「妖怪の国…」
その言葉を口にした瞬間、
胸の奥がわずかに軋んだ。
……戻りたくはない
それでも…
「あそこしかない」
「俺たちの故郷か」
サクヤは顔を顰めた。
「戻るのか、あそこに」
確信はない。
「いいんじゃねーの?」
笑うヤマト。不安ななゆたの頭に手を置き撫でる。
「なにかあれば俺が守る。俺はそのためになゆたのそばにいるんだからな」
「まぁ、でも今の国を収めてるのは…」
ヤマトは顔を顰める。
「九尾…あいつか…」
空気が凍る。
誰も、すぐには言葉を出せなかった。
「……冗談きついわね」
ニコが小さく息を吐く。
だが、その声に余裕はない。
「今の妖怪の国をまとめてるのが、あの九尾ってことでしょ?」
「そうだ」
サクヤが短く答える。
「力も、知恵も、格が違う」
「“王”なんてもんじゃない」
ヤマトが低く呟く。
「気づいた時には、全部あいつの思い通りになってる」
なゆたは、黙って聞いていた。
……ボクだけ知らない…
突然、九尾が現れて支配したってことだけ
ボク以外のみんなは知ってる…
「……戻れば」
ニコが言いかける。
「ただじゃ済まないわね」
「歓迎なんてされるはずがない」
サクヤも続ける。
沈黙。
それでも。
なゆたは、ゆっくりと顔を上げた。
「それでも行く」
はっきりと言い切る。
「祢々切丸が、あそこにあるなら」
一歩、踏み出す。
「確かめる」
黒い霧が、わずかに揺れた。
「……ボクが何なのかも含めて」
その言葉に、
ヤマトは小さく笑った。
「やっと腹くくった顔したな」
「最初から決まってたよ」
「違うな」
ヤマトは首を振る。
「今のは、“覚悟した顔”だ」
なゆたは何も返さない。
ただ、
ほんの少しだけ視線を逸らした。
「で?」
ニコがパン、と手を叩く。
空気を切り替えるように。
「行くって言っても、どうやって?」
「正面からは無理だな」
サクヤが即答する。
「境界を抜けるしかない」
「やっぱそうなるのよねぇ…」
人間界と妖怪の国を繋ぐ“歪み”
「普通は見えねぇし、通れねぇ」
「でも、俺たちなら行ける」
なゆたは小さく頷いた。
……戻るんだ
あの場所へ。
もう戻らないと決めたはずの場所へ。
胸の奥が、わずかにざわつく。
だが。
止まらない。
「今から行く?」
ニコが首を傾げる。
「いや」
サクヤが窓の外を見る。
夜はまだ深い。
「準備がいる」
「境界は安定してない。下手に入れば、どこに出るかわからない」
「じゃあ明日か」
ヤマトが伸びをする。
「久々の帰省ってやつだな」
「軽すぎ」
ニコが呆れる。
なゆたは、小さく息を吐いた。
……帰る、か
その言葉が、
妙に重く感じた。
その時。
窓の外で、何かが動いた。
サクヤの目が、細くなる。
「……カラスが騒いでる」
ただの鳴き方じゃない。
ざわざわと、落ち着かない動き。
「またかよ」
ヤマトが舌打ちする。
なゆたの指先で、
黒い霧が、わずかに揺れた。
……もう、来てる
あの男か。
それとも——
別の“何か”か。
静かに、目を細める。
「……時間、なさそうだね」
その一言で、
全員の空気が変わった。
「準備、急ぐぞ」
サクヤが立ち上がる。
「了解」
ヤマトが笑う。
ニコも、すぐに動き出す。
なゆたは、最後にもう一度だけ
自分の手を見た。
黒い霧。
消えない証。
「……行くよ」
その声は、もう迷っていなかった。
妖怪の国へ。
すべてを確かめるために。




