傍観者は嗤う
空気が、重くなる。
誰も動かない。
「……半妖、ね」
ヤマトが一歩前に出た。
なゆたを庇うように。
「随分と物騒なこと聞くじゃねぇか」
「そうですか?」
男はわずかに首を傾げる。
「事実を確認しているだけですよ」
穏やかな声。
だが——
その奥に、確かな“確信”があった。
「ここは普通の店よ?」
ニコが笑う。
いつもの柔らかい笑み。
だが、指先はいつでも動ける位置にある。
「何か勘違いしてるんじゃない?」
「いいえ」
男は即答した。
視線は、なゆたから外れない。
「あなた達は、“普通”ではない」
沈黙。
「……何者だ」
サクヤが低く問う。
男は少しだけ考えるように間を置いた。
そして——
「観測者、とでも言っておきましょうか」
「観測?」
ヤマトが眉をひそめる。
「ええ」
男は一歩、距離を詰める。
「人間と妖怪、その均衡を監視する存在です」
「監視、ねぇ」
ニコの声がわずかに低くなる。
「安心してください」
男は笑う。
「今すぐどうこうするつもりはありません」
「“今は”か?」
ヤマトの言葉に、
男は否定しなかった。
「状況次第では」
空気が、張り詰める。
その時。
ふわり、と。
黒い霧が、なゆたの指先から溢れた。
「……っ」
わずかな呼吸の乱れ。
だが——
今回は、すぐには収まらない。
(……おかしい)
「なゆた」
ヤマトが手を掴む。
だが、霧は止まらない。
男の目が、細くなる。
「なるほど」
小さく呟く。
「やはり、“溜め込みすぎている”」
「……何の話だ」
ヤマトが睨む。
「そのままですよ」
男は淡々と答える。
「その半妖は——」
一歩、近づく。
「いずれ暴走する」
その言葉に、
空気が凍る。
「ふざけんな」
ヤマトの妖気が揺れる。
「事実です」
男は一切動じない。
「制御できているのは、今だけだ」
なゆたの中で、
何かが、軋む。
(……知ってる)
言われなくても、わかっている。
「黙れ」
短く、吐き捨てる。
その瞬間、
霧が、一瞬だけ膨れ上がった。
「なゆた!!」
ヤマトが強く手を握る。
妖気を吸い上げる。
ぐらり、と。
視界が揺れ——
霧は、収まった。
静寂。
「……ほら」
男が呟く。
「もう兆候は出ている」
誰も、否定できなかった。
「……用件はそれだけ?」
ニコが割って入る。
空気を断ち切るように。
「いいえ」
男は首を横に振る。
「もう一つ」
視線が、なゆたに向く。
「祢々切丸を探しているそうですね」
その言葉に、
なゆたの心臓が、わずかに跳ねた。
「……それがどうした」
「やめておいた方がいい」
即答だった。
「……理由は」
サクヤが問う。
男は、ほんの少しだけ笑った。
「それは——」
一瞬、間を置く。
「壊すためのものではないからです」
沈黙。
「……は?」
ヤマトが眉をひそめる。
「むしろ逆ですよ」
男は静かに言った。
「“抑えるためのもの”だ」
なゆたの中で、
何かが、強く揺れた。
(……抑える?)
「誰を?」
その問いに、男は答えない。
ただ、なゆたを見た。
「……あなたですよ」
一瞬、
時間が止まる。
その隙を縫うように、
男の気配が——消えた。
「っ……!」
ヤマトが振り向く。
だが、もういない。
「……消えた」
「厄介ね」
ニコが舌打ちする。
サクヤは、窓の外を見る。カラスがざわついている。
なゆたは、動かない。
ただ、
自分の手を見ていた。
黒い霧が、
わずかに、残っている。
(……ボクを、抑える?)
祢々切丸。
探す理由が、
少しだけ——
揺らいだ。




