静かな侵入者
店は、何事もなかったかのように静まり返っていた。
帳が消え、いつもの店。
「……久々に帳が降りたな」
ヤマトが小さく息を吐く。
サクヤは窓の外へ視線を向けたまま、静かに口を開いた。
「異界の中で起きたことは、基本的に外には残らない」
「便利なようで、厄介ね」
ニコは肩をすくめる。
「証拠が一切残らないってことだし」
その言葉に、誰も返さなかった。
なゆたは、ただ自分の手を見つめていた。
まとわりつくような感覚。
その感覚が、まだ身体の奥に残っていた。
「なゆた」
呼ばれて顔を上げる。
ヤマトが、少しだけ真剣な目で見ていた。
「大丈夫か?」
「……問題ないよ」
短く答える。
だが、その一瞬の間を、ヤマトは見逃さなかった。
「無理すんなよ」
軽く言うが、その声はどこか低い。
なゆたは目を逸らした。
「……あの術」
サクヤが口を開く。
「人間のものだ。間違いない」
「妖怪を操るってこと?」
ニコが眉をひそめる。
「そこまで珍しい話じゃないけど……今回のは質が悪いわね」
「祢々切丸に繋がってる、ってことか」
ヤマトの言葉に、空気がわずかに張り詰める。
なゆたは小さく息を吐いた。
「……近づいてる」
誰に言うでもなく、呟く。
その時だった。
店の扉が、静かに開く。
カラン、と乾いた音が響いた。
「いらっしゃいませ——」
ニコがいつもの調子で振り向く。
だが、その言葉は途中で止まった。
「……あら」
入ってきたのは、一人の男だった。
人間。
それだけなら、珍しくはない。
だが。
……違う
なゆたは無意識に目を細める。
その男は、まっすぐこちらを見ていた。
「ここ、バーで合ってますよね?」
柔らかく笑う。
だがその目は、笑っていない。
「少し、話を聞きたくて」
静かな声だった。
その瞬間。
なゆたの中で、何かが引っかかった。
黒い霧が、わずかに揺れる。
男は一歩、店の中へ踏み込んだ。
「半妖について、詳しい方がいると聞いて」
その一言で。
空気が、完全に変わった。




