表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/11

静かな侵入者

店は、何事もなかったかのように静まり返っていた。


割れたはずのグラスも、倒れた椅子もない。

血の匂いすら、残っていなかった。


「……全部、消えてるな」


ヤマトが小さく息を吐く。


サクヤは窓の外へ視線を向けたまま、静かに口を開いた。


「異界の中で起きたことは、基本的に外には残らない」


「便利なようで、厄介ね」


ニコは肩をすくめる。


「証拠が一切残らないってことだし」


その言葉に、誰も返さなかった。


なゆたは、ただ自分の手を見つめていた。


━━まだ、消えていない。


黒い霧が、ほんのわずかに指先に絡みついている。


(……残ってる)


ゆっくりと拳を握る。


さっきの感覚が、まだ身体の奥に残っていた。


「なゆた」


呼ばれて顔を上げる。


ヤマトが、少しだけ真剣な目で見ていた。


「……大丈夫か?」


「……問題ない」


短く答える。


だが、その一瞬の間を、ヤマトは見逃さなかった。


「無理すんなよ」


軽く言うが、その声はどこか低い。


なゆたは目を逸らした。


「……あの術」


サクヤが口を開く。


「人間のものだ。間違いない」


「妖怪を操るってこと?」


ニコが眉をひそめる。


「そこまで珍しい話じゃないけど……今回のは質が悪いわね」


「祢々切丸に繋がってる、ってことか」


ヤマトの言葉に、空気がわずかに張り詰める。


なゆたは小さく息を吐いた。


「……近づいてる」


誰に言うでもなく、呟く。


その時だった。


店の扉が、静かに開く。


カラン、と乾いた音が響いた。


「いらっしゃいませ——」


ニコがいつもの調子で振り向く。


だが、その言葉は途中で止まった。


「……あら」


入ってきたのは、一人の男だった。


人間。


それだけなら、珍しくはない。


だが。


(……違う)


なゆたは無意識に目を細める。


その男は、まっすぐこちらを見ていた。


「ここ、バーで合ってますよね?」


柔らかく笑う。


だがその目は、笑っていない。


「少し、話を聞きたくて」


静かな声だった。


その瞬間。


なゆたの中で、何かが引っかかった。


(……こいつ)


黒い霧が、わずかに揺れる。


男は一歩、店の中へ踏み込んだ。


「半妖について、詳しい方がいると聞いて」


その一言で。


空気が、完全に変わった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ